泉の女神の伝説
体を洗い、湯舟で穴から噴き出した泡によってその日、三度目の至福体験をしたEランク冒険者、リーファ・ブラッドはホクホク顔でアルマリオスの部屋へと戻っていた。
血を洗い流した際、体の一部、肘や膝、お腹とかに鱗が生えている事に気付いてげんなりしたりもしたが、致し方ないと目を瞑る事にした。
「はぁ……気持ち良かった……」
"そこまで喜んでもらえると、こちらとしても作った甲斐があったよ"
バスローブ姿でうっとりと両頬に手を当てるリーファに、アルマリオスが心の声を投げかける。
"さて、それじゃあ、この部屋に来てもらった本題に入ろう。壁際に置かれたその武器なんだけど……"
アルマリオスの声に導かれてリーファが視線を壁際に向けると、そこには数本の剣が壁に立て掛けられていた。
「武器ってこの剣の事ですか?」
"うん、魔剣ロクニオスだよ"
「げっ、それって心に魔を宿すっていう……そんな剣、いくら強力でも使いたくないです」
"確かにそのまま使うのはお勧めしないなぁ。でもその呪いを解く方法があるとしたら?"
「アルマリオスさん、きっと今もアルベルトは魔王討伐の為に動いている筈です。まどろっこしいのは無しでお願いします」
"……そうだね……君は泉の女神の伝説を知っているかい?"
ん? とリーファは首を捻る。
泉の女神、確か、正直者の木こりが誤って斧を泉に落して、それが女神の頭に直撃して滅茶苦茶怒られる話だったような……。
"違うよ。斧が頭に刺さったのは事実だけど、寛大な女神はこれを落したのはお前かって木こりに尋ねて、怯えながらも正直にそうだと答え謝罪した木こりを許して、頭に刺さった斧を返すんだ"
「そうでしたっけ?」
"うん、女神の聖なる血を浴びた斧は、グレファールと名付けられ幾多の魔族を切り裂いた伝説の斧になったんだ"
「……なんだか物騒な話ですねぇ」
"まあね、という訳で、この剣を持ってその泉の女神の所に早速行こうじゃないか。彼女の血の祝福の力があればきっと心に魔を宿すって呪いも消える筈だよ"
えらく軽い調子で言っているが、それって剣を投げ入れて女神の脳天にブッさすって事ではないのか?
いいんだろうか、そんな罰当たりな事して……。
"大丈夫、あの娘、かなりのMだから、きっと興奮して許してくれるさ"
「……優しいから許してくれたんじゃないんだ……」
"まぁ、女神の性的嗜好は置いといて、それ全部持って早速ダンジョンを出よう"
「全部ですか? 一本でいいのでは? なんだか重そうですし……」
"使う一本以外は売って路銀にしようと思ってたんだけど……多分相当高く売れ"
「全て持って行きましょう」
目を金貨に変えたリーファは、いそいそと洗濯乾燥を終えた自分の服に着替え、破損した鎧を着こむと、雑納に魔剣を縛り付けダンジョンを後にした。
■◇■◇■◇■
ダンジョンを出たリーファはアルマリオスの案内で、泉の女神が住むという聖なる泉へと向かった。
守護竜アルマリオスの魂と融合した事で、リーファの身体能力は軒並み上がっていた。
その事で以前は瞬殺だった迷宮のモンスターたちにも、苦戦する事無く戦う事が出来た。
ただ、それは肉体のポテンシャルに任せた、ただの暴力で、剣術や武術を極める事が今後の課題として浮き彫りとなった。
そんなこんなで辿りついた、アグニスの大迷宮から半日程の森の中にあった女神の泉は、神々しさを失い悪臭を放っていた。
「くっ、くせッ!? どッ、どういう事ッ!?」
悪臭に思わず立ち止まり鼻をつまんだリーファの目に、立てられた木の看板の文字が飛び込んでくる。
『不法投棄禁止!! ここは由緒正しい女神が住む泉です!! 女神は心の汚れた人には恩恵を与えません!! ですのでいくら物を投げ込んでもそれが宝物になる事はありません!! 分かったら物を投げ込まないで下さいッヽ(`Д´)ノ』
「女神、激オコじゃないですか……」
"うーん……長い間に有名になり過ぎて、人間がいろんな物を投げ込んだようだねぇ……仕方が無い"
「どうするんです? このまま帰るんですか?」
"いや、泉のゴミを浚おう"
「え゛ッ、本気で言ってます?」
"本気だよ。魔剣ロクニオスが強力な力を秘めている事は確かなんだ。それをゴミ浚いするだけで安全に使えるかもなんだから、やらない理由は無いでしょう?"
