邪神の干渉
魔法大学都市、ルードネル。
数代前の領主が自軍の魔法大隊を強化する目的で、大学を招致して出来た正に魔法使い達の街だ。
街中には魔導灯の他、飛行魔法が付与された駅馬車等、あらゆる物が魔法により動いていた。
建物の壁には幻影魔法により様々な広告が映し出され、騒がしい事この上ない。
「チッ、何でもかんでも魔法かよ」
「確かにこれはやり過ぎな気がするね」
「でもこのアイスクリームというお菓子は美味しいですよ」
リーファはレナと二人、露店で買った氷菓子を舐めながら笑みを浮かべる。
「冷たくて甘くて美味しいですッ!」
二人が買ったアイスクリームも氷魔法を付与された魔道具で作られた物だった。
「とにかくとっとと宿を取ろう」
街の住人はこの状況に慣れているのか、特に気にした様子も無く平然と歩いているが、クライブは早く落ち着ける静かな場所へ行きたい気持ちが湧き上がってきていた。
そんな訳でリーファ達は道行く人に宿について尋ね、教えられたホテル、ニュービッグバリーに辿り着いたのだが……。
「いらっしゃいませ。三名様ですね」
「ああ、個室を三つで頼む」
クライブが受け付けに部屋を頼んでいると、背後から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「馬車に座りっぱなしってのも疲れるわねぇ」
「かと言って徒歩では時間が掛かりますし……」
「そろそろ飛空船が欲しいぜ」
「そうだな……お前達はッ!?」
声に振りかえったリーファ達の視線の先には、聖王冠の面々が目を見開きこちらを睨んでいた。
「ゲッ!? アルベルト……」
「アルベルト様!」
「レナ……無事だったのか」
リーファ達の中にレナの姿を認めたアルベルトは、嬉しい様な、後ろめたい様な微妙な表情を浮かべていた。
「お前ら一体何なんだよッ!? 行く先々に現れやがってッ!?」
サフィが声を荒げ腰からダガーを抜くと、事情を知らない他の客から悲鳴とざわめきが上がった。
「サフィ、ここじゃまずい」
「チッ……」
アルベルトが剣を納める様に促すと、彼女はリーファ達を睨みながらダガーを鞘に納めた。
「……街中での戦闘行為はギルド規約で禁じられている。ここはお互い出会わなかったという事ですまそう」
アルベルトは自分自身に納得させる様にリーファ達に告げ背を向けた。
リーファはそんな勇者一行の中に幼い少女が混じっているのに気付き、思わず彼らを呼び止める。
「待って下さい」
「……なんだい、僕らは見逃すと言っているんだよ?」
「レナの次はその子を使う気ですか?」
リーファの問い掛けにアルベルトの顔が歪む。
「大勢の人の為だ」
「…………協力しませんか?」
「協力だと?」
「ええ、私ならあの扉を犠牲なく開けられます」
何故、この竜人間は生贄の扉の事を知っている? もしかして自分達が一人の駆け出し冒険者を犠牲にした事も知っているのか? だとしたらそれを方々で吹聴されるのはマズい……。
アルベルトは周囲を見回し、客の視線がこちらに集まっているのを見てとると、先ほどまでの張り詰めた表情をやわらげ、ため息交じりの笑みを浮かべた。
「話すなら部屋を取ってそこで話そう」
「ちょっとアルベルト、賊の言葉を信用するの?」
「信用するも何も、まずは話を聞いてみないと。済まない、スイートルームは空いているかな?」
「あ、は、はいッ、ご用意出来ますッ」
アルベルトが受付に視線を向けると、事の行方に注視していた受付の男は慌てた様子で答えを返した。
「では頼む」
「畏まりましたッ! それではこちらにお名前をッ!」
アルベルトはリーファ達の横を素通りし、受付が差し出した宿泊者名簿に名前を記入し、ギルド証を提示してみせた。
「アルベルト・ゴールドリバー様……もしかして勇者様ご一行ですか?」
「そう呼ぶ人もいるね。それより鍵をもらっても」
「し、失礼しましたッ! 鍵はこちらですッ、お部屋は最上階となっておりますッ」
「ありがとう……皆、行こうか。君達もついて来たまえ」
余裕たっぷりのアルベルトとは違い、サフィ達、他の聖王冠のメンバーはリーファ達に鋭い視線を向けながらアルベルトの後に続いていた。
その中で、事情が分かっていない様子の金髪の少女は困惑しながらもパーティーの後を追う。
「リーファ、どうするんだ?」
「行きましょう……全て話して後は彼らの判断に任せる事になると思いますが……」
「信じて貰えなくて、攻撃されたらどうするの?」
リーファの肩に乗っていたアルマリオスが耳元で囁く。
「その場合はクライブさんとレナさんを抱えて飛んで逃げます」
「はぁ……Sクラス相手に逃げられるかねぇ……」
「アルベルト様は心を込めて話せば、きっと分かってくれます」
勇者に恋する獣人少女は多分に主観の入り混じった楽観論を口にし、瞳を潤ませていた。
その様子を見てやれやれとため息を吐いたクライブの耳にアルベルトの声が響く。
「どうした、話をしたくないのか?」
「しゃあねぇ……リーファ、決裂した時は頼むぜ」
「任せて下さい」
ドンと胸を叩き、ゲホゲホと咽たリーファの姿に、クライブは湧き出る不安を必死で抑え込んだ。
■◇■◇■◇■
ホテルニュービッグバリーのスイートルームは以前、アルベルトが泊っていた宿と負けず劣らず、豪華な調度品が置かれた落ち着いた雰囲気の部屋だった。
