第6話 合同訓練編 〜仕事が終わった後のタバコのうまさは異常〜
途中ハプニングはあったものの、合同演習も無事終わり、アリスティアたちは設営したテントや、物資などの撤収作業を行っていた。
アリスティアが本部の椅子を畳み、片付けていると、全体指揮を取っていた近衛1隊のマクスウェルがアリスティアにすごい勢いで近づいてきた。そして、半泣きになりながら、彼女の手を両手でがしーっ!と握りしめる。
「ありがとう〜!!ほんっとに君には助けられた!通信が途切れた時は、もう終わった…って思ったよ〜」
マスクウェルは、おいおい泣きながら、アリスティアにありがとう!ほんとに!ありがとう!!と壊れたように何度もお礼を言っていた。
大の大人が、さらに言えば、めちゃくちゃ偉い人が号泣しながら、アリスティアの両手を握り締めて離さない。
そのマクスウェルのよく分からない圧にドン引きしながら、アリスティアは、あ、はい…とか、ええ…とか、終わらないお礼に付き合っている。
すると、本部テントに王太子と一緒に帰ったはずのセシルがやってきて、アリスティアを離さないマクスウェルに苦笑いをしながら声をかける。
「隊長、そろそろアリス嬢を解放してあげてください」
「え?あぁ、そうか。アリス嬢、本当にありがとう!!」
セシルが声をかけたことにより、ようやくアリスティアはマクスウェルから解放された。
もうマクスウェルに捕まらないよう、すすすっと空気を消してアリスティアは彼らから離れると、フレデリックとレインたちのそばに行って、撤収作業に合流する。
マクスウェルはセシルに話しかける。
「あれ、王太子の方はもういいの?」
「はい。人手が足りないかと思い、こちらに合流しにきました」
「そうかそうか。ありがとう。
じゃあ、迷惑もかけちゃったし、魔4の撤収を手伝ってあげてくれるかい?」
「承知しました」
アリスティアたちが本部の片付けをしているところにセシルは合流すると、彼女に声をかける。
「ここの撤収、手伝わせてください」
「え?あぁ、ありがとうございます。あー、じゃあ、えと、机を畳んでいただけますか」
アリスティアとセシルが一緒に撤収作業をしているところを、近くにいたレインは面白くなさそうに見ている。
そしてレインは、アリスティアたちの隣の机を畳みながら、セシルに少し意地悪そうに声をかける。
「王女殿下をお姫様抱っこで本部まで連れてきたらしいな?」
声をかけられたセシルは、なんでもないことのようにレインに笑いかける。
「ん?あぁ、あれ以上うろつかれて訓練の邪魔になっても困るからね」
セシルとレインの会話を聞いていたフレデリックが、あははーと声をあげる。
「近衛も大変そうだねぇ」
「まぁ、ああいうのも業務の一貫ですよ」
彼らと話していたセシルが、ふと、アリスティアを見ると、彼女と目が合う。そして何か思いついたように、ニヤリと笑い、口を開く。
「アリス嬢もお困りの時はいつでもお姫様抱っこしますよ?」
アリスティアは、突然話題を振られて、え、わ、私!?と、小さく呟くと、セシルから視線を逸らす。
「は?いや、1人で歩けないことなんて、今まで経験したことないので、大丈夫です」
セシルは、アリスティアのその様子を見て思わず、ははっと笑う。セシルからしたら、女性からはいつも真摯な態度を求められ、期待に応えてやると、嬉しそうにする人ばかりで。アリスティアのように1人で立つ女性は彼からしたら珍しかった。そんな彼女の態度が、嬉しいのか悔しいのか分からず、セシルは気が抜けたように笑って、口を開いた。
「それは残念だ」
少し顔を赤らめるアリスティアと、妙に嬉しそうなセシルの様子に、レインはフンっと鼻を鳴らした。
撤収作業が終わり、アリスティアが内門にある警備詰め所裏の喫煙所に行くと、セシルがタバコ吸っているのが見えた。
