クソ真面目な熱血漢
「リーファルド・アルマリオスさんですね」
「はい」
冒険者ギルドの入会受付で栗色の髪の竜人間が頷きを返す。
リーファは新たにギルドに加入するに当たり、カッコ良さを求め大昔の英雄をもじった、ライオット・ザ・ゴッドブレスという偽名を思いついたが、余り本名からかけ離れると咄嗟に反応出来なくなるよとアルマリオスに言われ渋々、自分の本名とアルマリオスの名を組み合わせ少し変えた偽名にしたのだ。
「職業は戦士希望ね……それじゃあ、早速適性試験を受けて貰うから訓練場へ行ってもらえる」
「分かりました」
「訓練場はこの建物の中庭、そこの扉を抜けた所にあるから、教官のパインヒルさんにこの書類を渡せば試験を受けられるわ」
「了解です」
適性試験は基礎的な体力を測る物で、形式的な意味しか持たない。
何せ、それまで剣など持った事のないリーファでも合格出来たのだ。
それを踏まえれば推して知るべしといった所だろう。
そんな訳でリーファは楽勝と考えていたのだが、担当教官となったシュウゾ・パインヒルは何というか、良く言えば新人思いの、悪く言えばクソ真面目な男だった。
頭に鉢巻を巻いたその黒髪の男は書類を渡し、よろしくお願いしますとニヘラと笑ったリーファにいきなりグランドを二十週する様に言い渡した。
「に、二十週ですかッ!?」
「冒険者とは命がけの職業だ!! 時には強大な敵と遭遇し逃亡やむ無しという場面もあるだろう!! そんな時、モノ言うのはスピードと持久力だッ!! これはそれを見る為でもあるッ!!」
シュウゾはそう言ってグッと右の拳を体の前で握り締めた。
うわぁ……何だか暑苦しい人だなぁ……前の教官は素振りと短距離走で合格させてくれたんだけど……。
"まぁ、君、基礎がまだまだだから、丁度いい機会じゃない?"
「アルマリオスさんは自分で走る訳じゃ無いから、そんな事が言えるんですよ。この体でも疲れるのは一緒なんですから」
「何をぶつぶつ言っているッ!! 嫌なら帰っていいぞッ!!」
「ああ、やりますやります……はぁ……」
ため息を吐きつつ中庭に作られたグラウンドを走り始めたリーファの後ろから、シュウゾの声が響く。
「何をちんたら走っているッ!! そんなんじゃモンスターから逃げきれないぞ!!」
「ふぇッ!? きょ、教官、何をッ!?」
「俺がモンスター役をやってやるッ!! 食われたく無ければ死ぬ気で走れッ!!」
そう言うとシュウゾは猛烈な勢いでリーファに迫った。
「俺に追い抜かれるようじゃ、冒険者としてはとてもやって行けんぞッ!!」
「ひ、ひえええええッ!!」
その見開かれた目は血走っており、本能的な恐怖を感じたリーファは全力疾走に切り替えた。
「よし、やれば出来るじゃないかッ!! そのまま、あと十九週だッ!!」
「む、むりぃいい!!」
そんな二人の様子を見ていた、訓練場にいた冒険者たちが囁きを交わす。
「あの志望者、可哀想に……」
「全くだ。熱血馬鹿のパインヒルに当たるとは……」
哀れみの視線を向けられているとは知らず、リーファはシュウゾに追われながらグラウンドを二十週、全力疾走で駆け抜けた。
「はぁはぁはぁはぁ……んぐ……ふぅふぅ……はぁ……こ、これで合格……ですよね?」
グラウンドに倒れ込み、仁王立ちでこちらを見るシュウゾにリーファは尋ねる。
「何を言っているッ!? まだに決まっているだろうッ!! 次は素振り千回だッ!!」
「素振り千回ッ!? あの、前の教官は……」
二十回でしたよと言いかけて、リーファは口を閉ざした。
ここには別人の振りをして初めて来た事になっている。前の教官等と言えば訝しがられるだろう。
「なんだッ!? 言いたい事があるならハッキリ言えッ!!」
「い、いえ、何でもありません」
「なら早く素振りをしろッ!!」
「は、はい……」
リーファはシュウゾから手渡された木剣を受け取り、素振りを始めた。
シュウゾは彼女の横について回数を叫び始めたのだが……。
「一!! 一!! 一!!」
「あの、教官、数が進んでいないんですけど……?」
「そんなへっぴり腰の素振りでモンスターが斬れるかッ!! 正しい構えはこうッ!! 基本を確実にしなければ、その後の応用にも影響が出るッ!! 心配するな、指導はみっちりしてやるッ!!」
そう言ってシュウゾはリーファの横でこうだッ!! と木剣を振った。
右足を踏み込み木剣を真っすぐ叩きおろし、九十度でピタリと止める。
「この基本の打ち下ろしが出来る様になれば、次の百回は横凪ぎを教えてやるッ!!」
「え゛、次……?」
次の百回……と言う事は全部で十種類の剣の使い方をキッチリ覚えないと、先へは進めないと言う事か?
えぇ……冒険者ってそういうのは実践で学んでいく物じゃないのぉ!?
そんな思いが思い切り顔に出ていたリーファを見てシュウゾはふぅと一つ息を吐いた。
「……昔も俺はギルドの方針に従って、誰でも合格させていた。だが、俺が合格させたその新人は始めてのクエストで命を落した……もうあんな思いはしたくないんだ……」
そう言ったシュウゾの目には涙が光っていた。
割と感化されやすいリーファは彼の熱血指導には意味があったのだと、気持ちを切り替えた。
「教官……分かりましたッ!! やり抜いてみせますッ!!」
「おう、その意気だッ!!」
その後、リーファは素振り千回 (実際には三千回を超えていた)をやり遂げた。
「ラスト、一回ッ!!」
「千ッ!!」
右手一本で放つ突きをビシッと決めたリーファを見て、シュウゾは拳を握り頷く。
「よしッ!! これで攻撃面は駆け出しとしては十分だろうッ!! 次は防御だッ!!」
「え゛っ!? まだやるんですかッ!?」
「当たり前だッ!!」
「でももう夕方……」
「つべこべ抜かすなッ!! これもお前が生き延びる為だッ!!」
試験というか特訓は夜通し続けられ、翌朝、太陽が昇る頃になってやっと終える事が出来た。
リーファのシュウゾも徹夜明けのテンションで虚ろな瞳で笑い合う。
「よくやったッ!! これでお前はそう簡単に死ぬ事は無い筈だッ!!」
「はいッ、ありがとうございますッ!!」
「だが、冒険に絶対はないッ!! これからも鍛錬を続ける事を忘れるなッ!!」
「教官ッ!!」
「アルマリオスッ!!」
何だかよく分からないが、妙に盛り上がった二人は目に涙を浮かべて、きつく抱き合い固い師弟の抱擁を交わしたのだった。
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