今日、事情聴取します!
「義姉さん、おじゃまします」
にっこり笑って御宅訪問。手土産はケーキと焼き菓子のセット。
「ひなちゃん、いらっしゃい」
リビングで歓迎してくれるのは6歳になる姪っ子、朔夜ちゃん。小学生というから年月の重みというヤツは……。
もう一人、10歳になる海斗君がいるのだけど、今は習い事で不在だ。バスで送迎してくれるスイミングスクールなのでおひとり様でお出かけだ。お昼前には帰ってくると聞いている。
そう言えば俺のかっこいい背泳ぎ見に来いよっ! と誘われてそのままだったなと思いだす。ここ2,3年疎遠だった。
都合が合わないと兄に断わられ、まあ、そんなものかと思っていたのだが、別の原因もあったらしい。
「兄さんもいらっしゃいくらい言ったら?」
兄に笑いかける。
青ざめた顔の兄はなかなかに愉快だ。
よく逃げなかったな。
ほんと人を贄に出して、今度は自分の番となるとびびるんだから。
今日は発熱した日から三日後、顔合わせからは約一週間。
兄にはきっと断られるから義姉に今度結婚することになったこと、小ぢんまりとした式にする予定で子供たちの招待は難しいため別に顔合わせをしたいと依頼した。
いままでもお祝い事をケチらずしてきたおかげか、おめでとうと祝福され、この訪問も断られることもなく、じゃあ、お昼も食べましょうかという話になった。
急な話でも快く迎えてくれる義姉はいい人だ。
兄にはもったいない。どうやってあんないい人をと思っていた回答は、もしかしたらあるかもしれない。
「おにいさん、あとでお話があります」
涼さんが宣告する。
こちらは真顔だ。
「追いかけるのは得意なので逃げても結構です。ただ、怖い思いはしたくないでしょう?」
小さく加えた言葉に、兄が頷き人形になっていた。
本物の祟る系なので迫力が違う。
それはさておき和やかに紹介が終わり、わくわくしたような朔夜ちゃんが。
「ひなちゃんどこで旦那さん見つけてきたの?」
という爆弾発言を投げつけてきた。
「趣味で」
「どんな!?」
「美術館とか博物館とか」
実際、ある程度の共通の話題となっている。
「熱烈に口説かれたんです」
「な、なにを急に」
「そうでしょう?」
……いいようによってはそう。
でも、あれは脅迫ではないだろうか。ちょっとばかり正気じゃなかったという自覚はあるんだ。追い詰められていたというだけではないいかれっぷりが。
青ざめるべきか、恥じ入るべきかわからないのでうつむいた。
「仲が良さそうで安心したわ」
義姉さんがそう言ってくれてとりあえずは終了した。兄がお前なにいってんのという表情がちょっと痛い。
そのあとは甥っ子が帰ってきて近くの洋食屋さんでランチになった。反抗期に片足つっこんでいる小学生は意外と寡黙だった。
何事もなくおわったところで、私と兄、涼さんの三人でちょっと相談があるのでと子供たちと義姉さんと別行動になった。
「本当に結婚するのか?」
古びた喫茶店に入るなり兄がそう言う。
「するって言ってるでしょ。
それに話は注文くらいしてからにしなよ。
あ、すみません。ホットコーヒー三つで」
こだわりの珈琲がありそうだけど、意外と珈琲としか書いてなかった。ショーケースに自家製と書かれたケーキがいくつかあったのでそっちのほうに力を入れているかもしれない。
ここは涼さんの知り合いのお店だそうだ。
一時間の貸し切りをしている。
来客に見せかけた数人がすでに店でスタンバっていた。
手際がよろしい。もちろん、私ではなく涼さんとアリアの。店内を見回せばアリアの保護者であるツイさんもアリアの旦那さんもいた。ツイさんは出会ったころが子供の頃だから未だにアリアの保護者みたいな認識なんだよなあの人。
あの日の翌日にはアリアにも連絡がつき、やっぱり連絡してきていないという話が確定した。スマホ乗っ取られてた? ということでもないらしい。
そこから先は涼さんとアリアの間でなにか話をつけて、本日の開催となった。
