21話 仮面舞踏会編~0時の鐘が鳴った時~
その日、王国内は国中が湧き立っていた。
末の王女殿下が隣国の王太子との婚約が発表されたのだ。
日が沈んだ頃に王城で行われた両国の婚約を祝した舞踏会では、国内外の様々な貴族たちで賑わっていた。
公式の場に初めて連れ立って顔を見せるリシェリア王女とラウル王太子は周りの祝福を受けながら、その中心で時折顔を見合わせながら気恥ずかしそうに笑っている。
先日の功績を称えられ、招待客として招かれていたアリスティアは、リシェリアの護衛任務を終え、古巣である魔4に戻ってから、久しぶりの王城であった。
せっかくの舞踏会なのだからオシャレをして行けというバークをはじめとした魔4の連中には散々ドレス姿での参加を勧められていたが、その反対を押し切り、アリスティアは式典用の魔道服を着て参加した。
それは、かつてシャルロットに詰め寄られた時のことを思い出したからだ。
ドレス姿で舞踏会に参加するということは、彼女たち令嬢の戦場に足を踏み入れるということをアリスティアは近衛の期間で思い知った。
今回の舞踏会の招待は、魔術師として、騎士として認められた証であり、アリスティアはそんな自分で参加したかった。
そして、その自分に胸を張っていたかった。
そう意気込んで会場に来たものの、物凄く居心地は悪い。
大人しく隅の方で大人しくしていよう。と、アリスティアは手持ち無沙汰にグラスを傾けた。
「アリス嬢!久しぶりだね」
「マクスウェル隊長。ご無沙汰しております」
「魔4でも元気にしているかい?いやー、君がいなくなってからリシェリア様もしばらくは落ち込んでね。今はラウル殿下ともうまく行っているみたいで持ち直したんだけど、リシェリア様は相当君のことを気に入っていただろう?どうだい?またうちに……」
矢継ぎ早にアリスティアに話しかけるマクスウェルにアリスティアは苦笑いしながら、どうしたものかと考えを巡らしていると、隣から不機嫌そうな顔のランデックがマクスウェルに苦言を呈した。
「隊長。彼女の雇用期間はもう終わっております。そんなに気軽に魔団を頼るなんて近衛の沽券に関わることを言わないでいただきたい」
「ランデックは硬いなぁ。冗談だよ。それくらいアリス嬢を評価しているよということを伝えたかっただけじゃないかー」
あはは。と笑うマクスウェルにアリスティアとランデックは疑問の目を向ける。
実際にアリスを無理やり移動させたのはこの男なのだから。
「ほら、もうすぐダンスの時間が終わります。行きますよ、隊長」
ランデックが中々動こうとしないマクスウェルの腕を掴み、強引に連れ出そうとした所に、ダンスを終えた、今回の舞踏会の主役であるリシェリアとラウルがアリスティアたちのいる場所へ向かってくる。
「アリスティア!探したわよ。そんな隅っこにいるなんて」
「リシェリア様、ラウル殿下。この度はご婚約おめでとうございます」
リシェリアたちが来たことで、周囲の貴族たちはざわつきながらこちらを見ている。
刺すような視線や、好奇の目が自分に突き刺さるのを感じ、アリスティアは緊張感と、リシェリア付きだった頃の懐かしさを感じた。
この奔放さに何度も振り回されたものだと思いながら、リシェリアの隣で優しい瞳で彼女を見守るラウルの視線を見て、アリスティアは隣国に行ってもこの方の無邪気さがなくならないと良いなと彼女が熱心にアリスティアに話しかけるのに相槌を打った。
「隣国に行ってもお手紙を書いてもいいかしら?あなたのような人って私の周りにはあまりいないから」
「もちろんです。私みたいな者にも気をかけてくださり、とてもありがたく思っておりますよ」
アリスティアの返事にリシェリアは顔を輝かせると、そっとアリスティアに近づき、耳打ちをした。
「色々教えてね。なんて言ったって国1番の憧れの人を落としたんだもの」
リシェリアの言葉にアリスティアは思わず顔を真っ赤にして絶句する。
そんなアリスティアの様子を見てイタズラが成功したとくすりと可愛らしく笑うと、リシェリアはまたね。とアリスティアに告げるとラウルの腕を組んで人混みに消えて行った。
