第3話 合同演習編 〜演習準備01〜
7:30
王城の外門内側に魔法師団と近衛兵団がそれぞれの隊列ごとに整列して並んでいる。
今日は魔法師団と近衛兵団の合同演習の日だ。
合同演習はアリスティアが魔4隊に入隊してからも幾度か行われていたが、魔団と近衛の前線部隊が総動員して行われる王城内での大規模演習はこれが初めてだった。
少しすると、今回の合同演習の総責任者である近衛兵団1隊のマクスウェル隊長が簡易設営された壇等へ上がる。
マクスウェルは、細身ながらも筋肉質な背中を少し曲げながら口を開く。
「…えー、本日は"王城の外門から内門を突破後、使用人居住地区であるエリアCにて大規模戦線が勃発した場合を想定した戦闘訓練”及び、”要人護衛とその脱出想定訓練”を同時並行で行う。
仮想敵兵として、今回は魔法師団の第2部隊、第3部隊が担当。また、本人たちの強い希望により、魔2、魔3隊の各隊長陣が他国からの要人役を担うことになった」
隊長格が要人役となるのは珍しく、アリスティアは少し驚き、各隊長が並んでいる方へ目を向ける。
すると、アリスティアと同じように思ったのか、ほとんどの隊員が隊長たちに目線を送ったのが見えたのか。魔2の隊長であるカイはニコニコと隊員たちに向かってひらひらーっと手を振る。その隣では、魔3の隊長のラグスがソッポを向きながら大きなあくびをしていた。
すっごいやる気なさそうだ!
その隊長陣の気の抜けた反応に、アリスティアは苦笑いをする。
アリスが苦笑いしたのを見て、隣にいたフレデリックは周りが少し騒つくのに便乗し、小声でつぶやいた。
「あの人たち、楽しようとしてるよ。絶対」
ははっとフレデリックが小さく笑うのを横目にアリスティアが壇上に向き直ると、あちゃーとした顔をしたマクスウェルが、おほんっと咳払いをひとつして、話を続ける。
「…この後の流れと、注意点については、今回の訓練の現場進行担当である、魔法師団第四部隊のランベル隊長から説明がある」
マクスウェルが壇上から降りるのと入れ替わりで、バークがのっしのっしと大股で壇上へ上がった。
「えー、今からの流れについてだが、まず午前中にそれぞれ所要の戦闘配備の確認及び物資の準備などを行い、0100より戦闘開始とする。
また、今回の訓練では、1200より、訓練終了予定時刻の1700まで、エリアC区間から外門までの立ち入りの制限と、外壁及び建物への、保護魔法の強化を魔法師団第五部隊が、展開予定である。」
そこまで真面目に語り切ると、バークは壇上でニヤリと笑い、いつものよく通る大きな声で叫んだ。
「…つまり、魔法をぶっ放そうが派手にやり合おうがやり放題だ!好きに暴れろ!」
バークの煽り文句に、ノリの良い魔団員たちや、血の気の多い近衛団員たちから次々と叫び声が上がる。
「やったぜー!」
「うおー!」
「ぶっ潰してやるー!」
叫び声が上がる中、フレデリックは軽く笑い、後ろに並ぶレインはわなわなとしながらバークの荒れた口調に文句を言う。
「あーあー、バカだねぇ」
「うちの隊の尊敬が…」
叫び声が収まるのを待って、バークは再び口を開いた。
「怪我人が出た場合は本部横に併設予定の救護エリアに搬送すること。また、本日は王太子殿下が本部にて今回の訓練を視察されるとのお達しだ。各隊真面目に訓練に取り組むように。以上!」
8:00
朝礼が終わり、各隊ごとにそれぞれ集まって、ざわざわと演習準備が始まった。
アリスティアはフレデリック、レインと共に外門の内側に設営する本部のテントを持って移動している。
戦術支援部隊である魔4隊は、魔法師団の中でも、戦闘班と現場運営班が半々で存在する中核部隊だ。直接戦闘ではなく、部隊間の連携・調整・補給ラインの維持などの”動かす”役割に特化している。
そのため、アリスティアたち魔4隊は、他の隊よりも1時間ほど早くから集合していたせいか、朝が弱いフレデリックはしきりにあくびをしている。
テントの骨組みをフレデリックと持って歩いているレインは、前にいるフレデリックに話しかけた。
「合同訓練とはいえ、今回やけに大がかりですね」
「なんかあれらしいよー。近衛1隊のランデック副隊長と魔2のバルド副隊長が酒場でどんぱちしてたのに、うちの隊長が首突っ込んで。
飲み屋じゃなくて、今回の合同訓練でやり合えやって焚き付けたんだって〜」
そのフレデリックの言葉に思わずアリスティアは反応した。
「うっわ!それで今回やたらどの隊も血の気が多いんですか?」
バーク隊長に煽られただけにしては異様なテンションだなと思ったら、そういうことか。
先程の朝礼を思い返してアリスティアは思わずははっと呆れた。
「なんかバークさんが、やり合うならでかいことしようって、近衛の本隊長と盛り上がっちゃったらしくて。
訓練の全体進行の担当の権利をフルで行使して、王城内戦闘訓練の許可を無理やりもぎ取ったらしい」
笑いながらさらっととんでもない裏事情を暴露したフレデリックに、アリスティアもレインもあんぐりとする。
そして、アリスティアは事前調整で各所に申請書類を出しに行った時のことを思い出す。
「…だから外門調整に運搬担当の受付行った時、魔4ですって言ったら、担当者の人が青ざめた顔してたんですね。
え?じゃあ今回魔2と魔3の隊長たちが要人ダミーになったのって…」
フレデリックは笑いながら肩をすくめた。
「カイ隊長が、そもそもの発端はバルド副隊長だから、お前が頭はれよって言ってうまく訓練離脱して、ラグス隊長がそれにしれっと便乗したっぽいよー」
フレデリックが笑いながら、あの人たちホントそういうこと要領いいんだよなーってぼやいている。
設営場所に到着し、テントを置き設営を始めながらレインはフレデリックに質問をした。
「でもよく魔障壁の展開まで漕ぎ着けましたね」
「まぁ、どっちにしろ城内戦闘訓練が決まった段階で魔5のやつらも巻き込まれてたんだけどさ。
魔障壁が全方位展開になって、戦闘制限かかんなかったのは、いい加減上層部が近衛と魔団のいがみ合いにうんざりしてるっぽくて。
いい機会だからこれで決着つけろって目論見らしいよ〜」
あまりに内情に詳しいフレデリックに、アリスティアはぎょっとする。
「…先輩、どこでそんな情報取ってくるんですか!?
いくらなんでも詳しすぎません!?」
後ろでレインも気になるのか、激しく頷きながらフレデリックの方を見る。
そんな若手2人の反応が面白いのか、フレデリックはあははと笑う。
「まぁ、魔4にいたら自然とそうなるよ。うちは隊ごとの繋ぎの役割も多いし。お前たちもそろそろ自分たちで情報収集できるようになりなよ〜」
魔4隊の中でもこんなに情報通なのはフレデリックくらいだ。
アリスティアたちはあと5年して、今のフレデリックと同じ年になったとしても、彼のようになっている自分の想像はつかなかった。