第11話 王女護衛編 ~嵐の前はだいたいどん曇り~
その日、アリスティアはうんざりしながら、護衛用の控え室でリシェリアの着替えが終わるのを待っていた。
いつもの護衛服や、式典用の騎士服ではなく、アリスティアは夜会用のドレスを着ている。
なぜ、アリスティアがドレス姿でいるのかというと、それには彼女が3日前に配属された護衛対象のリシェリアが絡んでいるのだ。
臨時で魔4から護衛騎士として王女班に配属された初日、ランデックに嫌味を言われながらリシェリアの私室へ挨拶へ行ったとき、リシェリアはアリスティアの顔を見るなり、ちょうどいいわ!という言葉と共に、輝く瞳で彼女に近づいてこう言った。
「あなた、たしか訓練の時に私を助けてくれた魔法師さんね?
私、今までお兄さまみたいに年の近い護衛がいなくて寂しかったの!
良かった!早速あなたに協力して欲しいことがあるの!」
リシェリアはそれから勢いよく、自分には思い人がいること、それなのに国王である父から望まない婚約を押し付けられたこと、その顔合わせが1ヶ月後に迫っているので、婚約が決まる前になんとかしてその思い人と結ばれたいことを矢継ぎ早にアリスティアに語った。
アリスティアはそのリシェリアの勢いに押されつつ、横目で見える、ランデックが無言でぴくぴくとこめかみに血管が浮き出ているのを確認して、今にも王女殿下であるリシェリアに説教を始めないかとヒヤヒヤしていた。
だが、リシェリアが放った次の言葉で、アリスティアはランデックや後ろでオロオロしている侍女を気にする余裕が吹っ飛んだ。
「だからね、あなたには私と一緒に舞踏会に参加して、社交をお手伝いして欲しいの!」
はっ!?と声に出そうになるのを寸前でアリスティアはぐっっとこらえた。
移動したばかりの新人にそれはあまりにも、と、とうとうアリスティアの隣にいたランデックが口を挟んだ。
「王女殿下、こちらのものは配属されたばかりですし、何より平民という身分でお付きのものとしてはふさわしくないかと」
「あら?でも私の専属護衛になったのなら、問題はないのではなくて?それにセシル様だってお兄さまの社交のお手伝いをしているじゃない」
リシェリアは眉を顰めたランデックの強面に堪えることもなく、結局あれよあれよと言う間に護衛騎士なのにも関わらず、アリスティアはリシェリア付きとして舞踏会などの社交に参加させられることになってしまったのだ。
そして、今、アリスティアはリシェリア付き護衛として、初の舞踏会に参加するため、リシェリアを待っていた。
***
リシェリアの準備が整った後、アリスティアがリシェリアの少し後ろを歩きながら舞踏会の会場へ入ると、そこには多くの貴族たちで溢れかえっていた。
アリスティアが男爵令嬢だった時はこのような夜会の時は隅の方で目立たない場所でひっそりと過ごしていたし、魔団に入団してバークに連れられて舞踏会に参加している時もそれはあまり変わらない。
強いて言えば、今日の舞踏会は魔団関係者などが少ない、貴族が中心となっている社交の場である。
アリスティアにとって貴族は護衛以外ではもう縁のないと思っていた人々であり、どうか穏便に過ごせますようにと内心祈りながら、強張った顔になんとか笑顔を貼り付けていた。
アリスティアたちが会場に入ってすぐ、リシェリアが王太子であるレオニスと共にいるセシルを見つけて、彼らの方へ静々と歩いて行った。
そして、レオニスに挨拶を済ませると、リシェリアは頬を染めておずおずとセシルに話しかける。
「ごきげんよう。セシル。今夜もお会いできて嬉しいわ。
……あなたは、どなたと踊るご予定かしら?」
「これはリシェリア様。今宵も美しい姫君とお会いできて我々も至高の喜びです。
こうしてご兄妹揃われてお元気な姿を拝見できると我々としても幸せな限りです」
セシルはにっこりとリシェリアに笑いかけると、笑顔のままレオニスの方を向いた。
セシルの無言の笑顔に意図を汲み取ったレオニスは、めんどくさそうにため息をついたあとリシェリアに向かって手を差し出した。
「リシェリア、とっととファーストダンスだけ済ませるぞ」
レオニスから差し出された手を取りながら、チラリと不満気な顔をしてセシルに視線を投げた。
セシルはレオニスに手を引かれたリシェリアを笑顔のまま見送ると、リシェリアの後ろに控えていたアリスティアを見て、先ほどまでの紳士然とした笑顔を崩してニヤリと笑った。
「アリスティア嬢、こんばんは。良い夜ですね」
「……ええ、まぁ」
アリスティアを眺めながら、セシルはわざとらしく、今思いついた!というような表情でアリスティアに手を差し伸べた。
「そうだ、我々も臣下として殿下たちのお側にあるために私と一曲いかがでしょうか?」
「え……」
ちいさく呟いたアリスティアは、戸惑いながらセシルを見た。
アリスティアの視線に気づいたセシルは眉毛を片方あげる。
アリスティアが周りを目線だけで見ると、どうやら結構な視線が自分たちに集まっているらしいことが伺えた。
ここで断ると角が立つと思い、アリスティアはしぶしぶセシルの手に自分の手を合わせた。
セシルにエスコートされながら、アリスティアは小声でセシルに話しかける。
「何考えてんのよ」
セシルはアリスティアの方を見ずに笑顔のまま、小さな声で返す。
「上からリシェリア様を諦めさせろってお達しなんだ。一曲くらい付き合ってくれても良いだろ?」
そうして彼らは連れ立って輝く舞踏会の真ん中へ歩き出した。
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