これ以上誰かに絡まれるのはごめんだと、アリスティアはリシェリアたちが去って行くのを見送るやいなや、周りの好奇の目線を振り切って中庭の奥へと足を向けた。
赤くなった顔を夜風で冷ましながら歩いていると、段々会場の喧騒は遠ざかり、木々が葉を揺らす音が静かに響いた。
いつかの日のように、途中で見つけたベンチに腰を下ろすと、アリスティアは持っていたタバコに火をつけようとライターを取り出した。
タバコを咥えて息を吸いながら火をつけて、ライターをしまうと、タバコの先の赤い光と、うっすらと照らす月明かりが周りをうっすらと照らしていた。
静けさに包まれながら、ぼんやりとした頭の中でアリスティアの頭に浮かんだのは、あの整った容姿の彼のことだった。
そういえば、セシルと出会ったのもこの場所だった。
アリスティアはここに彼が来てくれるんじゃないかと期待してここに足を運んだ気がして。
それにすら心を乱されることに、この想いをもう誤魔化すことはできないかもしれないと、どこか焦りのような、罪悪感のようなものを持て余しながらゆっくりとタバコを吸った。
「……やっぱりここにいた」
砂利を踏む音と共に、聞き慣れた声が降ってきた。
やっぱりという気持ちと、どうしてという疑問でいっぱいになりながら、アリスティアが顔を上げた時にはもう、隣にセシルが腰を下ろしていた。
「今日は靴、脱いでないんだ?」
セシルはタバコを咥えながらニヤニヤとアリスティアを見つめた。
火を付けようとポケットを探るセシルに、アリスティアは自分のライターを手渡した。
「この靴は履き慣れてるから。それに脱ぐほうがめんどくさいもの」
アリスティアの言葉にセシルは柔らかく笑うと、そういえば、とアリスティアが魔4に戻ってからの王城の話を始めた。
「リシェリア様とラウル王太子、結構順調みたいだよ」
「みたいね」
「真面目なラウル王太子にリシェリア様が、ロマンスを教え込んでいるらしい」
なんと、あれからリシェリアはラウル王太子とのラブラブ大作戦なんてものを開催しているようで、作戦会議だとか言って侍女や護衛たちを巻き込んでいるらしい。
どうしてもお忍びデートがしたいと先日も、ランデック相手に一歩も引かなかったとかなんとか。
「絶対幸せになるわ!って君に伝えてくれって頼まれたよ」
あの可愛らしくも強引でキラキラした目を思い出しながら、アリスティアは苦笑いをした。
「……で、アリス?」
不意に名前を呼ばれ、アリスティアは顔を上げた。
いつの間にかタバコを吸い終えたセシルが、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「なに?」
セシルはアリスティアと視線を合わせると、その唇に静かにキスをした。
アリスティアは、なんとなくそうされるんじゃないかと呼びかけられた時から確信に近い予感を感じていた。
そしてそのまま、彼を受け入れそっと彼の服の裾を掴んだ。
唇が離れると、セシルは大きく息を吐き出し、胸を撫で下ろした。
「殴られなくてよかった」
満足そうにアリスティアを抱きしめながら、セシルは彼女の髪の毛を指に絡めた。
「うるさい。もうそろそろ会場戻らないと」
アリスティアは赤くなった顔を伏せながら、セシルの腕を解こうとする。
セシルはそれを許さず、さらに強く彼女を抱きしめた。
「もう少しだけ。ね?アリス」
耳元で甘えるように囁く声が聞こえる。
アリスティアはため息をつきながら、セシルの胸に額を押し付けた。
タバコの匂いと、微かな香水の匂い。
ああ、悔しいけれど。
この場所が、今の自分にはどうしようもなく落ち着くのだ。
「ねぇ、セシル」
「ん?」
「ありがとう」
「え?なんて?」
アリスティアは弾かれたように立ち上がると、笑顔で会場の方へと駆け出した。
その足取りは、ガラスの靴の時よりも、ずっと軽やかで力強い。
「おい、アリス。ちょっと待てって」
「早く行くよ!セシル!」
背後から追いかけてくる足音に、アリスティアは振り返り、彼に向かって手を伸ばした。
セシルがその手をしっかりと握り返す。
2人を祝福するかのように、頭上で0時を告げる城の鐘が鳴り響いた。




