第9話 王女護衛編~望まない婚約~
その日、王女殿下付きの護衛騎士であるグレゴール・ヴァスティンは夜勤だった。
そして、同じく王女殿下付きのベテラン侍女であるミレイユ・ロッサと二人で、夕食後に王に呼ばれた、王女殿下であるリシェリアを王の私室の扉の前で立って待っていた。
夜の勤務は特にやることがないので、ほとんどが待ち時間である。
護衛騎士の仕事は華やかに見えて、その業務の大半が待機という、意外と地味な仕事だ。
グレゴールがあくびを編みしめて今日の夜勤も暇だなぁと思っていた時、王の私室から、リシェリアの怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
その声に思わずグレゴールとミレイユは目を見開きながら静かに顔を見合わせた。
***
「どうして!どうしてよ!お父さま!」
王の私室では、不満顔のリシェリアが父親である国王に詰め寄っていた。
そのあまりのリシェリアの剣幕に、国王は苦笑いをしながら頭を掻いている。
「どうしてもこうしても、リシェもそろそろ良い年だろう。隣国は情勢も落ち着いてるし、ラウル王太子殿下だって優しそうな好青年じゃないか」
国王の言葉にリシェは、まだ納得いってない顔しながら、さっき国王から渡された隣国の王太子の、魔道写真を見る。
その魔道写真には、ぽちゃっとした優しそうな青年が微笑んでいた。
「…だって」
その次の言葉がリシェリアには続けられない。
リシェリアは、昔から物語が好きな子どもで、恋愛結婚した両親が憧れなのだ。
自分も両親のようなロマンスの末に結婚したいと、小さい頃からずっと憧れてきた。
できるなら、ずっと憧れてたセシルと。
「1ヶ月後にラウル王太子がうちの国に、来訪するから、そんなに文句を言わないで、彼と会ってから考えなさい」
「……ねぇ、お父さま。まだ婚約するって決まったわけじゃないわよね?」
「んー……まぁ、そうだが」
「……絶対この人と結婚しなきゃいけないわけじゃないでしょう?」
リシェリアの言葉に国王は、んー……と低く唸り、しばらく考えこんだ後、口を開いた。
「あまりにもリシェと彼が合わなかったら、まぁ、この話は流れるが。…そんな強情になってないで、とにかく一度彼と会ってみたら気が変わるかもしれないだろう?」
「…分かりましたわ。お父さま」
これ以上は国王も譲らないと悟り、リシェリアはしおらしく返事を返した。
「うん。じゃあ今日はもう部屋に戻って寝なさい」
リシェリアの言葉にホッと一息ついた国王は、そのまま優しくリシェリアに退室を命じた。
リシェリアは国王の私室を出ると、もらった魔道写真をミレイユに預けて、自室へ戻る。
黙って部屋から出てきたリシェリアに、ミレイユとグレゴールはまた顔を見合わせて、静かにリシェの後をついていった。
自室の扉の前でリシェリアは立ち止まると、後ろを振り返ってミレイユとグレゴールの方に向き直り、低い声で宣言する。
「今から作戦会議するわよ!」
***
リシェリアはミレイユとグレゴールを自室に無理やり招くと、仁王立ちして鼻息荒くしている。
グレゴールは来ないと許さないとリシェリアに手を引かれてしまった。
居心地悪そうにリシェリアの私室のソファにグレゴールは大きな身体を、縮こまらせて座っている。
本来護衛の立場で深夜に姫君の自室に入り込むなど、始末書ものである。
冷や汗をかいているグレゴールなど意を介さずに、リシェリアは地団駄を踏む。
「もう!信じられない!」
「まぁまぁ、姫さま。こちらをお飲みになって、落ち着いてくださいな」
ミレイユはハーブティーをテーブルに3人分用意しながら、リシェリアを柔らかく諌めた。
リシェリアが赤ちゃんの頃から王女殿下付きをしているミレイユは、無茶振りに慣れているのだ。
リシェリアが国王への文句を言っているのを横目に、ミレイユはグレゴールの隣に腰掛ける。
彼の前にカップを置くと、それに気づいたグレゴールは小さく会釈して、あ、ども。ともごもご呟いた。
ミレイユがお茶を出したことに気づくと、リシェリアはミレイユたちの前のソファにどすんと座った。
その様子にミレイユは顔をしかめて、あぁ!もうお行儀の悪い!と小さく小言を言った。
「ねぇ!お父さまったら酷いのよ!私に知らない人と結婚しろだなんて言うの」
リシェリアの口から放たれた重大情報にミレイユとグレゴールは、目を見開いた。
「まぁ!」
思わずミレイユの口から言葉が漏れた。
