旅立ち前夜
波線から下は主人公ちゃんの一人称パートとなっております。
時の魔女が死んだ。
かつては大陸中の魔女たちを纏め、人々に平穏をもたらしたいわば平和の象徴であり、永遠の時を生きる人間。そんな彼女が死んだのだ。
もちろん、民衆達は大きくどよめいた。それはここ、「自由の国 リーベルタース」でも例外なく起こったことだった。が、しかし。一時期はすべての人々を混乱させたこの一件も、時の魔女が遺した「遺書」により、収束へと向かうこととなる。
しかし、緩やかに事を治めていったこの遺書もまた、残された者たちに大きな禍根を押し付けていった。そう、時の魔女の一番にして唯一の弟子、「シオン・リグレット」もまたそのうちの一人である。
「全く......貴女の考えていることは最後まで分かりませんでしたね」
唯一にして一番の弟子。言い換えるのであれば、時の魔女に最も信頼を置かれている人物である。
「しかし、私に遺物を託したうえ、『魔力適合者』を見つけろとはいい度胸じゃないですか」
ブツブツと独り言をつぶやく彼女の顔色はうかがえない。だが、語尾の上ずりや肩の震えを見れば、その感情がどのようなものかは推察できるだろう。
「そこまで言うならやってやりますよ......適合者探し......」
ぼそりとつぶやいたシオンの口からは、それはそれは大きなため息が漏れたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「で、決意を固めたはいいものの、旅に必要なものがわからず僕を頼ってきたと。」
やれやれといった様子で書庫を漁りに向かうのは、私の親友であるオリーブちゃんである。
「まあ少し待ちたまえよ。確かこの辺に『初心者に向ける旅のハンドブック(永久保存版)』がだな......うわあああ!」
何やら事件性のある悲鳴が聞こえてきたので、ちらと様子を確認してみると、何やらオリーブちゃんが本に埋もれてじたばたとしていた。
「いや、いやだな? 仕方いことなのだよこれは。何せ普段旅関連の本は読まないもので奥のほうへしまいこんでしまっていてね。いやね、だから君に頼みがあるのだがね、少し、少しでいいから僕のことを引っ張り出してはくないかい? ねぇ、聞いてるかい? ねえってば------」
何というか、情けない。知識の必要な場面では間違いなく彼女以上の人材はいない。前々から書を愛するあまり運動を疎かにしていることは把握していた。そのうえ、面倒くさがりな性格や運動不足が祟って本の整理にまで手が回っていなかったこともあっての事故だろう。
オリーブちゃん本人の貧弱さと体躯の小ささを再確認しながら半刻ほど救助活動を続け、何とか引っ張り出すことができた。
「オリーブちゃん……私はオリーブちゃんがこの先私無しで生きていけるか心配で仕方ないよ……」
「ああ、その点については心配いらないよ。シオン。君の旅についていくことにしたからね。」
今、サラリととてつもないことを言ってのけたような気がする。私の耳がおかしくなければ、「旅についてくる」と聞こえた。本と知識を好むあまり完全にインドア派と化し、一時期は奇妙なコケすら体から生やしていたオリーブちゃんが、だ。
「なに、君は理由を問うだろうがね。ただ単に、書で得た知識が現実のものであるか確かめたくなっただけだよ」
結局、あれよあれよと言いながら2人分の荷物をまとめているうちに夜は更けていき、旅立ちの時が近づくのだった。
お読みいただきありがとうございます!初心者故、至らぬ点などございますがので、誤字報告等いただけるととてもありがたいです!