○んだバイクで……走り出す
泉の底にある女神ガーネットの祠に招かれた魔竜少女リーファ。
彼女は通されたリビングで座布団に座り、テーブルに置かれた湯呑を前に物珍し気に室内を観察していた。
『何だい? あたしの部屋がそんなに気になるかい?』
「はぁ、見た事のない物ばかりで……」
ガーネットの部屋にはナイーブそうなイケメン青年の物凄く精工な肖像画が貼られていたり、車輪が二つの金属の馬に乗るガーネットと似た服を着た女性の、これまた物凄く精巧な肖像画が壁一面に飾られていた。
『フッ、見た事無くて当然さ。こいつはこの世界の物じゃ無くて、異界の産物だからねぇ』
「はぁ、異界の」
『ああ、こっちの人間共にほとほと愛想が尽きたあたしは、引き籠って関係のない異界の文化で心を癒してたのさ……○崎とレディース……特にこの二つには癒して貰ったよ』
"君も大変だったんだねぇ"
アルマリオスの声には何処か同情の響きがあった。
そんな彼の声を聞いてガーネットは苦笑を浮かべる。
ガーネットの笑顔を見たリーファはその美しさに、やっぱり女神様なんだなぁと改めて思った。
その心の声を聞いたのか、ガーネットは黒いオーラを消してリーファに微笑みかける。
『……フフッ、ありがとよ。んで、あんた等は何でそんな事になってんだい?』
"実は……"
アルマリオスとリーファは邪神の企みでアルベルトに騙され殺されかけた事等、これまでの経緯をガーネットに語って聞かせた。
『なるほどねぇ……あんたが姿を見せなくなったのは魔王、それに邪神の所為だったんだねぇ』
「あの、それで魔剣の呪いを解いて欲しいと……」
『……うーん……家の周りが綺麗になったから、大分気持ちは落ち着いてきたけど……』
そう言いながらガーネットは右手をワキワキと動かした。
『……まだ、神聖な力を扱えるほど、浄化されちゃあいないねぇ……』
「浄化…………あの、ガーネットさんはあの異界の文化で癒されてたんですよね?」
『ああ、誰にも言えない憤りを、尾○の歌と気風の良いレディース達の逸話が癒してくれたのさ」
「えっと、じゃあ、その○崎さんの歌を、その肖像画に書かれてる鉄の馬に乗って歌ってみませんか?」
『えっ……あたしがバイクに……それに尾○の歌を……』
"ふむ、確かに歌はいいかもしれない。神を称えるのも歌、聖歌だったりするしね"
リーファ達の言葉にガーネットは○ZAKIの肖像画を振り返り仰ぎ見る。
『……○んだバイクで……走り出す……』
「え……盗んじゃ駄目なんじゃ……」
『……いいかも……よしっ!! リーファだったねッ!! あんたも付き合いなッ!!』
「えっ、私もですかッ!?」
『あんたが言い出した事だろッ!? 嫌だと言っても付き合ってもらうよッ!!』
額に青筋を立てメンチを切るその迫力に、リーファはハイと頷くしかなかった。
■◇■◇■◇■
森の中、紫色の特攻服を着た女が二人、ロケットカウルと三段シートの装備された改造バイクで爆走している。
前に乗りハンドルを握る金髪の女は、とても気持ちよさそうに歌を口ずさんでいる。
後ろに乗った栗色の髪の女は今まで体験した事のないスピードに、涙目になって必死に金髪の女にしがみ付いていた。
『くらーい夜の森の中へーぇえええッ!!』
「きッ、木が避けてるッ!? け、けど速すぎですッ、ガーネットさんッ!! ひッ、ひぇええええええッ!!」
森の中に道などない、あったとしても獣道だ。
だが神の力なのかなんなのか、森の木々はガーネットが操るバイクを避ける様に曲り彼女の暴走を阻む物は何も無かった。
暴走をするほど、声を張り上げ歌う程、ガーネットを覆っていた暗くドヨドヨしたオーラは薄れ、代わりにキラキラと輝く神聖なオーラへと変わっていった。
"目的は果たせそうだけど、これは危険だねぇ……まぁ、リーファなら落ちても大丈夫だろうけど"
「暢気な事、言わないで下さいッ!! 私は今、風と寒さと命の危険を感じてるんですからッ!!」
『ハハハッ!! 大丈夫、大怪我してもあたしが治してやるからさッ!!』
ガーネットは陽気に笑ってさらにアクセルを開けた。
タコメーターの針が勢いよく回り、改造バイクは更に加速していく。
それから一時間後、すっかりリフレッシュした様子のガーネットと、ピリオドの向こう側へ行きかけた、もしくは不運と踊っちまったかの様になったリーファの姿があった。
『ふぅ……最高だったよ……ありがとよ、提案してくれて。あたし一人じゃきっと走り出す事は思いつかなかった』
「ふしゅー……そ、そうですか……お役に立てて……よ、よかった……です」
必死でガーネットにしがみ付いた事でガチガチになった体でバイクから降り、四つん這いになったリーファはまるで生まれたての子馬の様にプルプルと震えていた。
"じゃあ、ガーネット、早速だけど剣の呪いを解いてもらえるかい?"
