巨木の迷宮
魔剣によって精神を歪められた勇者アルベルトを聖王冠に任せ、リーファ、クライブ、レナの三人は転移の兜の力を使い、古代デュード人の迷宮の入り口である神殿へと移動した。
そこから世界樹と呼ばれる巨木までは大体、南に百キロ程だそうだ。
リーファは第三形態である飛竜にその身を変え、リザードマンが作ったというその迷宮へと飛んだ。
「リザードマンの迷宮か……アルマリオス、もうリザードマンはそこにはいないのか?」
「魔導鏡で見た限りじゃ、大分前に放棄されたみたい。多分だけど、僕の魂を封じた魔王アグニスがリザードマンを追い払ったんだと思う」
「そういえば、アルマリオスさん。そのアグニスにやられちゃったんですよね?」
「あの時はアグニスの部下に魔法を封じられて、アグニスと当時の魔王軍の幹部に寄ってたかってボコボコにされたんだ……まぁ、僕も竜王なんて呼ばれて慢心してたってのもあるけどね……」
小さなアルマリオスは、クライブの前に座ったレナの腕の中でポリポリと頭を掻いた。
「慢心か……リーファの力を見れば、元のアンタが凄かったってのは想像がつくぜ」
「どんなに腕が上がっても常に緊張感を持てって、レナのお爺ちゃんは言ってました」
「うぅ……耳に痛いなぁ」
「ともかく、後半戦も気を引き締めていきましょう」
「そうだな」
アルマリオスの情報では、世界樹の迷宮は昆虫や植物の魔物が多いと聞く。
昆虫に植物、弱点はやはり炎だろうか? しかし木の中で炎を使っていいものか……。
「世界樹は大きいだけの木だけど、その大きさを維持する為にとても頑丈なんだ。多少炙られたぐらいじゃビクともしないよ」
「なんだ? また頭の中でリーファと話してるのか?」
「うん、世界樹じゃ炎の魔法を使っていいのかって、リーファが考えてたから」
「炎……レナもエレナちゃんみたいに魔法が使えれば良かったのに」
「レナの弓は十分、役に立ってるさ」
しょんぼりした獣人の少女の頭を撫でながら、クライブは笑みを浮かべる。
振り返り見上げたその瞳がレナには一瞬、金色に見えた。
その事で思わず瞳を瞬かせたレナだったが、次に見た時はクライブの瞳はいつもの落ち着いた茶色に戻っていた。
何だったのだろう。そんな事を考えたレナを乗せリーファは飛行を続け、やがて一行の目の前に三百メートルはあるだろう、巨大な木が出現した。
大きく張り出した枝と、巨大な葉っぱが緑の大地に大きく影を落としている。
「うおぉ……アルマリオスは唯の木だって言うが、こんだけデカいと流石に神秘的な物を感じるな」
「ですです。なんだかゾクゾクします」
「ホントですねぇ。天を支えてるって伝説が出来るのも分かる気がします」
「うーん、人族はみんなロマンティストだねぇ……そうそう、入り口は根元にあるからそっちに向かってね」
「このまま、途中の穴から入れないのか?」
見れば、目の前の巨木の幹には無数の洞が暗い口を覗かせている。
だがクライブの言葉にアルマリオスは首を振った。
「木に空いている洞は、リザードマンが作った迷宮には繋がっていない。時間を掛けて調べたから確かだよ」
「一つ一つ、わざわざ調べたのか? お前、相当暇だったんだな」
「君も迷宮に縛られたら僕の気持ちがわかるさ。勇者が来るまでただ待ち続ける日々の辛さが」
クライブはアルマリオスの言葉で、彼の部屋を思い浮かべた。
快適ではあったが、何もせずにあの部屋で何十年も過ごすのは確かにきついだろう。
「……すまねぇ」
「別にいいよ。暇を持て余していたのは本当だしね」
クライブとアルマリオスがそんなやり取りをしている間に、リーファは高度を下げ巨木の前にフワリと降り立った。
クライブ、レナ、アルマリオスがリーファの背から降り、巨木の根元に開いた大きな穴に目を向けている間に、リーファは人に姿を変え、鞍に形を変えていた聖者の衣をいつもの鎧タイプに変え、衣に固定していたマジックポーチから、聖剣と転移の兜を取り出し身に付けた。
「準備完了です。それじゃあ潜りましょうか」
「おう。レナ、アルマリオス行くぞ」
「はいッ!」
「はいはい、案内は任せて」
一行はそんな感じでいつもと同様、アルマリオスの案内にクライブが罠の探知と解除、その後にレナを挟んでリーファが殿という形で巨木の迷宮に入り込んだ。
迷宮を歩く事暫し、事前にアルマリオスに聞かされていた昆虫及び植物の魔物による攻撃は無く、巨木に掘られた洞には元魔物だったろう死骸が無数に転がっているだけだった。
「まだ、倒されてそんなに時間は経ってねぇ。恐らくこりゃ俺達の直前に迷宮に入った奴がいるな」
「この国の冒険者でしょうか?」
「そいつは分からねぇが、この傷跡……どうやら先客は素手で魔物と遣り合ってるみたいだぜ」
