大魔導士の復活
不死鳥エラリオンの館の一室、処置室と呼ばれる窓の無い真っ白な部屋では、部屋の中央に設置された石造りの診察台の上に人の躯、いや、一体のリッチが横たえられていた。
リッチの横には赤い髪の青年が手のひらに炎を翳して立っている。
「ではこれより浄化と再生を開始する。今から君の肉体は一度、炎によって死を迎え、再度、炎によって再生する。君の魂は体内に埋め込んだ魔石に定着されているという事だから、抜け落ちる事はないだろう。けど、炎に魔石が耐えられるかはわからない……最後にもう一度だけ聞く……本当にいいんだね」
赤い髪の青年エラリオンの言葉にローブを脱がされ、猿轡のみとなったリッチ、ラムザスはゆっくりと頷いた。
「……じゃあ始めるね」
青年は翳した手をラムザスの胸の上でゆっくりと傾ける。
手のひらから零れ落ちた黄金の炎はラムザスの渇き切った体を瞬く間に包み込み、皮膚と骨を炙り炭へと変えていく。
その炭化した皮膚と骨が体から零れ落ちるたび、ラムザスの体に鋭い痛みが走った。
『グググッ……』
彼が痛みを感じた箇所にはピンク色の肉が盛り上がり、干乾びた皮膚と骨の体を生身の肉体へと変化させていった。
「うぉお……すげぇ……」
「本当にアンデッドが人間に……」
エラリオンの後ろ、ラムザスの浄化と再生を見守っていたクライブとレナから感嘆の声が漏れる。
エラリオンはそんな声に反応する事なく、炎を操ることに精神を集中させていた。
窓の無い部屋の中、換気の為に作られた天井の穴から煙が抜けていく。
その立ち上る黒い煙がクライブにはラムザスに染み付いた邪神の呪いの様に思えた。
やがてラムザスの全身を焼いていた炎は掻き消え、診察台の上には三十台半ばの優男が横たわっていた。
「……終わったのか? で、成功か?」
「それはこれから分かる……成功ならすぐに目を覚ますはずだ……魂が抜け落ちていたなら、彼は目を覚ますことなく肉体が死を迎えるまで眠り続ける……」
「……」
話を聞いていたレナは診察台に駆け寄り、ラムザスに向かって叫び声を上げた。
「ラムザスさんッ、起きて下さいッ!!」
「レナ……」
「……誰かが死ぬのはやっぱり悲しいです……」
そう呟いたレナの頭にポンと細く長い指のついた手が乗せられる。
「悲しむ必要はない……この吾輩がそう簡単くたばる訳はないのだから……」
響いた声の主はそう言うと、レナの頭を撫で目を細めた。
「成功だね……ふぅ……生きる屍を作り出してしまうんじゃないかと、ヒヤヒヤしたよ」
「へへ、ありがとよエラリオン。ラムザス、邪神の声は?」
「……聞こえぬ……どうやら一度死ぬと呪縛から逃れられるようだ」
「そうか。んじゃ早速で悪いが命の指輪を修復してくれ。あっ、そんなかの一個は呪いは消さなくていいからな」
クライブはそう言うとラムザスから預かっていたローブを彼に投げ渡した。
「……魔物の力を取り込むつもりか?」
「おう。リーファはアルマリオスの魂を取り込んで、また強くなったからな……俺も追いつかねぇと……」
「クライブ兄ちゃん……」
レナが不安そうにクライブを見上げる。
クライブはそんなレナに、ニッと歯を見せ微笑んだ。
「……承知した……しかしお前は本当に先輩に対する態度がなっていないな」
「へっ、先輩ってだけで尊敬なんて出来るかよ。尊敬ってのはな、マジで凄い事やってる奴が自然にされるもんだぜ」
「凄い事か……確かにそれは言えるな」
ラムザスは苦笑を浮かべ、受け取った服を身に着けた。
■◇■◇■◇■
古代のアーティファクト、飛空船。
人族の魔法使いが隆盛を極めた魔法王国時代、巨大な魔石を核として作られた空を駆ける船だ。
その種類は多岐にわたり、小型の戦闘飛空船を搭載した空母の他、大口径の魔導砲を装備した戦艦、魔法王国の貴族が個人で所有していた客船、スピードを追求したレース用の船など様々だ。
戦艦や空母は各国の軍部に配属され、兵員の輸送や防衛の要として数は少ないが稼働していた。
また、客船などは王族や位の高い貴族の足として運用されている。
魔力の供給やパーツの補修などは現在の技術でも可能だが、心臓部である魔石と推進力を生みだす魔導エンジン等は、ブラックボックスとなっており、飛空船は徐々にではあるが数を減らしているのが現状だった。
そんな貴重な飛空船をいくら勇者といっても、アルベルトが借りられるものか?