「見てよ!これ!」
机の上に置かれている魔道写真をリシェリアはグレゴールの前に差し出す。
先ほど、リシェリアが国王から渡されたものだ。
グレゴールがミレイユに目配せすると、ミレイユは真剣な顔で頷く。
それを見れ、グレゴールは恐る恐る魔道写真を受け取ると、ゆっくりと写真を開いた。
「あ、隣国の…」
護衛騎士として、各国との交流の場にも居合わせるグレゴールは写真を見て、すぐにその人の良さそうな優しい笑顔を浮かべる青年が、隣国のラウル王太子であることに気づいた。
彼は護衛たちの間でも、身分問わず分け隔てのない、優しい人柄であると評判だ。
たしかに見た目はあまり女性ウケするようなタイプではないが、この縁談をリシェリアに持ってきた国王の御心には察するところがあった。
良い縁談じゃ…とグレゴールが口を開きかけた時、リシェリアがぷいっとそっぽを向いて先に口を開いた。
「私こんな人いやよ!結婚するならセシルがいいもの…」
リシェリアは、話していくうちに段々と声が小さくなる。
そして、リシェリアは先日の合同訓練の時のセシルを思い出していた。
セシルはリシェが困った時にいつでも駆けつけてくれて、かっこよく助けてくれる。
現にこの前の訓練の時だって颯爽とリシェをお姫様抱っこしてくれたセシルの姿は彼女の記憶に新しい。
リシェリアの秘めた恋心を聞いてしまったグレゴールは、まさか彼女の片想いの相手があのセシル・レグノーだとは思っていなかった。
聞きたくなかったー!とグレゴールの背中に冷や汗が出る。
たしかにセシルは見た目も公の場での女性のエスコートも得意だ。
社交界では若いご令嬢たちから王子様なんて呼ばれているが、アレはあくまでセシルの外面で、至って普通のそこら辺にいる男だ。
それを良く知っているグレゴールはなんてフォローすれば!とアワアワしていると、隣に座っているミレイユが、やれやれと頭を抱えながらリシェリアに話しかける。
「でもいいじゃないですか。姫さま。ラウル王太子殿下はとても紳士な人格者で、素敵なお方だと我々の間でも評判ですわよ」
ミレイユが優しくリシェリアを諭すのに便乗するように、グレゴールは隣で全力で頷く。
セシルは侯爵家の出とはいえ三男坊で、本人も騎士として生きていくつもりで、貴族籍に残るつもりがないのを知っており、身分的にもリシェリアと結婚することがないのが分かっているのだ。
「いやよ!」
リシェリアの頑なな態度に、ミレイユは小さく息を吐くと、優しく彼女に問いかける。
「何がそんなにおいやなのですか?」
「……だって、かっこよくないじゃない」
「まぁまぁ」
リシェリアくらいの年頃だったら見た目が整ってるのが重要になってしまうのかしら。
ミレイユは若かりし頃の自分を思い出しながら、リシェを諭す。
「…姫さま。外見というのは、年老いていけば変わるものですわ。大切なのは中身だとミレイユは思います。そんなことおっしゃらずに、どうか、ラウル王太子殿下とのこと、考えてみてはいかがですか?」
「あら、セシルは見た目も中身も完璧よ?」
それを聞いた瞬間、セシルをよく知るグレゴールは、あちゃーと頭を抱える。
言わずもがな、セシルは見た目こそ整ってるが、性格は一癖も二癖もある男である。
頭を抱えるグレゴールなんか視界に入ってないリシェは、そのまま顔を赤らめもじもじと続ける。
「……それに私はお父さまとお母さまみたいに素敵な恋をして結ばれたいわ」
「姫さま…」
やれやれ。このわがまま娘をどうするか。と考えているミレイユたちを他所に、リシェリアは、はっ!と気づいた。
「そうだわ。まだ婚約の顔合わせには後一ヶ月あるの。その時にお話して、話を進めるか決めるってお父さまは言ってたわ」
明らかに良くない方向へ、やる気満々なリシェリアに、グレゴールとミレイユは、嫌な予感が止まらない。
「あと一ヶ月で私、セシルと恋仲になって、お父さまに報告するわ!!」
うっわー!この姫さまとんでもねーこと言い出したー!
グレゴールは心の声をなんとか抑えて口に出さなかった自分を褒めた。
「ミレイユ!グレゴール!私に協力しなさい!
セシルが出席するパーティに私も全部行くわ!」
キラキラした目をしたリシェに、これは止められない…天を仰ぐミレイユとグレゴールだった。
そして、この作戦会議とやらは、深夜までおよんだ。
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