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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第1楽章 果実が落ちない理由

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第1話 私のお兄様が素敵過ぎます

街の大通りは活気づいていて、商売をする声、雑談を交わす人々、そんな喧噪に包まれていた。

ここはヴァルデリア王国、王都。

いわゆる城下町だ。

今日からしばらく建国祭で街は騒がしくなる。

広場ではバザーが開かれ、旅芸人の一座も来ているはずだ。

そこに向かう荷車も珍しいものではない。

――ガタンッ

ただ、その荷車は先ほどの音とともに動かなくなってしまったようだ。

「おや、困ったねぇ。」

老婆はそう呟くと荷車に肩を押し当てる。

しかし、荷車は一向に動こうとしない。

通りすがる人々も、何事かと一瞥するものの、直ぐに興味を失って通り過ぎていく。


その出来事を、たまたま気持ちの良い朝だから、と、宿の窓を開けて伸びをしていた青年――ジン――が見ており、ぼやく。

「王都の民衆ってのは、冷たいもんだねぇ。」

ジンは直ぐに簡単に身支度を済ませ、窓から飛び降りた。

「ばあさん、どうした?」

「見ての通りさ。石畳の溝に車輪が落ちちまってなぁ。」

老婆は困った風に話しながら、何とか荷車を動かそうとしていた。

見兼ねて、嵌った車輪に触れる。

「手伝ってくれるのかい、王都にも優しい人がいるもんだねぇ。」

「まあ、たまたま見ちまったからな。皆、自分のことで精いっぱいなんだ。王都には冷たい連中ばかりしかいない、なんて思わないでくれよ。」

会話をしながら溝に落ちた車輪にゆっくりと魔力を巡らせていく。

「よし、ばあさん、ゆっくり前に押してくれ。ゆっくりな。」

老婆が荷車を押すと、先ほどまで動かなかったのが嘘のように前へと進む。

「よしっと。ここは溝が深いな。馬車なら気にせず通るんだろうが。」

魔力の乏しい自分でも役に立てたことが素直に嬉しかった。

「まあ、ありがとうねぇ。ひとりじゃあ動かせなかったわ。そうだ、お礼を受け取っておくれ。」

山ほど渡そうとする老婆をやんわりと断り、荷台にある果物を二つ受け取る。

「残りはバザーで売るんだろう?早く広場に向かった方が良い。良い場所は直ぐ埋まっちまう。」

老婆は感謝を伝え、何度もお辞儀をしながら広場へと荷を引いて行った。


「うふふ、お兄様はなんて親切なのでしょう。」

突然、背後から声をかけられる。

声の主は良く知っている女性だ。

「気配を消して、後ろから近付くのは止めてくれ、シア。心臓に悪い。」

「お嬢様が折角お声がけしてくださっているのに、なんという言い草でしょう。」

声の主はセラフィア・ヴァルデリア。

冷たく見下した物言いをしているのはその侍女、サクラだ。

話しかけてきたのは、その名の通りこの国の王女殿下様のはずなのだが、こんなところにいて良いのだろうか。

その侍女サクラは、母親がシアの母に仕えており、その娘もヴァルデリア王家に仕えてくれている。

「ここの溝、人が荷車を引くには少し深いですわね。」

「ああ、そうなんだ。ちょっと埋めておこうかと――」

言い終える前にシアが土魔術を発動させていた。溝は埋まっていた。

「……手際が良いな。」

「民が困らぬ様、手の届くところから改善していくのも私の務めです。」

シアは笑顔で言う。

「良い心がけだな。ところで、この果実を軽く冷やしてほしいんだが。凍る手前くらいが良い。」

「分かりましたわ。」

言うと同時に周囲の温度が下がっていく。

手に持った果実が冷えていくのが分かる。

「このくらいで良いかしら。」

「ああ、ありがとう。一つはシアにやる。どうせ来るだろうと思って二つもらっておいたんだ。」

ほら、と、渡しながら、片方に噛り付く。

うん、美味い。

以前ギルドで一緒になったやつが、冷やすと美味い、と言っていた通りだ。

「まあ、お兄様、ありがとうございます。早速頂きますわ。」

「お嬢様、お待ちください。食べる前に私が毒見をいたします。」

傍に控え、主張をしてこなかった侍女が声を発する。

「お兄様から頂いたものですから、毒なんて入っていませんわ。」

「その男から渡されたもの故、危険でございます。」

そう言いながらこちらを睨みつけてくる。

……なかなか失礼な侍女だが、まあ、いつものことだ。

「あらまあ!とても美味しいですわ。これはなんと言う果物ですの?」

「確か、アパールと言う、木になる果実だったはずだ。俺も食べるのは初めてだ。」