飛空船の名前を聞いて瞳を輝かせたリーファだったが、落ち着きを取り戻し小首をかしげた。
「……なんだリーファ・ブラッド?」
「そのフルネームで呼ぶの止めてもらっていいですか……アルベルトが勇者だとしても、飛空船なんて貴重品、王様達が貸してくれるのかなって……」
「まぁ、確かに俺たちゃ、勇者パーティーとは呼ばれていても、まだ結成して一年ぐらいだからなぁ」
「期待はされていても、実績がまだ足りないですよね」
ゴダックとニーダンスはリーファの言葉に同意を示した。
「ねぇ、アラネアはどうかな? あの国じゃ攫われた王女様を救出したし、話ぐらいは聞いてくれそうじゃない?」
ゴダック達の言葉を聞いたサフィが両手を広げ提案する。
アラネア、大陸の北西部、魔族の支配地域に近い場所にある王国だ。
魔族の領域に近い為、話に出た王女誘拐事件等、魔族による問題もよく起きる国だ。
ちなみにアラネアの王女誘拐事件は吟遊詩人により戯曲化され、アルベルトの英雄譚の一つとして人気を博している。
内容はかなりアレンジされ、劇中ではアルベルトは魔族の美青年と王女を巡り対決するといった、恋愛要素の強い物語となっていた。
「アラネアか……グリフ王は僕と王女を引っ付けて、僕らを国に取り込もうとしているからなぁ……」
「勇者を一国に縛り付けるのは、国同士の決まりで禁止されてるから、ギルドを通じて要請してもらえば何とかなるんじゃない?」
顔をしかめたアルベルトにベルサが助言する。
そういった、ランク上位の決まりについてあまり知らないリーファやアルマリオス、そして巨人の鍛冶屋のロガイドはアルベルト達の話し合いを口を閉ざし聞いていた。
「ギルドか……長期間の貸与じゃなく、今回のみの単発的な借り受けならいけるか」
「名目は強力な武器の入手……氷の大陸にオリハルコンの剣がないと面倒な事になりますが……」
「……チビ竜の情報があってるかどうかだな」
「僕の話はあくまで伝え聞いただけだからね。剣が無くても責任は持てないよ」
肩を竦めた小さな竜にゴダック達は渋面を浮かべる。
「……そうだッ! ラフィネリスさんに占ってもらいましょうッ!」
「牛の女神様……あの女神様なら事前に剣があるかないかは分かりそうねぇ」
リーファの提案にラフィネリスを知るゴダック達はうなずきを返した。
ただ、彼女の存在を知らないアルベルトは少し困惑していたが……。
「話は決まったようじゃな」
「はい、占いが得意な神様に氷の大陸に剣があるか占ってもらって、存在が確認出来たら、ギルド経由で飛空船を貸してほしいって要請を出すって感じですね」
「だからあんたが仕切るんじゃないよッ」
「話を纏めただけじゃないですか」
「チッ」
舌打ちをしたサフィに苦笑を浮かべ、リーファはアルベルト達に目を向ける。
「それでいいですか?」
「俺は構わんが」
「私は邪神の武具の最後の迷宮、テレサの存在が気になりますが……」
「うーん……そちらは私たちで何とかします。アルベルト達は氷の大陸に向かって下さい」
「いいの? ラムザスは魔法使いの最上位魔法「滅びの光」を使ってきたわ。きっとテレサも最上位……いいえ、もしかしたらさらに上の神降しを使うかもしれないわよ」
ベルサの言葉にリーファは女神の盾をポーチから取り出した。
「これがあれば大体の魔法は防げる筈です。そうですよね、ロガイドさん?」
「まぁ、そうじゃな……じゃがそこの娘の言うように、神降しなんぞされれば、いかにその盾でも砕かれるかもしれん」
「……」
カイエンの話では地母神の司祭だったテレサは、死の神リストに現在は仕えているという。
リストはその名の通り死を司る神であり、起こす奇跡も死に関係する物が多い。
もし女神の盾が神の力により砕かれれば、自分も含めた仲間は一瞬で死ぬかもしれない。
「……どうするリーファ?」
「……どのみちアルマリオスさんの魂は取り戻さなきゃいけないんです。テレサのいる付術師の書庫へ向かいましょう」
「……リーファ・ブラッド」
「だからフルネームで呼ぶの止めて下さいよ……それでなんです?」
「もし君たちが死んでも、僕は必ず神殺しの武器を手に入れて、邪神を倒すと約束しよう」
「なんです、もし私たちが死んでもってッ!? そんな約束しなくても、死ぬ気は無いですし、邪神を倒すのは私達ですよーだッ!」
自分の言葉にべーっと舌を出したリーファを見て、アルベルトは再会以来、強張らせていた顔を緩め思わず噴き出したのだった。
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