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邪神の苛立ち

 黒雲が垂れ込みその隙間から僅かに漏れる光が赤く寂れた大地を照らしている。

 その赤色の大地には異形の怪物達が闊歩していた。


 魔界と人々が呼ぶ世界、太古の昔、善なる神々と闘った悪しき邪神たちが作り出した悪の理想郷。

 その魔界の東部に位置する魔物達の国の一つ、ヴェルベディア。

 策謀を好む邪神、ヴェルードが支配する国の中央神殿の自室で主である邪神、ヴェルードは苛立ちを露わにしていた。


「たかだが竜風情が神である妾の邪魔をしおって……」


 透き通るような白い肌に輝く薄い金髪。

 おおよそ邪神とは思えない美しく洗練された女の顔は、怒りによって酷く歪んでいた。

 出来る事なら今すぐにでも地上に赴き、竜王と契約した娘を縊り殺してやりたい。

 だが、そんな彼女の願いは叶う事は無い。


 薄く透けた体がその原因だった。

 魔界を支配する神々はかつての戦いで肉体を失い、精神のみで魔界へと逃れた。

 精神(アストラル)界である魔界ならば力を振るう事は出来る。

 しかし、現実世界である地上に顕現する為には、どうしても肉体が必要だ。


 その為に長い時間をかけて、勇者を魔王に堕とし神の魂に耐える肉体の育成に励んできたのだ。


 どうする……最有力候補だった勇者アルベルトの呪縛は完全に解けてしまった。

 魔王ルザムに無理やり入り込むか。そんな考えも浮かぶがルザムの肉体が耐えられなかった場合、数百年の時をまた無駄にする事になる。

 悠久の時を生きる神にとって数百年は大して長い時間では無いが、竜王と契約したとはいえ人間の小娘に邪魔されたというのが腹に据えかねる。


 苛立ちつつ思考を巡らせていたヴェルードはやがて思いついた策に形のいい唇を綻ばせた。


「誰か」

「お呼びでしょうか、ヴェルード様」


 ヴェルードの声に自室のそばに控えていたのだろう、男の声がすぐさま答える。


「リストを呼ぶのじゃ」

「かしこまりました」


 指示を受けた男の足音が遠ざかるのを聞き、ヴェルードは暗い笑みを浮かべていた。



■◇■◇■◇■



 一方、魔王軍幹部、大魔導士ラムザスを連れて不死鳥エラリオンの下に飛んだクライブ達は、ラムザスの骸骨顔に怯える執事を説き伏せエラリオンの自室で面会を果たしていた。


「うちの使用人を怖がらせないでくれる」

「すまねぇな。こいつ、邪神に命令されると逆らえないみたいでよ、すぐに魔法を使おうとしやがるから早く何とかしたくてさ」


 エラリオンの向かいに座ったクライブはそう言って頭を掻く。


「邪神に命令……その人、もしかして先代勇者の……?」

「ああ、こいつは魔王軍の幹部で、放浪騎士ルザムの仲間だった大魔導士のラムザスだ」


 ワイヤーロープで体を拘束され、猿轡を噛まされたかつての英雄に、エラリオンは気の毒そうな視線を送った。


「……君たち、なんていうか、目的の為なら手段を選ばない所があるよね」

「これはしょうがないんです。クライブさんも言ってましたけど、魔法を使おうとしちゃうので」

「まぁ確かに大魔導士を名乗るリッチの魔法はやばそうだけど……それで僕に何をしろって言うの?」

「前に言ってた浄化と再生って奴を頼みたい。リッチは魔石に魂を封じてアンデッド化した魔物だから、人間みたく魂が抜け落ちるって事もないだろ?」

「確かにその可能性は高いけど……君はいいの? さすがに僕もリッチを浄化再生した事は無いから、最悪、消滅しちゃう事も考えられるよ」


 エラリオンがソファーに座らされたラムザスに目を向けると、彼は真っ白な頭蓋骨をコクコクと上下に動かした。


 どうせアルベルトの聖剣で斬られ果てるつもりだったのだ。

 今更、消滅するしないはどうでもいい。

 それよりも邪神に一矢報いる事が出来るなら……。


 そんな思いを胸にラムザスは頷いていた。


「ふむ……本人も納得済みか……なら断る理由は無いね……じゃあクライブ、彼を処置室へ運んでくれる?」

「ここでパパッとは出来ないのか?」

「少しでも成功の確率を高めたい。その為には集中できる処置室の方がいい」

「了解だ」


 クライブは骨と皮だけで見かけよりもずいぶんと軽いラムザスを担ぎ上げ、エラリオンの案内でレナと共に処置室へと向かった。



■◇■◇■◇■



 クライブ達がラムザスの事をエラリオンに頼んでいた頃、リデノ山脈の西、キュプロクスの鍛冶屋ロガイドの下に飛んだリーファとアルマリオスはアルベルト達、聖王冠(ホーリークラウン)の面々を巨人の鍛冶屋に紹介していた。


