今日、祠を破壊します!
「君なんなの!? 突然家破壊するなんて!」
怪異に悲鳴を上げさせる喪女など私ぐらいだろう。
ある山奥の温泉宿に泊まっていた私、裏山にはやべぇ奴祀ってるから入んじゃないぞと言われていたのだ。そうこなくちゃっ! といそいそと破壊工作のための準備して、入山。
目的の祠を見つけてのみを入れて、屋根をはがしたのだ。
そしたら、中身が出てきて、今、何なのと言われている。
「祠を壊したら祟られて、嫁にされると聞いて」
「は? なにその山林に入る業者の人みたいな恰好で、見初められると思ってんの?」
「山、虫も葉もいろいろいて嫌なので完全防備しました」
「それにしたって、もっとかわいいのあるだろ。登山仕様のリュックが本気すぎ……まって、そのリュックの中になんでのこぎりなんてはいってんの?」
「細身ですがよく切れます。
ほんとはチェーンソーが欲しかったのですが、素人には難しく」
「マジでやる気なの? 僕、今誰も呪ってないからね! よそが本体よ!」
「いえ、嫁にしてもらいたく」
「…………は?」
祠在住、やばいやつな怪異様。
うねる髪のようなが渦を巻いて、その中心に口だけあるのだけど、ぽかんと大口を開けていらっしゃった。
ほんと、おまえさんをたべるための口、みたいな。
「あ、虫歯ありますよ」
「うっさいっ! なんでわかる」
「歯科助手してたので」
「今、擬人化して治療中なのっ!」
「神通力で直せないんですか」
「よそのは直せても自力は無理」
「ああ、お友達がいない?」
お互いに直し合いっこするなら不調は改善済みのはず。
なぜだか、怪異様がきゅっと小さくなった。あら、愛らしい。
「…………おまえ、ほんと何しに来た」
「ですから、お嫁さんにもらってください。あるいは婿に」
バカなの? と聞こえた。
確かにバカであるが、切羽詰まったバカなので諦めて欲しい。
一応は事の次第を説明することにした。
「若いうちから周囲の結婚の圧があったんですが、ふっとその圧が亡くなったと思ったら、次は親が親戚の孫がちらっとみてくるんですよ! じゃあ、未婚の母にでもなれっていうん? と自棄で出会い系アプリを入れてあったら、みんな、人のこと詐欺っていうしっ! そうじゃなければ結婚詐欺されそうになるし!
いっそ、親のために結婚式だけでもと詐欺でもと貢ごうとしたら相手がびびって逃げた。慰謝料大量に入ってた。なんだよ! 私の何がダメなのか」
「え、その圧」
初対面で、指摘され私は胸を押さえた。致命傷だ。
「祠は修繕費ということでいいから、帰って」
「婿になって!」
「いや、僕も選びたい」
「選んでよ!」
「ぴちぴち女子高生がいい」
「神様なんでしょ!? 見た目くらい好みの世代にできるんじゃないの?」
「中身の清純さは戻せない」
厳かに言われた。致命傷、その2である。
がっくりと膝をついた私があまりにも、無残だったのかうろうろと怪異様が回っている。
なんか、かわいいな、おい。
「ほらー、いまどきーってー、結婚しなくてもおひとりさまでも平気じゃないー?」
「そう思っていたりしたんですが、あまりにも親が言うもので。
疑似結婚式にお付き合いしてくだされば、祀ります」
「うん?」
「こんな辺鄙なとこではなく、我が家に祭壇を作って、祀ります」
「信仰は糧ではあるけどねぇ。一人分じゃあ、ここで恐れられている方がまだ価値がある」
「新興宗教を立ち上げればよろしい?」
「今、ぞわっとした。やめて、宗教界隈、色々ある。土地神の一種でスルーされてないと戦争巻き込まれる。
分社、そう、分霊なら、考えなくも……」
よし、押せる。そして、推せる。
「衣食住完備します。
親に紹介から、結婚式までノンストップ半年でいかがでしょう! 必要なら祠、新築にします?」
「新築はちょっと威厳てものがないから……。
……いかんいかん。流されるところだった」
ちっ。
いいところまでいったのに。この業界、言質とれば結構いけるって、怨霊退治の専門家である友人が言っていたのに。
あーここの子はそんな悪さしてないよ。人が良すぎて騙されて恨んでる系というから、口説きにきたのにっ!
うっかり騙せそうだと信じてたのにっ!
「……それでは仕方ありません。
祠にはさよならを言う準備はできましたか?」
「なにそのバールみたいなのっ!」
「やるには、これですよねぇ」
「な、なんで、退魔の印刻んであるのっ!」
「おうちが亡くなれば、強制的にどこかおうちをさがさねばならないでしょう?」
「わ、わかったからっ! 半年! 半年だからなっ!」
「おわかりいただけて、良かったです」
私は笑顔で言い切った。
「……なんつー生き物だ。その情熱を他に向ければいいのに」
「親への義理を果たしたら、そうします」
「縁切ったら?」
「他はいい人なので。脛も齧りまくった負い目もあります」
その他いろいろある。
「擬人化できるとお伺いしましたが」
「できない個体だったらどうするつもりだったの?」
「写真加工と音声で結婚しました報告だけで済まそうと」
「そっちがいい」
「ダメです」
「くっ。僕、童顔て言われるんだよね」
そう言って、瞬き一つの間に現れたのはぴちぴちの美青年だった。
そう、新卒3年目くらい。私と10歳は違いそうである。別な意味で親を心配させるもののような……。
「僕の仮の名は市谷涼。かつてこの村にいたものの名を借りている。書類上もすべてそれで通している」
「了解しました。涼さんですね!
私は、陽葵、成瀬陽葵と言います。画数数多いのが悩みです」
「陽葵」
「はい」
「しばし、憑くことになるが、きっちりと世話するように」
「おまかせくださいっ!」
かくして、私は婚約者を手に入れたのである。
人間の男に見る目がないなんて言うから、冗談のつもりで言ったのに、ほんとに怪異口説いて偽装結婚するとは思わないじゃない!? と友人は語る。