だらしなく壁にもたれかかってタバコを吸っているセシルは、遠くから歩いてくるアリスティアを見つけると、彼女に声をかける。
「お疲れ様、アリス嬢」
さすがのセシルでも訓練で疲れたのか、いつもより言葉数が少ない。
いつもの王子様然とした彼とは少し違う態度に、アリスティアは少し驚きながら、お礼を言う。
「最後まで撤収の手伝い、ありがとうございました。めちゃくちゃ助かりました」
アリスティアはポケットからタバコを取り出して火をつける。一日中ポケットに入れていたせいか、タバコの箱はぐしゃっと潰れていた。
お礼を言われたセシルはと言うと、アリスティアの言葉が意外だったのか、首を傾げる。
「え?なんで?」
「いやだってあなた、王太子付きでしょ」
「別に王太子付きとか関係ないだろ。今回の合同演習は、魔団には近衛の訓練に付き合ってもらったようなもんだし。普通にそれくらいはやるよ。仕事だからね」
淡々と当たり前のように答えるセシルに、アリスティアは驚く。
魔団の中でも自分の業務が終わってから、他部隊の手伝いをする人は少ない。ましてやセシルは所属している組織も違うのに、わざわざ王太子を送った後現場に戻ってきて撤収を手伝うなんて。
魔団と近衛の関係は、役割が似通っているせいか、隊員同士でなにかと対立することも多い。ましてや近衛はその性質上、貴族出身者が多く在籍しているため、魔団を見下している人も少なくない。セシルも実家は侯爵家で、三男とはいえ貴族だ。
にもかかわらず、平民出の多い魔4の隊員たちと気さくに話しながら、撤収も手を抜かず、最後まで手伝ってくれた姿に、アリスティアは彼が口先だけの人物ではないと評価を改めた。
「…あなた、めちゃくちゃ真面目なのね」
アリスティアがそう呟くと、セシルは怪訝な顔をする。
「はぁ?俺のことなんだと思ってたんだよ」
「チャラついた軽薄野郎」
「マジかよ」
「マジ」
なんだよそれ…と、セシルががっくりと肩を落としながらしゃがみ込む。その隣にアリスティアもしゃがむ。セシルは吸い殻をしゃがんだまま灰皿に投げると、続け様に2本目のタバコに火をつけて、口を開く。
「……まぁ、今回の王女殿下の件、本当に助かった。ありがと」
急に真面目な顔をするセシルに、アリスティアは少し動揺する。
「え、やめてよ。それこそ仕事だし」
「いや、そうなんだけどさ、あれで王女殿下が怪我でもしてたら上のクビが飛ぶ」
「え、やっば」
「ははっ。やばいだろ?…あのお方」
「…なんていうか、ご愁傷様さま」
どんなに本人の不注意でも、その身は王族で、周りを護衛する近衛は彼らにすり傷ひとつでも作らせると、大ごとらしい。
ましてや、今回は王女付きの護衛たちは王女殿下に撒かれてしまったので、大きな配置転換があるかも。とセシルはアリスティアに説明する。
平民になってから、貴族社会から随分と遠ざかってしまったアリスティアは、セシルの話を聞きながら尊い身分の方たちの圧倒的な権力に、震えたものだと懐かしくなる。
タバコを吸い終わって、さてと、と、アリスティアが立ち上がった時、セシルに服の裾を掴まれた。
思わず振り返ると、セシルはアリスティアの裾を掴んだまま、下を向いている。
「今回のお礼にさ、飯、奢らせてよ」
アリスティアは、セシルの金色の髪を眺めながら、少し考えた後、笑って彼に応える。
「んじゃ、今度お酒奢って」
アリスティアの言葉に顔をあげたセシルは、綺麗な顔をして笑った。
「もちろん。楽しみにしてるよ」
セシルがアリスティアの裾を離すと、じゃーねー。とアリスティアは手を振って夕日の中に溶けていった。
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