アルマリオスがそう言うと、ガーネットは泉のほとり、リーファの服や雑納と一緒に置かれた数本の魔剣ロクニオスに目をやった。
『こいつかい……どれ……』
ガーネットは魔剣に歩み寄るとその中の一本を手に取り、鞘を払って刃を露出させた。
その露出した刀身に目をやり、眉根を寄せる。
「あ、あの、呪いは解けそうですか?」
リーファは何とか立ち上がり、ふらつく足でガーネットに歩み寄る。
するとガーネットは左手首に刃を当て無造作に剣を引いた。
当然の様に鮮血が噴き出し血が刀身を染めていく。
「あわわッ!? ななな、何をやってるんですかッ!?」
『あ? 剣の呪いを解いて欲しいんだろ?』
「いやいやいや、女神の血で清められるって話には聞いてましたけどもッ!?」
『あたしの血、いや、神の血というべきか……善なる神の血には聖なる神気が宿ってる。それを浴びれば邪神がこの剣に掛けた呪いも消える筈さ』
見ればガーネットの血を浴びた刀身からは黒い靄が立ち上り、血を受けた刀身は白い輝きを放っていた。
「凄い……でも……メチャクチャ痛そうです……」
『ハハッ、あんた優しい子だねぇ……でも平気さ、あんたと気持ち良く走った事であたしの中には今、神気が溢れてるから……それにあたし、その……痛いのは嫌いじゃないし……」
そう言ったガーネットの顔はほのかに上気していた。
うわッ……アルマリオスさんが言ってた、かなりのMって本当だったんだ……。
リーファが少し引いている事に苦笑しつつ、ガーネットは滴る血を残りの魔剣にも振りかけた。
残りの魔剣からも黒い靄が噴き出し、鞘の隙間から光が漏れだす。
"さすがガーネット。ただの木こりの斧を伝説クラスの武器に変えただけはある"
『アレのおかげで、あたしの家はゴミの不法投棄場所になっちまったけどねぇ……』
ガーネットはそう言って肩を竦め、清められた魔剣、いや聖剣ロクニオスをリーファに差し出した。
『あんたがやろうとしてる事はきっと一筋縄じゃ行かない筈だ。だから行く先々であたしみたいな神を頼りな。大地に暮らす神の居場所はアルマリオスが知ってる』
「は、はい、ありがとうございます……そうだッ!! もう物を投げ込まれない様にするアイデアをバイクに乗ってる間、気を紛らわせる為に考えてたんですッ!!」
『あん? アイデアってどんなさ』
「それはこれをこうしてですねぇ……わぁ……この剣、よく切れますねぇ」
リーファは受け取ったロクニオスで、泉の側の木を一本切り倒し、手早く看板を作り上げた。
竜の力とロクニオスの切れ味でこの程度であれば、二、三分もあれば出来る。
その看板に、切っ先で文字を刻む。
『この泉に物を投げ込んだ者は三年以下の懲役、または十万エルデ以下の罰金が科せられます。監視魔導鏡作動中。女神の泉保全委員会』
「これでどうでしょうか?」
『うーん……あたしの書いたのよりは効果あるかも……まぁ、これで様子を見てみるよ』
「はいッ!」
ガーネットの言葉を聞いてリーファはロクニオスの柄を胸の前で握り締め、嬉しそうに笑った。
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