「また来たのか?」

「すみません、たびたびお邪魔して……えっと、この人達は人族の冒険者で勇者のアルベルトとその一党です」

「勇者……人族の英雄の呼び名じゃな。んでその英雄様が儂に何の用じゃ?」

「リーファ・ブラッドからあなたなら神殺しの武器が打てると聞いた。雑用でもなんでもしよう。僕に神殺しの武器を一振り打ってほしい」


 アルベルトは自分を見下ろす単眼の巨人に深々と頭を下げた。

 それを見たゴダック達もアルベルトに倣い頭を下げる。


「神殺しの武器なぁ……儂も打てるものなら打ってみたいんじゃが……」

「蒼黒石があるなら、神殺しの武器を作れるんじゃないんですか?」

「儂もそう思っておった。じゃが改めて蔵書を調べた所では、武器の強さは素材となる金属で異なるようなんじゃ。例えばお前さんの腰の得物、その剣はアダマンタイト製じゃった。その剣に蒼黒石を混ぜた事でかなり強力な武具とはなったが、最強ではない」

「では最強の、神殺しが出来る武具を得る為にはどんな素材が?」


 自分を見上げ問うアルベルトをロガイドは真っすぐに見下ろす。

 ぎょろりとしたその単眼にもアルベルトはひるむ事なく巨人を見上げ続けた。


「ふむ、多少、ひねくれた所はあるが見どころはありそうじゃな……素材の名はオリハルコン。太古の昔、儂ら巨人族が神々に戦いを挑んだ時、作った一振りの剣。その一振りに使われた希少金属じゃ」

「オリハルコン……それはどこに?」

「分からん。文献では儂らは先祖が世界中に散らばっておったオリハルコンをかき集め、剣を作ったらしい……その剣さえ見つかれば人族の使う剣くらいなら何本でも打てるじゃろうが……」


 オリハルコンの剣、確かロガイドの話では神々と巨人の戦いで失われたはずだが……。


「オリハルコンの剣……あれは確か……」

「アルマリオスさん、知ってるんですかッ!?」

「えーっと、大昔、誰かから聞いたような……喉元まで出かかってるんだけど……えーっと……」

「頼む、チビ竜、思い出してくれよ」

「頑張ってチビ竜!」

「思い出してくれたら、特上のミノタウルスステーキをごちそうしてあげるから!」

「頼みます。チビ竜さん、剣の在りかが分かればきっと至高神ゼファル様のお恵みがありますよ」


 ゴダック達はうんうんと唸るアルマリオスに次々と発破をかける。

 アルマリオスもそんな聖王冠(ホーリークラウン)の面々の期待に応えようと、頭をひねり答えを探す。


「うーん……あっ!!」

「思い出したんですか!?」

「うん。でも人間が行くのはかなり厳しい場所だよ」

「いったい何処なんだ?」


 顔を強張らせ聞いたアルベルトにアルマリオスは小さな人差し指を南へ向けた。


「この世界の南の端、氷の大地の中心に悪しき剣は封じられた。大昔、神の一柱(ひとはしら)にそう聞いた」

「悪しき剣……それが神殺しの剣?」

「いや、オリハルコンの剣かどうかはわからない。でも巨人が神を殺す為に使っていたなら、神々にとっては悪しき剣だろうね」

「……氷の大地、聞いた事はありますが、あの地は人が生きれる場所では無いと……」

「そうなのか、ニーダンス?」

「ええ、どこまでも続く白い氷の平原。夏でも凍てつく寒さで、冬には明けない夜が続く極寒の世界。沸かした湯さえも一瞬で凍り付くそうですよ」


 ニーダンスの話を聞いていたリーファは氷の大地を想像して、ブルリと体を震わせた。

 飛竜になって向かうとしても、そんな寒さではおそらく辿り着く前に凍り付いてしまうだろう。

 それにもしたどり着けたとしても、生きて中心まで行くのは不可能そうに思える。


「……仕方がない。王たちに飛空船の貸与を申し出よう」

「飛空船!? 認められた英雄にしか貸し出されない、空飛ぶアーティファクト……」


 アルベルトの言葉を聞いたリーファは、ずっと憧れを持っていた飛空船という言葉に思わず目を見開いたのだった。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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