ハブられたと思ったけど、変に知っていると相手に察知されるかもと言われれば大人しくしているほかない。
兄と憑いてるナニカについては大変不幸なことである。
幸運を噛みしめたんだから兄にはざまぁというところだろうけど。
「考え直さないか」
ホットコーヒーが運ばれる前に話しだして気が早い。おそらく実害が出ているんだろう。焦るほどに。
「考え直しません」
「不幸なことになっても?」
「例えば?」
「事故とか、仕事がうまくいかなくなるとか、変なことが起こるとか」
涼さんに視線を向けるが、意味ありげに笑われた。なんかあったのかもしれない。
「なんで、私が結婚しようとするとそうなるの?」
「そ、それは」
「陽葵さんが、すでにあるものの贄であるから、ですね?」
涼さんは冷静に指摘する。
「そういうつもりじゃなかったんだ」
慌てて言うところが語るに落ちたというべきか。ため息が出てくる。
「おまえが結婚したいなぁっていうから相手を探していたら、なんか急に憑かれてお前を殺すとかいうから」
「違うよね? 妙に運が良くなったのは中学生の頃でしょ。そのころ私が入院して、大変だからってお父さんの実家に預けられたよね」
あれは冬休みのことだった。アリアと知り合って間もなく、なんかの怪異だか神様の争いに巻き込まれ霊障食らって寝込んだんだ。謎の高熱として一週間ほど入院。
忘れようもないことなのに、親に子供の頃なんかあったっけ? と確認するまで忘れていた。
「……そんなこともあったかな」
「あったよっ! 雑誌の懸賞にあたりまくってたの!」
ゲーム本体とか当てていたのも思い出したんだ。ただ、あの頃の記憶はちょっと曖昧だったりするんだけど……。そのあたりはアリアとその保護者がそっと目をそらしていたので、なんかしたっぽい。
代わりに最低限の加護はしてたというのが保護者の言い分である。
そのおかげで今まで私は無事に現世にいられたことになるが、それにしたってひどい話である。
「大したことじゃないだろ。
おまえも先約があるんだからそっちを優先しろ」
「はぁ!? 何も説明せずになに言っちゃってんの?」
「そういうことなので、お引き取りを」
私を無視して涼さんにそう言っている。
彼は笑った。
大きな口で、にんまりと。
「まあ、かわいそうだよね。
やくそくしたのに、およめさんは、一度も見てくれなかった。くれるっていったのに、触れることさえできないで。
だれのものにもならないから、待つと決めたいじらしさはある」
そうなのである。生理的に無理かなーという点をさておけば、怪異、かわいそうである。兄のことだから調子のいいことをいって幸運を搾り取ったんだろう。
うちの兄がすまぬという気持ちにはなる。
「だから、教えてあげる。
今の家族というのは、結婚したら戸籍を分けて別の家になるんだ。その人はもう結婚して別の家のものになった。彼女とは縁が切れる。
安心したまえ。
彼にはちゃんと娘がいる。
その子は連れて行けるよ」
家を継ぐという概念ではなく、制度上の話ではある。
戸籍上は私と兄は別家族で、家の娘とは言えないだろう。そう言ってごり押しして契約譲渡する。
どこかからか声が聞こえた。
嬉しそうな、ぼくのおよめさん、という声。
ぞわぞわするな。
戸を開けようとする音が続く。
それと同時に兄が立ち上がった。
「娘をやるわけないだろっ! 陽葵を持って行けよ。長くないって聞いたのにまだのうのうと生きていやがって」
そう言って私に掴みかかってこようとするが、当然のように背後から捕まえらえていた。
アリアの旦那さんである。置いて来ようとしたがついてきたと連絡はあったけど、居てよかった。物理で強いんだ。
「関節外しとく?」
表情を変えずに聞いてくるあたり、こわいんだ。
「大騒ぎして話しどころじゃないからやめておこうか。
縛って転がそう」
「助けろよ、兄だろ」
「やだぁ。最初に売ったのはお兄様じゃなぁい?」
と煽っておこうか。
扉の方は静かになり、何か黒い塊がいた。
「事情聴取しようか」
ここからが本番である。
