第13話 交わる点
目を開けると白い天井。
「……ここ、は……?」
「あ!ジンさんが、目を覚ましました!」
看護していた女性が慌てて誰かを呼びに行く。
医務官が数人急いでやって来る。
「意識が戻ったんだね。」
「……ここは?俺は……何が……。」
「焦らなくていい。ここはギルドの医務棟だ。」
周囲が慌ただしく動いているのが見える。
背中がズキッと痛む。
「傷が痛むかね。まだ完全には治っていないんだ。無理しなくていい。」
分からない。
分からない、が、何か、やらないといけないことがあったはずだ。
「俺……行かないと……」
「落ち着いてくれ。大丈夫。もう、終わったんだ。」
終わった……?何が……?
「大丈夫だから、安心して欲しい。あとできちんと説明する。」
何かをしないと、と言う焦りだけがあった。
だが、その焦りにまだ身体がついて来なかった。
城内では、宰相が手紙を掴み、頭を抱えていた。
――旧帝国領内にて、異常な魔力波形を観測。技術連邦、錬金公国から技官が、神政庁から治癒官が参加する合同調査への参加を要請する。
なお、危険がある可能性が高いため、優れた魔術師の同行を願う。
他国は把握していなかったが、主だった魔術師は、先の戦争にて精神に何らかの不調をきたしていた。
災厄の場にいた王国兵の大多数が、見えない傷を負っていたのだった。
「……やむを得ん。王女殿下にご参加いただく。」
そう言うと宰相は手紙を書く。
封蝋をし、近衛に指示を出す。
「ギルドの上層部に、これを届けてくれ。」
手紙を持ち、退室していくのを見届け、空を見上げる。
「……頼むぞ。」
その声は、窓に吸われ、音にならぬままこの部屋に残された。
帝国が滅んだ。
開戦後に発生した災厄によって、一夜で滅んだ。
追加でやってきた術者たちに囲まれ、治癒術式を受けながら話を聞いていた。
「君がギルドの依頼であの場にいたことは知っている。何か、覚えていることは?」
「っ!そうだ、シアは……いえ、王女殿下は。」
「ああ、無事だ。君が殿下を救ったと聞いた。その傷はその時に負ったものと考えられる。」
「っ!」
そうだ、あの時、シアを止めようとして――。
「……何か、思い出したかい?」
一瞬、胸がざわつくのを感じた。
「……いえ……。」
……あれは、シアだったのだろうか。
「もう一つ、君に伝えておかないといけないことがあってね。」
そう言うと医務官が何かの紙を広げる。
「ギルドからの依頼だ。旧帝国領内での各国合同で行われる調査に、護衛の一人として入ってほしいそうだ。」
「それは……。」
「自分の目で、確認してきた方が良いだろう。災厄の跡を。」
そう言った後に、間を置いてにやりと笑いながら言った。
「それに、その治癒術式はギルド持ちだ。恩返し、ってことで、一つ、頼むよ」
治癒術式は神政庁の持つ魔術とは異なる体系の術式で、対価として寄附を必要とする。
術者が増えたのはそう言うことか、と、白い天井を見上げながら思った。
「まあ、助けてもらったしな。」
ギルドの依頼、それも指名とあれば断れまい。
「そんな目立つようなことしたかなぁ……。」
ぼやきは天を覆う白に吸い込まれていった。
天井は何も答えてはくれなかった。
治癒術式の暖かい光に包まれながら、白い部屋を眺めていた。
王城一室。
「お嬢様、各国合同で旧帝国領に調査に向かうそうです。王国からの魔術師として参加して欲しい、と。」
「……分かりました。」
静かに手が震える。
あの夜、何があったのか。
旧帝国領に行けば分かるだろうか。
サクラがそっと震えに手を重ねる。
「……ありがとう、サクラ。」
そうだ、確かめなければならない。
窓の外を見ると、夜空に星が輝いていた。
手の震えは収まっていた。




