今日、看病されます!
顔合わせから二日後、急に発熱した。
正確に言うと熱っぽいが急に発熱に進化した。起きられないような熱は久しぶりだ。
なんとか会社に連絡し、有休をあてて、冷えピタして、解熱剤を飲んでベッドにもぐりこんでいる。いつも通り。いつもと違うのは、10分間隔で様子を見に来る涼さんがいるからだ。
こっちが落ち着かない。
「ここにいて。
寂しいので」
とでもいえば、仕方ないなぁという顔をして床に座った。一応、ラグは敷いているので痛くはないと思うのだけど。
そわそわしているのがまるわかりで、すこしおかしい。
「ごめん、吸い過ぎたかも?」
猫吸い見たいなことを言われたと思ったのは熱のせいだろうし、猫は吸われすぎて熱は出さない。たぶん。
「皮膚の接触による急性生気不足かな」
「皮膚?」
「空間共有の薄っすらの生気吸いはそこまで急に吸っちゃうことはないんだ。
ただ、ほら、手もつないだし……」
そこでちょっと気まずそうな顔をされてしまった。
両親の前の中よいアピール的に多少のスキンシップ増量を求めたのは私のほうだ。弊害があるとは知らずに、ではあるが。
でも、腕を組むなら服越しであるし……。
と色々記憶をたどる。
「あ」
そういや、キスしたわ。色んな都合上されて、そのまま弁明も聞いてない。
発熱じゃない熱が発熱した。
「氷枕とか買ってこようか」
「大丈夫……」
覗き込んでくる顔が良い。さらに発熱しそうだ。
「ダメだな。
ちょっと薬局まで行ってくるから、大人しく寝ているように。
誰が来ても、開けてはいけないよ? 僕はちゃんと鍵を持っているから自分で開けて帰ってこれるからね?」
嫌なフラグを立てて行ってしまった。
怪談がやってきそうだ。
ぼんやりとした頭で考えてもろくでもない。
寝よう。
毛布を頭までかぶってみたものの部屋がやけに静かに思えた。昼間ってこんなに静かだっただろうか。なんか音楽でも流そうと枕元にあったスマホを手に取る。
「うひゃっ」
急にスマホの着信音がした。
「今日、きていい?」
アリアからメッセージの通知だった。
いいよ、と返事しかけて、アリアは一週間くらい地方遠征と聞いたのを思い出した。山岳地帯に行くので電波繋がらないから連絡つかないらしい。
ちょっと考えて、涼さんに変なメッセージが来たことを連絡した。早く帰ってきてねと♡もつけたからちょっとは心配してくれるといいけど。
送信してからすぐにぴこんとまた新しいメッセージ通知。
『これから電車に乗るね?』
それからまた10分くらいたってまた連絡がくる。
『近くの駅に着いたよ』
返事しないほうが良さそうだ。彼女は、そう言う連絡の仕方をしない。ケーキ屋さんの前にいるけど、何のケーキ食べる? である。まず、どこのケーキ屋さんなのよ?から話が始まる。
最寄り駅の中にはチェーン店を含み3軒もあるのだ。伏兵のように喫茶店の持ち帰りケーキすらある。さらにコンビニだってケーキを売っている昨今、ケーキをどこで入手するかについては色々な……。
「……ダメだ、寝よう」
無視しよう。きっと怪異だ。めりーさんみたいなやつだ。相手する気にならない。しかも私は一般庶民だ。退魔師の友人がいても普通で、怪異の婚約者はいるけど、やっぱり普通で。
……普通とはいったい?
『今、マンションの下にいるの』
爆速である。ここの立地は駅から徒歩10分。実質15分。信号に引っかかると20分弱。
なのに、駅にいるという連絡から5分くらいで来た。
ぴんぽーんとインターフォンが鳴る。
オートロックなので、一階で鍵を開けないと入れない仕様である。
『開けて』
残念ながら管理人さん常駐ではないので、不審者として取り締まってもらうことは出来ない。
もう一度、涼さんになんか変な連絡が続いてることを送る。既読はつかない。
そうしている間にまた鳴った。
『はやく』
さらにもう一度。
そして、静かになった。
安心させておいて、襲い掛かってくるパターンも世の中にはあるのだから油断できない。なにもヒトが寝込んでいる時に来ないでも。
大体寝込んでいるときというのは、よくない。
小さいころに寝込むとなにかが頭を撫でて、早く良くなってと呟く。
私はそれが怖くて、じっと息を殺して寝ているふりをしていた。
きみは、ぼくの、およめさん。
そう、いっていた。
熱に浮かされた悪夢と思っていた。けれど、違うとしたら。
ぴんぽーんとインターフォンが音を立てる。
先の音とは違った。
玄関で直接鳴らされるのは音が違うのだ。
『あけて』
メッセージが、届く。
どんと扉が叩かれた。
やべぇ。
ほんとに何か来てる。
メッセージなんてまどろっこしいことを言わず、通話したが、呼び出し音しかしなかった。その間もどんどんと扉が叩かれる。
なんか、きてる! と最後に送って救援は諦めた。
フラグ立てていくからっ! と言っても仕方ない、何とか起き上がって、武器になりそうなものをさがした。
怪異に武器となるものなんて……あ、バール、のようなもの。冗談でほしいと言ったら誕生日にくれた友人がいる。冗談に本気な女である。防犯にはぴったりといっていたので、本当に冗談だったのかは知らないが。
風が吹いていないのにカーテンが揺れた。
視線がそちらに向いてしまった。
黒い何かが、そこにあった。
「どうして」
呟いたのは、わたしだったのか、ソレだったのか。
「ぼくのおよめさん」
「そんな約束してない」
「だって、きみのおにいさんは、きみをくれるっていったよ。
このいえのむすめをあげるかわりに、えいこうをあげる」
「知らない」
「やくそくした。
ぼくがもらうってやくそくしてた」
黒いものが大きく膨れる。部屋そのものを飲み込むほどに。
「さあ、おいで」
柔らかく甘い声に鳥肌が立った。
触れられたらおしまいと思えるのに、その場から少しも動けない。
話が通じそうな気が全くしなかった。
「手を」
手が勝手に持ち上がる。そうすることが自然のように黒いモノの手に触れそうになる。
きっとこれで終わる。
結婚したかったんだから良かったじゃないと諦念に似た何かがよぎる。
黒い手が、掻き消えた。
「悪いけれど、この子を守ると約束したからね」
その声は、待ち望んだものだった。
黒いモノはさっと姿を消した。元々何もなかったように。
「遅くなってごめんね」
「ほんと遅い!」
そう言って私は倒れた。そう、私、発熱中。意識が遠くなりながらも頭を撫でられたのは嫌じゃなかった。