今をさかのぼること二十数年前、私は病弱な子だった。先祖返りというところで、能力と体が馴染んでいなかったのではないかと推測される。でも、現代医療的に言えば原因不明で長生きしないだろうと悲観されていた。
病弱な私に両親はかかりきり、とはいかないが、かなりの時間を使っていた。それに関連して出費もそれなりにあり、貧乏ではないが余裕はない生活をしていた。
それが兄には不満だったらしい。妹が生まれた時からずっと、妹中心の生活をしていたから。
親に言え親にという案件ではある。ただ、良き兄として表面上は振舞っていたから言えなかったんだろう。
私が運悪く入院したのは、高校受験の年である。冬休みの追い込み時期に、家がバタついてさらに父の実家送り。
落ち着かないだろうと善意であったのだろうが、裏目に出た。こんな時も妹のほうが大事なのかと。
で、父の実家で、行くなと言われた場所に行き、怪異と遭遇。妹をやるからという話になったそうだ。
目障りな妹がいなくなり、自分には幸運が与えられる。良いことばかりと思っていたそうだ。
ところが、その妹は退院以降、元気いっぱい。怪異に連れていかれることもない。あれはなにかもの夢だったのかと思い始めて、忘れたそうだ。
そこから3年ほどして、怪異が取り立てに来た。妹に近づけないと。それでは全部返してもらうという話に焦った兄は、まだ成人していないからと待つように言った。
それが30歳である。
……騙されるピュアさ。
兄は、これはいけるぞとそこからあれこれと欲しいものを要望し、使い倒したらしい。
外道だな。兄。
「姪っ子ちゃんが可哀そうと思ったけど、持って行っていいレベルだわ」
アリアが呆れたように言う。
「なんで、そいつが持って行けないんだよ」
「私の保護者の加護があるから、半端な怪異や妖怪、下級神なら蹴散らすのよ。
あたしの数少ないお友達なんだから、どこかに行かれては困る」
……私も知らないこと言ってる。
この場にもいる保護者に視線を向けるとにこやかに手を振られてしまった。
そこで肩を叩かれた。
「あの方、ああしてるけど、きちんと祀られている力ある方だからな?
僕も蹴散らされる側だからな?」
余計なこと言うなってことかな。
大丈夫です、利害関係は一致してます。そう念じながらツイさんに微笑み返しておいた。
「解除を認めないなら散らすかと思っていたけど、どうする?」
そう言いながらアリアは困ったように黒いモノを見ている。
あまりにも兄のやり口がアレすぎて、怪異のほうに同情的になってきた。兄にもお仕置きいるんじゃね? という雰囲気はある。
「解除してくれるなら、おうちにかえってもらえばいいと思う」
「おうち壊れた」
「……新築しよう。
大丈夫、今どき通販で買える。
兄さん、お金出しなよ」
「な、なんで俺が」
「あ、じゃあ、私がお金出すんで、兄を管理人に。これまでの分、働けよ」
これのヤバさがわからんとは。一般人怖いな。
「いっしょ?」
それは嬉しそうに笑った。
兄は悲鳴を上げていたが、今までやらかしていたんだから責任をとればいい。
父方の実家を継ぐとかそういう話に持っていければいいな。確か、本家の跡取りいなくて家が放置されていたし。
「田舎でスローライフしなさいな。
もちろん単身赴任」
「いやだ」
「断るともれなく、あなたの娘がおよめさんに」
さすがにこれには黙るらしい。
「可愛いよねぇ。さすがに異界につれていかれるのはかわいそうだよねぇ」
「お前がいけ」
「いや」
誰が行くものか。なんかアレは相性が悪い気がしている。
「横取りしたようで悪いですが、知らなかったもので」
「はらたつけど、しかたない」
あっちはあっちで話をつけているらしい。
私に固執していたようではないようなので、そこは安心できる、のだろうか。
「……いっしょ、うれしい」
最後にぽつりと言っていたことから考えると兄のほうに固執していたんじゃないかという気がしてくる。
いいように使われてもそれでもいたかったなら。