数室の寝室とメインのリビングルームの他、大きなバスルームやワインセラー等も備え付けてあった。
そのリビングルームのソファーに腰かけ、リーファ、クライブ、レナ、アルマリオスの三人と一匹は勇者アルベルトと対峙する。
他のメンバーはリビングのバーカウンターに腰かけたり、窓の側の安楽椅子に身をゆだねたり、思い思いの場所でくつろいでいた。
ただ、誰一人として油断している者はいなかった。
その場にいなかったのは、寝室に入っている様に命じられた金髪の少女、エリナだけだった。
「それで、扉を開けられると言っていたが?」
「あの扉を開ける為に必要な乙女の血の量は、魔素の濃度により変わるそうです。今の私なら数滴の血を注げば開ける事が出来ます」
「あなたがあの子の代わりをしてくれるって事?」
安楽椅子に身を横たえたベルサが、気だるげな視線をリーファに向ける。
「はい、そうすれば、これ以上犠牲を出さずに済みますよね?」
犠牲と聞いてアルベルトの目がスッと細められる。
「君は何処まで知っている?」
「何処まで…………あなたが駆け出しの冒険者を生贄に捧げ、扉を開き聖剣を手にした時から知っています」
「そうか……なら消えてもらうしかないなッ!!」
アルベルトは腰のポーチから直剣を取り出し、横凪ぎの一撃を繰り出した。
「何ッ!?」
ギィイインッ! という金属のこすれ合う音が部屋に響く。
「ふぅ、危ない野郎だ」
「クライブさん……ありがとうございます」
首を狙った一撃は、クライブが刃に変化させた聖者の衣によって間一髪のところで防いでいた。
「それは聖者の衣かッ!?」
「落ち着いて話を聞けよ、勇者さんよぉ」
「そうか、大墳墓の武具を奪ったのもお前達だったのかッ!?」
「だから落ち着けって」
声を荒げ剣を押し込むアルベルトだったが、クライブは刃を支える様に衣に根を張らせ、ソファに座ったままアルベルトの剣を押し返す。
「グッ……」
「……アルベルト、とにかく詳しい話を聞いてみようぜ」
「そうですね。聖者の衣の事も詳しく聞きたいですし……」
カウンターにいたゴダックとニーダンスがアルベルトを宥めると、彼は渋々といった様子でポーチに剣を収め、ソファーに腰を下ろした。
そんなアルベルトを静かに見つめ、リーファはおもむろに口を開く。
「……私はあなたが生贄に捧げた駆け出し冒険者、リーファ・ブラッドです」
「リーファ・ブラッド……だと? だが彼女はあの迷宮で……それにその姿は……」
「僕が契約を持ち掛けて彼女の命を救ったのさ」
リーファの肩に乗っていたアルマリオスが話した事で、聖王冠の目が一斉に小さな竜に向いた。
「……使い魔……ではないのか?」
「失礼な。僕は竜王アルマリオス。邪神の命を受けた魔王アグニスに捕まって、武具の守護を呪いによって強要されてた竜さ」
「武具の守護……お前はあの守護竜なのか?」
「そうだよ。リーファは僕と契約して竜の力を持った魔竜少女になったのさッ」
「……前も言った様に、聖剣には勇者の心に魔を宿す呪いが掛かっています。これは全てあなたを次の魔王にする為の邪神の企てなんです」
「アルベルトが次の魔王ッ!? いい加減な事、言ってんじゃないよッ!!」
カウンターにいたサフィが拳を叩きつけ声を上げる。
「嘘じゃない。これまで何人も勇者と呼ばれた英雄が魔王を討伐に向かった。だけど誰も帰って来ていないし魔王討伐の報告もなされていない。何故か? 身に付けた武具によって、心と体を変えられた勇者が新たな魔王として立つからさ」
アルマリオスの言葉を聞いたサフィ達はその説明に妙に納得してしまった。
自分達の前の世代にも数多くの英雄はいた。
伝え聞くその英雄達の逸話から考えれば、決して魔王に届かない存在では無かった筈だ。
しかし、その英雄達は誰一人として魔王討伐に成功しなかった。
討伐出来なかった。その前提が間違っていたなら……。
「……そんな筈は……僕は神に導かれて……」
「君が見た夢は邪神ヴェル―ドが見せていたんだ……」
「そんな……嘘だ……」
アルベルトは夢に導かれ冒険者となり、その後も予知夢に従い名を上げて来た。
自分は神に選ばれた勇者なのだ。予知夢によって一つクエストを熟すたび、その思いはアルベルトの中で膨らんでいった。
それが全て敵である邪神の企みだったとは……。
項垂れるアルベルトの心に何者かが語り掛ける。
騙されてはいけない。その娘こそが邪神の手先なのだ。彼らは神が与えた聖なる武具を奪い、魔族の世を作り出そうとしている。勇者よその者達を全員切り捨てるのだ。それこそが平和への道なのだ。
声は優しく穏やかで慈愛に満ちている様にアルベルトには感じられた。
「そうだ……夢はずっと僕を、僕達を導いてくれた……僕は神に選ばれた勇者なんだ……」
「おい、様子がおかしいぜ」
「まさか、邪神が干渉を?」
「えっ、邪神!? アルベルト様ッ!!」
ずっと黙って話を聞いていたレナが、思わずソファーから立ち上がりアルベルトに駆け寄る。
「僕に近づくなッ!! 邪神の手先めッ!!」
叫びと共にアルベルトはマジックポーチから魔剣を引き抜き、レナに魔剣の刃を叩きつけた。
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