第1話 舞踏会編 〜タバコと、パンチと、靴擦れ〜
月明かりに照らされて、真っ赤な燃えるような髪が風に揺れていた。
艶かしく足を揺らしながら、気怠げにガラスの靴を放り出し、タバコを燻らせるその姿から、俺は目が離せなかった。
-シンデレラはガラスの靴を叩き割る-
今年の社交シーズンの盛り上がりはいつもと少し違った。
この国の王太子がようやく嫁探しに重い腰を上げたともっぱらの評判だったからだ。
俺はこの王太子の専属魔法騎士として働いているわけだが、このクソ王子がとにかく曲者だった。
それは何かといえば、兎に角人間嫌いで無愛想なのである。
見てくれは王子だけあって、まぁまぁ良いのだが、目つきが鋭く、無口で女性の前ですら、まともにエスコートさえしない始末だ。
数多くいる近衛兵の中から俺がこの王太子の専属魔法騎士になったのは、魔法の腕や実力ではなく、整った容姿と、人当たりの良さが絡んでいるだろうと思う。というか、上官からそう言われた。
王様直々に、人とのコミュニケーションを学ばせてやってくれとのお達しだ。間違いなく荷が重い。そもそも騎士職に求めることじゃない。
そしてこの人嫌いな王太子が王の勅命で舞踏会に俺を連れて参加するようになったのはいいが、女性陣からは王太子よりも王子様っぽいと、俺の方ばかりに女性が集まる始末で。
あのクソ王子はこれ幸いと俺を盾にして悠々自適に出された料理を黙々と食べるか、壁の花を毎回決め込んでしまう。
それを見兼ねたお偉方からは今度は早く俺に結婚するなりパートナーの1人でもさっさと見つけろとのお達しだ。
もう一度言うが、一介の騎士職に求める限度を超えている。
半分やさぐれながら、俺は今日もこの人嫌いなクソ王子と舞踏会に参加する。
舞踏会中盤、クソ王子はミッションコンプリートと言わんばかりに、会場のデザートを食べ終わるとさっさと自室に帰って行ってしまった。
引き止めるのもめんどくさくて周りに群がってる女性たちをなんとか巻きながら、俺は逃げるように中庭へ向かった。
中庭の奥の方、ガゼボへ向かう途中、不審な煙を見かける。
もしや、放火か?と気を引き締めながら早足で煙の上がる方へ向かうとそこには、ベンチにだらしなくもたれかかりながらタバコを吸う、燃えるような赤い髪の女がいた。
彼女は最近流行っているという、ガラスの靴を片方脱ぎ捨て、もう片方はプラプラと足先に引っかけて揺らしている。
揺れている足がスカートからのぞいて艶かしく月明かりに照らされていて。
その光景に目を奪われていた俺は、はっと我に返り、いつも通りに女性ウケする柔らかい笑顔を貼り付けて彼女に話しかける。
「……何してるの?お嬢さん」
彼女はこちらをチラッと見ると、すぐに視線を逸らした。
「……足が痛くて、タバコを吸ってただけよ」
まるでこちらなんてどうでも良さそうな態度を女性に取られたのは久しぶりで、それならこちらも気を使う必要はないかと彼女の隣に座る。
「俺にも一本くれない?」
彼女は黙ってタバコの箱をこちらに手渡した。中から一本取り出して火をつけると、口の中にメンソールの香りが広がった。
「こんなの吸ってたら、綺麗な肺が汚れるよ」
話しかけると、めんどくさそうな顔をした彼女が口を開く。
「ちょうどいいわ。長生きしたら困るから」
その退廃的な横顔に思わず釘付けになる。
「……会場に戻らなくていいの?君は」
「貴方こそ、中で女性陣が首を長くしてお待ちなのでは?今をトキメク護衛魔法騎士のセシル様?」
挑発するように笑う彼女に、俺はムッとして、タバコを咥えながら彼女の方を向く。
「そういう君こそこんな所で、そんなはしたない格好をして……男を誘ってるのかい?」
「はぁ?」
挑発し返してやると、彼女は怪訝な顔でこちらを睨みつけた。
「足、見えてるよ?」
彼女のスカートからのぞく足を指差すと、気づいていなかったのか、真っ赤な顔をした彼女は慌ててスカートをなおし、足を隠した。
そして、吸っていたタバコの火を消して、ガラスの靴を履こうとしている。
……思ったよりウブな反応をするな。
この燃えるような真っ赤な髪をした彼女は確か、3年前の大規模横領事件で父親が処刑され、平民になった元男爵令嬢のアリスティア・ノール嬢だ。
今は魔法師として魔法師団でその見目麗しい容姿と豊かな胸で次々と男を陥落しているともっぱらの評判だが、さて、これも彼女のテクニックのひとつなのか。
お手並み拝見とばかりに、さらに口を開いて話そうとすると、遠くの方にある女性の声がだんだん近づいてくるのが分かった。
どうやら声の主たちは、俺を探しているようだ。
咄嗟に吸っていたタバコの火を消して、離れようとする彼女の腕を取り、胸の中で抱きしめる。
近寄ってきた女性たちは、俺たちが抱き合っている様子を見ると、慌てて踵を返すように来た道を戻っていった。
……助かった。
あの手の手合いは捕まると長いし、この状況を説明するのもめんどくさい。
初対面なのにノール嬢を咄嗟に抱きしめてしまったが、大丈夫だろう。彼女ならこういったことには慣れてるはずだ。なにせ魔団で口説かれまくっているらしいし。
そんなことを考えながら、笑って誤魔化し彼女を解放する。
「……すまないね。助かったよ。あの子たち少し、しつこくてさ」
笑いながら胸に閉じ込めていたノール嬢を見ると、腕の中で顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている彼女と目が合う。
うわ、かわい……
そう思った次の瞬間には、鳩尾に彼女の拳が突き刺さっていた。
完全に油断していたからか、拳がクリーンヒットして、思わずその場にうずくまってしまう。
「……サイッテー」
俺がうずくまっている間に、さっさと彼女はガラスの靴をしっかりと履き直し、ひょこひょこと足を引きずってその場から立ち去ろうとしていた。
そのか弱そうな背中にらしくもなく、俺は無意識に彼女の後を追いかけた。そして、彼女の腕を慌てて捕まえる。
「待てって。……足、痛むんだろ。治してあげるから」
謝ろうと思って口を開いたはずなのに、なぜか思い通りにいかない。
……クソッ。なんだこれ。
いつもは少々対応に失敗しても、笑顔のひとつでも見せれば女なんてすぐに顔を赤らめて、こっちの思い通りになるのに。
とりあえず後ろを向いていて顔の見えない彼女の出方を伺っていると、彼女は思いっきり掴んでいた俺の手を振り払った。
そして、氷点下の目線で俺を見ると、なんと、その場で履いていたガラスの靴を脱いで手に持った。
「ご心配には及びません。もう、帰りますので。ごきげんよう」
捨て台詞を俺に吐き捨てると、彼女はさっきとは違い、美しい所作で、片手にガラスの靴を持ちながら門の方へと消えていった。
それ以上彼女を追いかけることもできずに、俺は情けなく立ち尽くすことしかできなかった。
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