うぐッ……確かに今、自分が使っているなまくらな銅の剣よりは、遥かに強力だろうが……。
リーファはチラリと泉に目をやる。泉の色は紫がかっており、明らかに人体に有害だと素人目にも分かる。
"大丈夫、君は今、魔竜少女になってるから毒に対する耐性が非常に高い。それに魔法を使えば掃除も少しは楽に終わらせられるよ"
「魔法ですか? でも私、職業は戦士で……」
"魔竜少女の魔は僕の膨大な魔力の恩恵が受けれる意味で、魔ってついてるのさ。さぁ唱えるんだ、偉大なる竜アルマリオスの魔力を以って、この悪臭を放つ泉の水を取り敢えず綺麗にしておくれ浄化!!"
「……偉大なるって……その枕言葉みたいなの、本当に必要なんですか?」
"い、いいじゃないか、煽てられた方が力も融通しやすいんだよッ!"
「はぁ……偉大なる竜アルマリオスの魔力を以って、この悪臭を放つ泉の水を取り敢えず綺麗にしておくれ浄化……おお……ホントに綺麗になってる」
完全に棒読みだったが、一応魔法は発動し紫がかっていた泉の水は澄み、透明でそのそこまで見通せる様になった。
その所為で泉の中に投げ入れられた様々なガラクタもハッキリ見える様になったが……。
"さて、後は君の頑張りに掛かってる、水中呼吸の魔法を教えるから張り切って掃除してくれたまえ"
「アルマリオスさんが私の体を操って掃除するというのは……?」
"いいのかい、オスの僕に乙女の体を開け渡しても? あんな事やそんな事をするかも知れないよ?"
興味ないんじゃ無かったのかッ!? クッ……そんな事言われたら流石に操って欲しいとは言えない……。
「……水中呼吸を教えて下さい」
"フフッ、そうこないと……偉大なる竜アルマリオスの魔力をもって、水の中で呼吸出来ない哀れな娘に神秘の力をお授け下さい、水中呼吸"
「……絶対、その詠唱ってわざとですよね?」
ジトっとした目で、自分の胸元を見ながら(何となく魂は胸にある様な気がするので)リーファはアルマリオスに問い掛ける。
"な、何を言ってるんだリーファ、これは正確に対象を固定する為に必要な言葉なんだ"
「正確に……ってことは哀れな娘って、アルマリオスさんがそう思ってるって事ですよね?」
"それは……"
言い淀んたと言う事は、肯定しているという事に他ならない。
確かにアルベルトに騙されて、死にかけた事は哀れだとは思うがそれにしたって……。
"……悪かったよ。千年ぶりに迷宮から出たから、ちょっとはしゃいでしまったみたいだ……"
「ふぅ……私も感情的になり過ぎました……これからはお互い節度を持って接していく事にしましょう」
"そうだね……じゃあ改めて、アルマリオスの魔力を以って、リーファ・ブラッドに神秘の力を水中呼吸"
「アルマリオスの魔力を以って、リーファ・ブラッドに神秘の力を水中呼吸」
呪文の詠唱と共にリーファの体の周囲を魔力の膜が覆う。
おお、これで水の中でも呼吸が出来るのか。
"うん、それじゃあ早速ゴミを浚おうか"
「了解ですッ!」
元気よく返事をしてリーファは鎧を脱ぎ下着姿になると泉に飛び込む。
その勢いのまま泉に潜り、彼女は底に沈んだガラクタを泉の外へ運び出し始めた。
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