満足な死
束の間の休憩を終えたリーファは、アルマリオスの最後の魂がいるだろう扉を開けるため、祭壇に自らの血を捧げた。
祭壇には生贄の姿は無かった。そういえばとリーファはラムザスがいた炎の洞窟にも生贄の少女はいなかった事を思い出す。
「ラムザスさん、言いにくい事かもしれませんが……その生贄は……?」
「無駄な犠牲を出す必要もないと思ってな、支配地域の娘から採取した血に吾輩の魔力を込め代用した……カイエンはその前に動いていたのでその方法は取れなかったが、テレサには同じものを渡したから恐らく……」
「……あの娘には惨い事をした」
邪神の支配から完全ではないが逃れたカイエンは、そう言って顔を歪める。
扉を開くために必要なのは乙女の血とその血に宿る魔力だという。
血に魔力を込められるのなら、コロネが死ぬ必要はなかった。
そう思うとリーファの中に強い憤りが生まれた。
その憤りは実際に手を下したカイエンではなく、それを命じたヴェルードへと向かった。
他者を操り自らの野望のため、命を駒のように使う者。
仮にヴェルードが自分たち人族を作り出した神の一人だとしても、命は実際にこの地で生きている一人一人のモノの筈だ。
リーファがそんな事を考えている間にも、扉は動き続け守護竜の間が露わになる。
円形の本来は六つに分けられた白い竜がいるはずの場所には、長い黒髪で純白の祭服を着た美しい女が一人立っていた。
今までカイエンやラムザスと戦った時には残されていた守護竜の躯は見えず、あるのは床に染み付いた血の跡だけ。
「……カイエン、それにラムザス? ……リッチではなくなったのですね?」
「うむ……テレサ、我々は邪神と決別するため、この者達に手を貸す事にした。君にも協力して欲しい」
「喜んで……と言いたいところですけれど、駄目なのです……もう私は……」
そう言うとテレサは胸に手を当てうめき声を上げた。
「「テレサッ!?」」
ラムザスとカイエンの声が響く中、リーファの背筋にゾクゾクと怖気が走る。
「こいつは……」
「ひう……」
それはクライブもレナも同様だったようで、クライブは思わず聖剣を抜き放ち身構え、レナは怯え後ずさりを我知らず行っていた。
「神降し……」
アルマリオスの言葉にリーファは無意識にテレサへと視線を向けた。
神降し。高位の聖職者が願うことで自らの肉体に神を宿らせ奇跡を起こす。
その力は絶大で海を割り、山の形を変え、死者さえも蘇生させる事が出来る。
しかしその代償は大きく、大半の者が命を失うか、魂が砕け生ける屍になるという。
「じゃあ、テレサさんは……」
『ここにいるのはテレサではない。我が名はリスト、魂の輪廻を司る死の神なり』
放浪騎士ルザムの一党、折れた剣の元聖女、テレサの姿をした女はそう言うとおもむろに右手をリーファに向けた。
『理に抗いこの地にとどまり続けようとする哀れな竜よ。死の神リストの名においてお前に安らかな死を与えてやろう』
高く翳した右手から閃光が溢れる。その光は死の神を名乗るにはあまりに暖かく、とても穏やかだった。
きっと死を迎える人々はこんな光を見ているのだ。
争いと苦悩、苦しみに満ちた地上を離れ、温かく安らいだ場所に戻る。
リーファには風に揺れる黄金の小麦畑が見えた。次いで陽光でキラキラと光る、緑と赤の唐辛子畑が見える。
それは彼女の原風景だった。幼い頃に亡くなった祖母が手を振っている……お祖母ちゃん……。
光の中へ足を踏み出しそうになったリーファの腕を、誰かがグイッと引き戻した。
「しっかりしろッ!!」
「……クライブさん?」
左腕を掴んだクライブの鎧からは、二本の触手が伸び、その先では女神の盾が光を弾いていた。
周囲を見渡せばレナが同様に触手を伸ばし盾で光を防いでおり、ラムザスも結界を作り出しカイエンと共に光の影響を防いでいる。
「あの……私……」
「あれが死の奇跡って奴だろう。ドロドロしたどす黒いモノを想像してたが、まさかお花畑を見せられるとはなぁ」
「お花畑ですか? 私には小麦畑と唐辛子畑、それに祖母が見えたんですけど……」
「理想の楽園、天国のイメージは人それぞれ違うって事だね……僕にはどこまでも続く青空と白い雲が見えたよ」
リーファの肩に乗ったアルマリオスがその青空と白い雲を振り払う為、頭を振りながら言う。
人それぞれ違う……じゃあクライブさんのイメージはお花畑という事……?