「素手で……武闘家さんですか?」
素手で戦う職種といえば、代表的なのはやはり武闘家、モンク僧などだ。
彼らは己の肉体を極限まで鍛え上げ、気の力を拳や足に宿して敵を屠る戦い方を基本としている。
ただ、強力な武具を使えず、技を極め強くなるまでパーティーのお荷物になる事もあるので、適性があっても選ぶ者は稀だ。
「さてな。ともかく露払いをしてくれているのは有難い。接触するまではこのまま進むとしよう」
「どんな人なのか気になりますね」
「武闘家さん、レナ戦っている所がみたいです!」
「僕もこのレベルの敵を素手で倒す格闘家は気になるなぁ」
そんな話をしつつ迷宮を進み、そろそろ道半ばに達しようかという時、前方に見えた開けた空間から戦っているだろう人の声とその相手、魔物の上げるジジジジジジッという鳴き声が聞こえてきた。
「こ、この声は……」
「まさか奴がここにいるとは……」
「えっ、知ってる人なんですか」
「ああ、レナは近づくなよ。奴は……」
「グフッ……たかが虫風情がやるではないか。だが我はお前の守る宝がどうしても必要なのだッ!!」
どうやら声の主は恐らくこの迷宮の番人だろう、虫の魔物に手こずっているらしい。
「ジジッ!!」
魔物が鳴き声を上げた直後、閃光がリーファ達の目を焼く。
「ググッ……まだまだッ!!」
「どうするんです!? このままじゃ!!」
「いいか、レナ。あいつは元々は大墳墓の番人で」
「…………助けましょう。今は彼も人に戻っている筈」
「いいのかよ?」
「いくら遺恨がある相手でも、見殺しにするのはやっぱり嫌です」
そう言ってクライブを見上げたリーファの目は、迷いなく真っすぐに彼を見ていた。
お人好しな奴だ。苦笑を浮かべ、クライブは腰の聖剣を抜いた。
「今回はゴダック達のサポートは受けられねぇ。だから俺とレナが敵を牽制して止めはリーファってパターンでいこう」
「牽制ですね。了解です」
「俺は転移を使って、敵の注意を引く。レナは離れた場所から援護だ。リーファ、お前は隙が見えたら仕掛けろ」
「分かりました」
「んじゃやるぜ」
手早く作戦を指示したクライブが先頭を切って大部屋に飛び込む。
元は何かの儀式でもしていたのだろう、大きくくり抜かれた空間の中心、先ほどの閃光に焼かれたのか小麦色の肌の全裸のマッチョマンと、ずんぐりむっくりした巨大な虫型の魔物が戦っている。
「先に行くぜッ!!」
クライブは転移を使い虫の後方に回り込み、広がっていた羽根に聖剣を叩き込む。
「ジジッ!?」
「ムッ、お前はッ!? という事はッ!!」
羽根を切り裂いたのが見覚えのある黒髪の盗賊だと気付いた元吸血鬼、マッソー・ペクトラリスは思わず後ろを振り向いた。
そこには二度に渡り戦った栗色の髪の少女がこちらに剣を構えていた。
「やはりかッ!!」
「私の事はいいから戦いに集中して下さいッ!!」
「ヌッ、たしかにその通りだッ!! 我のさらに完璧になった肉体はこやつを下してから、ゆっくり見せるとしよう!!」
「……見せなくていいです」
「ななな、なんですかあの人はッ!? なんで裸なんですかッ!?」
「レナさん、世の中にはああいう人もいるんです。それよりも援護を」
「は、はい……」
迷宮で全裸という異様な姿のマッソーが気になるのか、その後、レナはチラチラと彼に視線を送りつつ魔物へ矢を放った。
クライブ、マッソー、レナと攻撃の手が増えた事で、魔物はターゲットを絞る事が出来ず徐々に切り取られ、抉られ、刺されその動きを緩慢にしていった。
「そろそろですね」
リーファは四肢を竜に変化させ、聖剣を槍投げの様に構えた。
右腕に息吹の力を集め、両足の爪で大地にその身を固定する。
魔力で力の流れをコントロールし、魔物がこちらを向こうとした瞬間を狙い、ダッシュ、最高速から爆発させた息吹の力で思い切り聖剣を魔物に投げ込んだ。
「魔竜彗星剣ッ!!!!」
苦手な虫に近づかずに対処する為、リーファの考案した投擲攻撃はその速度で衝撃波を発生させ、直撃した魔物の上半身を一撃で爆発四散させた。
「グゲッ!?」
「グワワアアッ!?」
近距離戦を仕掛けていたクライブとマッソーは、その余波を受けて思い切り吹き飛ばされる。
「あっ、クライブさんがッ!?」
「うっ、思いの他、威力が出ましたね」
「投擲した剣の速度が音速を超えた事で、衝撃波が発生したみたいだね……ともかく二人に治癒魔法を掛けよう」
レナの肩からリーファの下へ飛んだアルマリオスが、詠唱を始めたのでリーファは吹き飛んだ二人に慌てて両手を向けた。
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