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妹が、世界を壊す前に  作者: ピザやすし
第1楽章 果実が落ちない理由
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第9話 世界を壊すほど、好き

「あれ?雪だ……。」

称賛の声を上げていた王国兵たちが異変に気付く。

もう夏と呼んでもおかしくない季節。

急激に気温が低下していた。

降り積もる雪が、辺りを白く染め上げていた。

既に夜の闇が下り、満月が、周囲を銀世界に仕立て上げていた。

突如、天を割るような破砕音が響く。

空は紫と黒に引き裂かれ、色彩のカーテンが戦場を覆い始める。

月は二つ見えていた。

「な、なんだ、これは……」

王国兵たちの間に動揺が広がる。

地鳴りが聞こえだし、振動が大きくなる。

地割れがあちこちに生じ、割れ目から赤黒い光が噴き出す。

「なんなんだ?!何が起きてるんだ?!」

世界を覆う色彩に、逃げることもできず、ただ混乱するしかなかった。


「待ってくれ!置いて行かないでくれ!」

退却列車に乗り損ねた帝国兵たちが、線路に沿って逃げ出す。

一刻も早く、あの災厄の魔女から離れたかった。

「っ、な、なんだ?」

線路が突然淡く発光し始めたことに気付く。

何が起きているのか。

辺りを見ると、空が割れ、色彩のカーテンに覆われていることに気付いた。

「……あ……」

恐怖で震え、腰が抜けて立てない。

早く、逃げないと。

だが、身体が動かない。

「ひっ……た、助けて……」

全身の震えが止まらないのは、周辺の気温の低下だけが原因ではなかった。


退却列車に乗り込んだ帝国兵たちは安堵に満ちていた。

これで生きて帰れる、と。

皆が自然と家族の話をし始める。

「ん?」

一人が線路が発光していることに気付く。

「おい、線路を見てみろ――」

ぐんっと列車の速度が上がる。

「な、なんだ?!」

車内に混乱が広がる。

「あっ、おい!前!」

前から同じく暴走した鉄の塊が向かってきていた。

ブレーキを――

と言葉にするまでに追突した。

それは、武器を積んだ貨物車両だった。

追突の衝撃で爆発が起こり、鉄の塊は空に打ち上げられた。

そこにはもう、生命は無かった。


王国会議室では魔術通信の沈黙が争点となっていた。

空が割れ、色彩が溢れているのが窓から確認できる。

何が起きているのか、と、確認しようとするが反応が無い。

ざわざわと、不吉な予感が室内に広がっていた。


その頃、帝国内では不可思議な現象が起きていた。

鉄道橋が架かる河川が凍結していた。

氷面から氷柱が上に向かって成長していく。

氷柱はそのまま石積みの橋を押し上げ、崩壊させる。

成長した氷柱が、不気味に光る線路を支えていた。


帝国の電力需要を賄う火力発電所の、燃石搬入用の線路が発光しだす。

途端、火力が上がる。

慌てて発電所の主任が燃料を遮断、圧力弁を開放する。

が、火力はますます上がり、開放しているはずの圧力は下がらない。

圧力計が振り切れ、周囲を光と熱が包んだ。

遅れて爆破音が響き、衝撃波が周辺の家屋を粉砕していく。

帝国から光が消えた。


帝都中央駅で列車を待つ婦人がいた。

戦場に言った主人を待っていた。

発光する線路を見て、何かしら、と考えていた。

十四番線まであるこの大きな駅は、帝都の全ての線路の中心点だ。

よく見ると、発光していない線路が一つあった。

光っていない線路の先を見ると、遠くからゆっくりと光が近付いて来るのが見えた。

あ、これで全部灯るのね、と、楽しみに眺めていた。

最後の線路が発光すると、青白い稲妻が走ったように見えた。

その瞬間、帝都中央駅は消滅した。

地面に大きな穴が穿たれ、ところどころ硝子化していた。

周辺の建物は崩壊し、帝都中央駅を中心として、帝都は更地となった。


帝国全域での不可思議な現象は、もはや魔術と呼べるものではなかった。

帝国全域に張り巡らされた神経網である鉄道が、シアの暴走した魔力を伝搬していた。

鉄道を伝って帝国全域に行き渡った魔力が、各地で物理現象に無秩序に干渉していた。

やがて、魔力によって神経が焼き切れたかのように、帝国全土の線路が溶解した。

一夜にして、帝国はその機能を停止した。


少女は、無表情のまま空に浮いていた。

吹雪が渦を巻き、空は色彩の奔流に覆われていた。

魔力の大きなうねりは、空間を捻じ曲げ、さながら神話の風景を地上に再現していた。


もはや、誰も声を出せなかった。

王国兵たちはその光景を前に言葉を失っていた。

先程まで歓喜の声を上げていた兵士でさえ、今はただ、神の前で裁きを待つように沈黙していた。

逃げ遅れた帝国兵は震え、気が狂いそうなほどの恐怖の中にいた。


そして、ゆっくりと少女が地上に降り立つ。

その足元で、大地が応じるようにわずかに震えた。

砕けた岩片や主を失った兜が、ふわりと宙へと舞い上がる。

それらは静かに、少女の周囲を巡るように浮遊し、まるで重力が彼女に祈りを捧げている様だった。


誰もがここで死ぬのだ、と思っていた。

その光景の中心へとふらつきながらも駆け寄る者がいた。

ジンだった。あちこち血と泥に塗れ、今にも倒れそうになりながらも、その目はしっかりとシアを捉えていた。

「……シア……もう、良いんだ……」

彼は彼女を抱き締めた。

シアを止めないと、と言う想いが溢れ、それに応じるように魔力が動いた。

「――っ、あああああっ!」

放出され続けていた魔力の向きが反転する。

反転魔術の代償としてジンの背中から二筋の光が噴き出す。

外に放出されていた膨大な魔力が霧散していき、世界が本来の姿へと戻っていく。

内側へと反転させられた魔力の奔流はシアへ向けられ、その神経を焼き、血液を沸騰させる。

不意にシアが兄の体温と匂いに気付き、暴走が止まる。

膨大な魔力は即座にシアの身体を、神経を再生させていく。

シアは、ぼんやりとしたまま兄の胸に顔を押し当てた。その顔には安堵が浮かんでいた。


ジンの背中には羽の様な裂傷と火傷が残り、煙を上げていた。

シアを抱き締めたところまでが彼の意識の限界だった。

気絶しながら反転魔術を発動させ、この災厄を止めたのだ。


彼が少女を抱き締めていた時に噴き出した二筋の光は、まるで天使の羽のようだった、と、この場にいた者たちが語り継いでいくのであった。

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