魔法の鞄
「いやぁ、私もどうかしてたというか……」
冒険者ギルドで教官のシュウゾ・パインヒルと固い抱擁を交わしたリーファは、晴れて冒険者リーファルド=アルマリオス(偽名)としてギルド証を得た。
その後、共同浴場で汗を流し、食事を取って宿で寝たのだが……。
仮眠から目覚め冷静に考えてみると、ギルドに頼んで試験官を変えて貰えば良かったと今更ながらに気付いたのだ。
"まぁ、いいじゃない。君の課題だった基礎は学べたんだし"
「そうなんですけど……教官とは昨日会ったばかりなのに、あんな風に抱き合うなんて……」
"汗臭かったね。彼"
「思い出させないで下さいよ……ほんと何であんな事を……」
"徹夜明けのテンションって怖いね"
何処までも軽いアルマリオスにジト目になりながら、リーファは今後の事を考える。
予定としては、呪いが解け聖剣になったロクニオスを売って、潜入用の装備を整える。
その後、アルベルト達の泊っている宿に潜入し、コッソリ魔剣と聖剣を取り換える。
"うん。大体そんな感じだね"
「だから心を読まないで下さい……はぁ……潜入用の装備かぁ……やっぱり盗賊装備ですかねぇ」
"だね。でも姿隠しの魔法や音消しの魔法もあるから、動きやすい服装なら何でもいいよ"
「いえ、やはりここは万全を期すべきです。アルベルトにバレたら面倒ですし」
"……そうだね。それじゃあ、早速、剣を売って装備を買いに行こうか?"
「はいッ!」
リーファはベッドから降りると顔を洗って着替えを済ませ、聖剣を括りつけた雑納を背負い昨日とは別の武器屋へと向かった。
■◇■◇■◇■
結果的に聖剣ロクニオスは十万エルデで売れた。
ただ、売ったのは一本だけだ。
流石に現金ですぐに用意出来るのは十万までで、残りを買い取るなら後日と言う事になり、それならと買い取りを断ったのだ。
店主は残念がったが、今後、アルマリオスの分けられた魂を探す為に大陸中を旅する事になるなら、その土地その土地で売った方が換金等の面倒が減らせるとリーファは考えたのだった。
「グフ、グフフ……」
"高く売れた事がそんなに嬉しいのかい?"
「だって十万エルデなんて生まれて初めて持ったんですよ! …………うぅ……何だか急に周囲の人たちが全員怪しげに見えて来ました」
懐に入れた財布を守る様に腹を抱えたリーファに、アルマリオスは苦笑を浮かべる。
"ほんとに君は……なんというか小市民だねぇ"
「うるさいです。竜にはお金の大切さが分からないんです。思えば冒険者になって一月、来る日も来る日もその日暮らしで、一日中山を駆けずり回って薬草を集めて、手に入る報酬はスズメの涙……そんな状況だったからつい、アルベルトの言葉に騙されて……」
リーファはそう言って涙を流し拳を握った。
"……苦労してたんだねぇ"
「フフッ、でもこれからは違います。手に入れたお金で上質な装備を買って、無双してやりますよッ!」
フンスッと鼻を鳴らすリーファにアルマリオスはやれやれとため息を吐いた。
邪神の呪いから逃れる為、リーファの魂と融合し肉体に逃げ込む事が出来たが、本当に彼女で良かったのか……。
まぁ、いまさらチェンジは出来ないし、なんとかリーファに頑張ってもらうしかない。
アルマリオスはそう結論付け、彼女に語り掛ける。
"無双するのはいいけど、本来の目的も忘れないでね"
「分かっています……それじゃあ、防具屋に行きましょうか」
"防具屋もいいけど、まずは魔道具屋に行かない?"
「魔道具屋ですか? どうして?」
"魔法の鞄を買えば、かさばる荷物も持つのが楽ちんでしょ?"
「マッ、マジックバッグッ!?」
魔法の鞄。その名の通り魔法が掛けられた鞄で、空間魔法と重力魔法、それに時空魔法によって大量の品物を持ち運べる行商人や冒険者等、旅をする者のマストアイテムだ。
ただ、掛けられた魔法が強力なら金額は跳ね上がるし、そもそもリーファの様な駆け出しが買える金額では無い。
「いいですねぇ……マジックバッグ……私、ずっとショーウインドウに置かれているポーチが欲しくて……」
"それじゃあ、早速買いに行こうよ"
「ですねッ!!」
リーファはお目当てのマジックバッグを装備している自分を夢想し、ルンルンと鼻歌を歌いつつスキップしながら魔道具屋へと向かった。
■◇■◇■◇■
魔道具屋では竜人間ではあるものの、いかにも駆け出しといった装備のリーファは店員に見向きもされなかった。
そんな事はお構いなしに彼女はカウンタへ向かい、店主に声を掛ける。
「すいませんッ!! 表のショーウィンドウに飾られてる魔法のポーチが欲しいんですけどッ!!」
「……君がアレを? 失礼だけどお金はあるの?」
「勿論ですッ!!」
胡散臭げに自分を見た店主にリーファは懐から財布を取り出し、カウンターに置く。
チャリっと音のする両手で持つ程の袋を見た店主はオッと眉を動かした。
「魔法のポーチだね……君、表のポーチを持って来てくれ」
「畏まりましたッ」
店主は先ほどリーファを無視した店員に声を掛け、ポーチを取りに行かせるとリーファにカウンタの椅子を勧めた。
椅子に腰かけ待つ事暫し、カウンターにはリーファが憧れていたあのポーチが置かれていた。
「これには空間、重力、時空の他に防犯対策として人物認識と転移の魔法が仕込まれている」
「人物認識と転移ですか?」
「ああ、登録した人間以外には物の出し入れは出来ないし、盗まれても勝手に戻ってくる。まぁ、高レベルの魔法使いなら解除は可能だろうが……それで金額だが……」
「おいくらですか?」
ショーウィンドウでは値札はついていなかった。
こういった高額の商品には金額交渉が付き物だからだ。
だが駆け出しのリーファがそんな事を知る筈もなく……。
「三万エルデだ」
「三万ですね。じゃあ……」
「待ちたまえ、言い値で買うつもりか?」
「え? 三万じゃ駄目なんですか?」
「……君、そんな大金を持っているのに、こういう所での買い物に慣れていないようだね」
「は、はぁ……」
店主は呆れた様に首を振ってため息を吐いた。
「二万三千エルデでいい」
「えぇ!? いきなり七千エルデも安くなっちゃうんですかッ!?」
「はぁ……君にはもっと、世事に通じた相棒が必要な様だね」
「相棒ですか?」
「ああ、私も長年この商売をやってるけど、こちらの提示した値段で買う様な冒険者は始めてだ……そんなんじゃ、君、簡単に騙されるよ」
「ウグッ!」
近々でアルベルトに騙されたリーファは思わず胸を押さえる。
「今回は老婆心で忠告したけど、なるべく早く相棒を見つけるんだね」
「……分かりました。忠告痛み入ります」
代金を支払いポーチを手に入れ登録を済ませたリーファは、抉られた胸の傷を押さえ魔道具店を後にしたのだった。
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