「なっ!よく知りもしないものをお嬢様に食べさせるなど!」

「とても美味しいですわ。」

怒りを露わにする侍女の隣で、幸せそうに果実を頬張る。

「美味しいって食べているし、良いじゃないか。」

「くっ……!」

いつもにも増して殺意を込めた視線をこちらに向けるサクラを無視して、甘い果実を食べることにする。

瑞々しい果肉は、齧るとシャリッと良い音を立てる。

アパールを食べながらシアと話をしている間、ずっとこちらを睨んでいる侍女は無視することにした。


食べ終わる頃にサクラが言う。

「お嬢様、そろそろ戻らなければなりません。パーティーの準備に間に合わなくなります。」

「もうそんな時間なんですの?お父様だけで良いのではないかしら。」

「パーティーでお会いする方のどなたかが、将来の旦那様になるかもしれないのです。さ、戻りますよ。」

そう急かす侍女に、飄々とした態度でシアは答える。

「嫁ぐことはありませんから、参加する必要はありませんわ。ね、お兄様。」

そう言って笑顔を向ける妹を無視して答える。

「こっちに話を振るな。どう答えても、お前の侍女に殺されかねないだろうが。それに、王族の結婚なんてのは政治の道具だ。そう割り切れ。」

正論を言っているつもりだが、少し心が痛んだ。

ちらりとサクラの方を見ると、やはりこちらを睨んでいた。

「嫌ですわ。私もお兄様の様に自由になりたいです。」


そう、俺も王家の血を引いているのだが、ほとんど魔力を持たない俺に、城に居場所はなかった。

血筋よりも魔力。

それがこの国の王家なのだ。

俺の魔術は、魔力を込めた物を少し浮かす、それだけだった。

それに対し、我が自慢の妹は、あらゆる系統の魔術に適性を持ち、無詠唱でどこにでも魔術を発動させる。

いや、どこにでも、と言うわけではないらしいのだが、『感覚的に分かる範囲』であればどこにでも、と言うことらしい。

出来の良い妹を恨んだこともあった。

何をしても直ぐに完璧に使いこなす妹。

それに対し、触れたものを少し浮かす魔術しか使えない兄。

次第に誰も俺を見なくなった。

そんな中、妹だけは俺をお兄様、と慕ってくれた。

が、それが逆に辛くもあった。

逃げるように城を出た。

父は、俺に魔術の才能が無いと分かってから俺を公に出すことはなかった。

俺が城を出る際にも、出された条件は『王家との関係を一切多言しないこと』であった。

それはこちらとしてもとてもありがたい条件だった。

王家の血筋はただ、優れた魔術師を排出するためのもの。

その血筋から、俺の様な出来の悪い者が産まれたなど恥であった。

俺も、その血筋に合わない、不出来な魔術の才でやっていくのに都合が良かった。


物思いに耽っている間に、二人の話し合いはまとまったようだった。

「お兄様、残念ですが、城に戻ります。また、会いに参りますから。」

伏し目がちに言いながら、きれいなお辞儀を見せるシアと、形式だけのお辞儀をするサクラは、城へと戻っていった。


王女が去ると、街の人々が集まってくる。

「王女殿下は今日も美しいのう。寿命が十年は伸びたわい。」

「じいさん昨日も同じこと言っていただろう。仙人にでもなる気か?」

呆れて言う。

「ジンはどうやって王女様と仲良くなったんだよ。」

「前にも言ったろ?ガキの頃に城の中庭に忍び込んで仲良くなったんだよ。衛兵に殴られたけどな。」

そう尋ねる少年に、怒る衛兵の真似をしてみせる。

「殴られるのは嫌だなぁ。」

「そうだろ?子供は子供らしくしていろ。」

気付けば住人に囲まれ、世間話に発展していた。

何も分からなかった頃と違い、自分も街の一部になったのだと嬉しく思った。


「さて、今日も仕事を探しに行きますかね。」

世間話が落ち着いたところでそう切り出す。

「おっ!にいちゃん今日は強い魔獣を倒してきてくれよ。」

「ばーか。俺は雑魚なんだよ。餌をやりに行くようなもんだろうが。」

そう言ってお道化てみせると、呆れたように少年は言う。

「にいちゃん、向上心を持とうよ。」

「夢なんてのはお前ら子供が持っていれば良いんだよ。こっちは生きるために必要な事だけで良いの。」

と、手をひらひらとさせながらギルドの方へ歩き出す。

きっと建国祭で浮かれている奴ばかりだろう。

のんびり行っても割の良い依頼が残っているはずだ。

うん、こういうのも悪くない。

建国祭も悪いもんじゃないな。

ヴァルデリア王家、万歳だ。

そう思いながらギルドへと向かう足取りは軽く、青く晴れ渡った空も、今日と言う一日を歓迎しているように感じられた。

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