「……クライブさん、意外と乙女チックですねぇ」
「う、うるせぇよッ!! それよりアルマリオスッ、テレサから神様を引きはがす方法はあるかッ?」
「引きはがす……防御に徹していれば、多分、神の魂に耐えかねてテレサの体は自壊すると思うけど……それじゃ駄目なんだよね?」
「当たり前ですッ!! 助ける事が出来るなら助けるべきですッ!!」
リーファの叫びにアルマリオスは腕を組み唸り声を上げた。
やがて顔を上げ周囲を見まわし、ホッと笑みを見せる。
「リーファ、あそこに最後の僕の魂の欠片がいる」
アルマリオスの小さな手が指差した先には、確かに見覚えのある小さな光る竜が浮いていた。
「……眠って……る?」
「多分、テレサに無理やり輪廻の流れに放り込まれそうになったんだと思う」
「無理やり……」
「うん。でもあれは別れた内の一つだから、君の中にいる僕の魂がアンカーになって、現世に留まったんだ」
「んで、その魂は取り込めるのかッ!?」
「分からない。でも僕の魂が全部集まれば、リストにも対抗出来る筈だよ」
クライブはアルマリオスの言葉を聞いて、どう動くべきか思考を巡らせた。
テレサの体を奪ったリストは未だ光を放っている。
その光の影響は盾で何とか相殺しているが、ともかくとしてあの光を止めないと動く事もままならないだろう。
「……リーファ、お前も盾を構えろ」
「わ、分かりました」
リーファは聖者の衣に意識を向けて、触手を生やし二枚の女神の盾を光に向かって翳した。
「よし、俺はラムザス達、それにレナと相談してくる。お前は光が消えたらアルマリオスの魂を取り込め」
「りょ、了解です」
リーファが頷いたのを確認したクライブは転移を使い、ラムザスとカイエン、そしてレナと打ち合わせをした。
その後、リストの背後へと転移したクライブは、盾でその身を庇いなが翳した右腕へと切り付ける。
これまでの魔物であれば切り落とす事が出来ただろうが、黒い毛に覆われた細い腕は微動だにせず光を放ち続ける。
「クソッ!! 予想はしてたがマジで無傷かよッ!!」
『無駄なあがきは止めて、輪廻に還れ』
「クッ……」
振り返ったリストは輝く右手をクライブに向けた。
その動きに呼応して、クライブは聖者の衣を展開、投網の様にリストの右手を絡めとり、懐に抱え込んだ。
「今だッ、リーファッ!! ラムザスッ、カイエンッ、レナッ、頼むッ!!」
「了解ですッ!!」
「承知」
「……万能なる魔力よ、彼の者の身に星の力を、加重圧殺!!」
「えいッ!!」
『グッ……』
クライブが聖者の衣で光を抑え込んでいる隙に、リーファは翼を生やし光る小竜の元へ飛んだ。
同時にラムザスの結界から抜け出たカイエンがリストに迫り、左腕を絡め取りクライブごと投げ倒す。
その後、ラムザスの重力魔法と、空中に転移したレナの放った弓矢がリストをその場に縫い留めた。
無論、死の神であるリストがその程度で抑え込めるはずもないが、一瞬でも光を遮る事は出来る。
重力で押しつぶされながら、リストはギリギリと歯を軋らせ立ち上がり叫びを上げる。
『この無礼者どもがッ!!』
「ぐわッ!!」
「キャッ!!」
「グッ!!」
リストの怒号と共に、周囲に衝撃が広がりカイエンとレナが弾き飛ばされた。
だがクライブだけは抱え込んだ腕を放す事無く、縋りつく事を止めなかった。
『放せッ!! 放さんかッ!!』
「へ、へへへ……放すわけにはいかねぇな……グオッ!?」
リストは腕を振り回すが、変化させた聖者の衣が腕を咥えこみ放さない。
『このままその身に光を浴び続ければ、貴様は確実に死ぬのだぞ!?』
そんな事はクライブにも分かっていた。実際、光を抱え込んだ後、彼の目にはずっと色とりどりの花畑が浮かんでいる。
それに反応してか、右手に着けた命の指輪はクライブの肉体を活性化させ、同時に強い疲労感を与えていた。
『なんなのだ……人は死を恐れ忌避する生き物ではないのか? だから私は魔界に身を置いたというのに……』
「そりゃ……道半ばで倒れるのは……誰だって嫌だろう……でもよぉ……満足な死ってのも……俺はあると思うぜ……」
甘い花の香りがクライブを包む、幼いころ聞いた天国。それが目の前に広がっていく。
それを必死で振り払い、死の神の右腕を抑え込む。
「あったとしても、それはもっとずっと後の事です」
聞きなれた少女の声がクライブの耳に届き、その直後、青白い光が霞む目に映る花畑を真っ白に染めた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




