4.ホテル襲撃
「ねえ、その『暗』って何?」
マリアの質問を聞いた瞬間、エリーの顔が真っ黒になった。
「そいつはビッチです。無視して大丈夫です」
「なにそれ、面白そうな話じゃん」
「夢魔が坊ちゃまを誘惑しに来たんですって、精気を吸おうとして。でも逆に坊ちゃまに完敗しました」
「そこまで強いの?」
三人からの視線が一斉に僕へと向けられた。顔が熱くなる。耳まで真っ赤だったと思う。
その日は日暮れまでずっと進み続けた。父や他の誰かにアナやマリアの脱走が知られるのを恐れていたからだ。どうせ二人は変装もせずに来たのだろうし、父や叔父が見抜けないはずがない。
でも、上級職と中級職の二人のおかげで、小さな村を三つ越えて予定より早く休憩できた。これでうまく逃げ切れればいいが……。
そして夜。僕が一人で部屋に座り、あれこれ悩んでいると、突然扉が開き、赤い顔をしたアナとマリアが入ってきた。後ろからはエリーが悪戯っぽく微笑みながら扉を閉める。
「ニッちゃん……」
「お兄ちゃん……」
「君たち……」
「ニッちゃんって、絶倫なんでしょ?」
「あの女、私たちに“耐えられない”って自慢してきたのよ……」
「あ、あはは……」
翌朝。目覚めると、エリーが洗顔用の湯を準備してくれていた。なんて気が利く子だろう。アナとマリアの幸福そうな寝顔を見て、僕は思った。もしかしたら、これは間違いじゃなかったのかもしれない。
もちろん、僕は男だ。美しい女性が抱きついてきて喜ばないわけがない。しかも、その美しさはあの王女に勝るとも劣らない。
本当はもう少し眠らせてあげたかったが、早く出発しなければならない。リベルランド家とデリエー家の領地から、一刻も早く離れたかった。もし彼女たちの家族に知られたら、十回死んでも足りない。
「さすがはお兄ちゃん……」
「ニッちゃん、まだあんなに元気なんて……」
「な、なんの話?」
「坊ちゃまにはわからないでしょうけど、そのうち慣れますよ」
「な、なにそれ!?誰か説明してくれ!」
僕も子供じゃない、分かってる……ちょっと反応が遅れただけだ。
アナとマリアは朝起きたとき、足元がふらつき、倒れかけていた。アナがなんとかバランスを取って、マリアまで支えてくれた。本当にごめん。でも二人とも魅力的だったから、つい夢中に……。次はもっと気をつけよう。
力が少し上がった気がして、試してみた。結果、以前より遠くの敵にも攻撃できるようになったし、同時に二人まで攻撃できるようになった。もちろん、対象が多ければ威力は落ちるし、距離によっても威力は変わる。
その後、数日間はひたすら移動を続け、四日目の夕方には国境近くの町に到着した。夜間は通行できないため、翌朝を待つことに。移動中は夜の運動を控えていたのに、明日には安心できると思ったのか、三人は逆に積極的になってきた。正直、隣の部屋から苦情が来るのではと心配だった。
深夜、まだ寝ていなかった僕はアナを抱きしめながら、外の物音に気づいた。『カン』と微かに金属音が響いたのだ。普通なら気にしない程度の音だが、ただ、聞こえたのは金属がぶつかる音で、庶民向けの旅館では家具や備品の多くが木製のものだ。
アナも気づいたはずだ。聖騎士である彼女なら当然かもしれない。僕とアナは目配せをしつつ、エリーとマリアを起こした。
服を着て、そっと窓を開けた。この宿は前払い制なので、すぐ出ても問題はない。案の定、外にも敵がいた。窓を開けた途端、攻撃を仕掛けてきたが、アナが投げナイフを弾き落とした。
同時に扉も破られた。
エリーがマリアを抱えて、僕たちは一斉に窓から飛び降りた。僕が空中で振り返ると、部屋に入ったのは三人。彼らもこちらに向かって走ってきた。
隣の部屋からも飛び降りた人影が見えた。見ると、赤髪で鎧を纏った女騎士だった。
地面に着くと、僕たちは十三人の黒装束に囲まれていた。僕たち四人と、隣室の五人。隣のグループには十歳ほどの貴族の少女と、四人の女騎士がいた。
交渉する暇もなく、戦闘が始まった。
女騎士たちは一人を少女の護衛に残し、他は戦闘に参加。アナも彼女たちと共に前線へ。残った弓使いの女騎士は素早く一人を射抜いた。マリアは『冰之矢』で二人を貫通。そしてエリーが最後の一人を受け止めた。
あっという間に、敵は十人に。彼らは二人一組で連携を取りながら、後衛の弓使いや魔法使いを狙って突っ込んできた。
僕は木琴を持っていたため、彼らは僕を無視してマリアに向かってきた。だが、短剣が【焦尾琴】に阻まれた瞬間、彼の表情に驚きが浮かんだ。その一瞬の隙が命取りだった。【群芳秘譜】の音波が彼を貫いた。
敵は四人にまで減少。勝てないと悟ったのか、彼らは撤退を試みた。女騎士たちは警戒を強めた。案の定、『カン』『カン』と毒針を弾く音が鳴った。
敵が完全に退いたのを確認してから、女騎士のリーダーが頭を下げた。
「申し訳ない、巻き込んでしまったようですね」
周囲の損害を確認し、夜明けも近かったため、宿に謝罪と補償を済ませ(主に女騎士側が対応)、その場を離れた。
検問所に向かう途中、女騎士が事情を説明してくれた。
あの貴族の少女は隣国フィールディング王国の貴族で、暗殺者に狙われて逃亡中らしい。詳細は伏せられたが、政治絡みの問題に深入りするのは避けたい。
本来なら通過後に別れるはずだったが、黒装束たちは白昼堂々と再び襲ってきた。検問所で手続きを待っているとき、突然殺気を感じた。
一人の黒装束が瞬時に僕の前に現れ、剣を振り下ろした。僕は【焦尾琴】で受け止めた。相手はすぐに剣を引き、回転しながら下から斬り上げてきたが、それも防いだ。次は横薙ぎに変えてきた。間一髪で後退し、剣は僕の胸の前数センチを掠めた。が、それはフェイントだった。
相手が突きを放つ瞬間、僕はすでに踏み込み、間合いを詰めていた。指を弾いて【群芳秘譜】を放つ。音が彼の身体を貫いた。
膝をついた相手を僕は冷ややかに見下ろした。
「どうだい、マシュー」
この男は、貴族の少女を狙った刺客ではなかった。彼は僕の弟――マシュー・リベルランドだった。
*
マリアベル.リベルランド
├魔導師
│ ├全魔法(初級)
│ ├全魔法(中級)
│ └火魔法(高級)
└玄陰聖徒(異)