6.秘宝
「さっきの戦い方だけど、内緒にしてもらえるかな?」
女騎士たちに声をかけながら、僕は自然と背筋を丸めた。
「気になるのは山々だけど……誰にだって秘密はあるもんさ。」
「助かります。」
「ただ、こっちとしても……」
「僕たちは、国境を越えるときにたまたま前後に並んだだけですよ。」
「……感謝する。」
お互い微笑み合って、軽く会釈を交わした。ずっと見ていたマリアが呆れたように首を振る。
いや、本当に。政治の面倒ごとに関わるつもりはないんだ、僕たちには関係ないし。特に僕たちのような立場の者が、フィールディング王国の政争に巻き込まれたら、下手すればエミール王国との戦争に発展しかねない。
国境を越えた僕たちは、ようやく父たちの追っ手を振り切り、肩の荷が下りたような気分だった。
女騎士たちと別れた後、僕たちは最寄りの町を目指して歩き出した。
家の領地やエミール王国の都市に近い場所は危険なので避けることにした。まずは冒険者として登録し、依頼をこなしながら徐々に王都へと向かうつもりだ。
*
「これは……」
夜、風呂から上がった僕が見たのは、アナがエリーの【坎水離火剣】を手に取り、しげしげと眺めたり、振ってみたりしている姿だった。
そんなに嬉しそうな顔を見せられると、こっちまで嬉しくなってしまう。娘の成長を見守る父のような気分だ。
でも、
「危ないから、気をつけてね。」
アナは静かにうなずいて剣を返そうとしたが、その途中でマリアに奪われた。
「これ、純粋な物質じゃない!」
剣を扱えないマリアは、振るときには力がなかったが、魔力を注ぎ込むと、剣はしっかりと反応した。
【坎水離火剣】は【坎水剣】と【離火剣】の二本から成る短剣である。【坎水剣】は青一色の透き通った剣で、光にかざすと内部に光が屈折し、美しい模様が浮かぶ。【離火剣】も形は同じだが、赤一色の剣だった。
素材は不明だが、剣身も柄も極めて純粋な物質で構成されており、それゆえにマリアは感嘆の声を漏らした。
「これは……どんな錬金術の技術なの?」
錬金術とは、新たな物質を創造するために研究する術で、属性が純粋であればあるほど、対応する力を引き出しやすいとされている。例えば火属性の物質で作った鍋なら、火魔力を注ぐだけで加熱でき、火を使わずに料理ができるのだ。
師匠の世界にも似たような技術があったらしいが、あちらでは主に武器の製造に用いられ、生活用品を作ることはなかったという。
エリーの【仙女剣法】も師匠から教わったもので、双短剣を使う戦法であり、【玄陰聖徒】だけが習得できる特別な剣術だった。
左右の剣を連携させ、高速で攻撃を繰り出し、一撃が外れても無理に続けず、流れるように次へ移るのが特徴だ。
師匠曰く、「舞う姿はまるで仙女のようだ」と。……仙女って、何だろう。たぶん、すごく美しい女性のこと、だよね?
「ねえ、お兄ちゃん……」
マリアの声が、突然甘く、艶っぽく変わった。
「他にもお宝、ある? 欲しいなぁ……」
マリアの言いたいことはわかっているけど、その言い方、少し色っぽすぎる。
しかも彼女、いまバスタオル一枚しか身に着けていない。エリーが最初に笑いをこらえきれずに吹き出した。
僕は左手を挙げ、中指にはめていた指輪に魔力を注ぐ。すると、指輪が空間を開く。
これは代々の【玄陰宗主】のみが持つことを許された秘宝であり、【玄陰宗】のすべての秘宝と武功が格納されている。
もっとも、師匠の世界には魔法が存在しなかったので、魔法杖のような宝具は含まれていない。
「あれは?」
マリアが指さしたのは、一本の短杖だった。大人の肩ほどの長さで、全体が緑色に透き通っている。
「……属性がない? でも、暖かい……どんな材質?」
「それは【緑玉杖】。『玉』という、師匠の世界にしかない素材で作られているんだ。」
「なるほど……でも、魔力が通るの?」
「うん。【玉】は本来脆い素材だけど、魔力を流すと硬くなるんだ。」
「へぇ、面白い。」
「でも、マリアは武器スキル持ってないよね?」
「むぅ……」
マリアはすぐにふくれっ面をした。
「じゃあ、これはどう?」
僕はマリアをなだめるため、別の物を取り出した。それは短い上衣で、肩から胸元を守る程度のサイズ。
見た目は地味な金色で、遠目には普通の服と変わらないが、その実、非常に高い防御力を持つ鎧だった。
「これは【金鏤衣】。見た目は柔らかいけど、どんな剣や刃物でも簡単には通らないんだ。服の下に着れば、君を守ってくれるよ。」
マリアは勢いよく僕に抱きつき、
「ありがとう、お兄ちゃんっ!」
そのまま、アナとエリーにウィンクを送りながら、ちゃっかり勝ち誇っていた。