紅玉天女我愛涅津斗
どれだけの時間、作業していたのだろうか。
確か作業を開始した頃はまだ太陽は高い位置にあった様に思う。
現在はその太陽も沈み、空には月が浮かんでいる。
泉の縁に両腕を乗せ、リーファはため息を吐き月を見上げる。
「はぁ……なんなんです。浚っても浚っても無くなる気配が無いんですけど……アルマリオスさん、こうなったらいっその事、攻撃魔法で一気に……」
"駄目だよ、そんな事したら女神まで吹き飛んじゃうかもしれないだろ"
「でも多すぎます。せめてもう少し効率よくやれれば……」
リーファのそんな言葉を聞いたアルマリオスは、ふむと呟く。
"魂の重なりを近づければ、より竜に近くなって身体能力は向上すると思うけど……?"
「竜に近くって……リザードマンは嫌なんですけど……」
"君がそう言うと思って提案しなかったんだよ……まぁ最初よりは人っぽく出来ると思うから"
「ホントですかぁ?」
そう答えながら、リーファ自身、このままでは埒が明かないとも考えていた。
「仕方ありません。アルマリオスさんの提案を受け入れます……さぁ、やっちゃって下さいッ!!」
"りょうかーい……えーと、じゃあこのぐらいで……"
「フワッ!? か、かゆいッ!!」
以前と同様、全身にかゆみを感じリーファは身をよじらせる。
そのかゆみが治まったのを確認した彼女は、一旦泉から上がり、手鏡で自分の顔を確認した。
白い鱗が顔の周辺を覆っているが、中央部分、目、鼻、口の辺りは辛うじて人で彼女のアイデンティティ的にも何とか容認出来た。
体の方は殆どが鱗に覆われ、まさに竜人間という感じだったが……。
"どうかな? 大分上手く調整出来たと思うんだけど"
「確かに以前よりはマシですけど……とにかくさっさと仕事を片付けましょうか?」
"だね"
それから数時間、身体強化されたリーファは泉を浚い、取り出したゴミを魔法で焼却処分しながら作業を続けた。
そしてようやく泉の底から神殿チックな祠を掘り出す事に成功していた。
「やっ、やりましたッ!」
"うん、おめでとう。それじゃあ早速、女神に挨拶を……何だこのおどろおどろしい妖気は……"
アルマリオスの言葉通り、掘り出した祠からはどんよりとした黒いオーラが靄の様に吐き出されている。
"これはもしかして……堕神ッ!?"
「なんですか堕神って?」
"泉の女神みたく地上に住む神なんかは、嫌な事があってやさぐれたりすると、祟り神になったりするんだ。そんな神を堕ちた神、堕神って呼ぶんだよ"
「……じゃあ、魔剣の呪いを解くのは……?」
"今のままじゃ無理だろうね"
「グッ、という事は私のやった掃除は完全なる無駄骨じゃないですかッ!?」
憤るリーファをまぁまぁと宥めながらアルマリオスが提案する。
"まだ無駄と決まった訳じゃない。女神を煽てて歓待すれば機嫌を直して非行の道から更生するかもしれない"
「えぇ~、そんな簡単に行きます?」
"ほら、彼女、割と単純だから"
『だれが単純だってぇ?』
泉の底、祠の前でリーファがアルマリオスと話していると、石造りの祠の扉がゴゴっと音を立てて開き金髪で真っ赤な口紅をつけた、紫の特攻服姿の女が姿を見せた。女は何やら文字の書かれた木剣片手にこちらを睨んでいる。
リーファにはその服装の持つ意味は分からなかったが、何だかヤバそうな奴が来た事だけは理解出来た。
そして心の声だろうアルマリオスの言葉を聞き取った、このヤバそうな金髪女こそが泉の女神だろうと直感した。
『だれがヤバそうな金髪女だッ、コラッ!? 人の家の前でゴチャゴチャと……煩くて寝てられないだろがッ!!』
「ああ、す、すみません……あの貴女が泉の女神様で間違いないでしょうか?」
『ああ、そうだよぉ、あたしが泉の女神だよぉ……なんだぁ、テメェもあたしのヤサにゴミを放りこもうってヤカラかいッ!! ペッ!!」
やさぐれ黒いオーラを纏った女神はリーファの全身を睨み付ける様に眺め、水中だというのに唾を吐いて威嚇した。
「い、いえ、ゴミというか剣に掛けられた呪いを解いてほしいなぁ、なんて……アハハッ」
『けっ、あたしゃもうそういう慈善事業は止めたんだッ! 何でもかんでも放り込みやがって、うちはリサイクル業者じゃないんだよッ!……って、あれ……ゴミがない……』
「あ、それなら凄くご立腹の様子でしたので、片付けさせて頂きました」
『片付ける……あたしの瘴気で最近じゃ、近づくのも危ないレベルだった筈だけど……』
"彼女は魔竜少女になったからね。堕神の瘴気ぐらいなら平気さ"
リーファの心で響いたアルマリオスの声を聞いて、女神はあん?と片眉をあげる。
『やっぱりあんたの声、聞き覚えがあるねぇ……』
"久しぶり、ガーネット。僕はアルマリオスだよ"
『アルマリオス? あの竜王の?』
「へぇ、アルマリオスさんって竜王だったんですねぇ」
"まあね"
そんなやり取りを聞いていたガーネットと呼ばれた金髪レディースは、眉根をよせるとズイッと顔を近づけ、リーファの顔を様々な角度に頭を傾けながらねめつけた。
「あ、あの……」
『竜の契約……魂の融合だねぇ、こりゃ……アルマリオス、それとあんた。家に入んなッ! なんでそんな事になったのか詳しく話を聞こうじゃないか!』
ガーネットはそう言うと紫色の特攻服をはためかせ、クルリとリーファ達に背を向けた。
その背には『喧嘩上等紅玉天女我愛涅津斗』と見事な刺繍がされていたが、リーファには勿論それを読む事は出来なかった。
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