バスタイムは至福の時
大理石で囲まれた円形の部屋の中央には彼の言った通り、巨大な竜の死体が転がっていた。
こんな大きな竜を倒したアルベルト達、恐らく現時点ではそのアルベルトよりも強い魔王……Eランク冒険者の私に本当に倒せるのだろうか……。
"大丈夫大丈夫、君は僕と契約を交わし魔竜少女になった。今後、僕の魂を取り戻すたび、どんどん強くなるだろうし、問題無い筈さ……それより、左側の壁を調べて貰えるかい?"
「左側の壁……」
リーファは自分から見て左側の壁に歩み寄る。
"君から見て右に三つ目の柱の魔力灯を下に引き下げて貰える?"
魔力灯……確かにアルマリオスが言う様に柱には魔力の光を湛えたランプが取り付けられている。
「三つ目ですね……」
指示されたランプを掴み引くと、ゴゴゴゴゴッと部屋の大扉が開いた時と同じ音を響かせて、柱の一本がせり上がり道が現れた。
「隠し扉……お宝でもあるんですか?」
"お宝というか、僕の家だよ"
「家って……ここが家じゃないんですか?」
"こんな殺風景な場所で生活できる訳ないだろ"
言われてみれば確かにそうかもしれない。
魔物だって巣は必要だろうし、食事もすれば睡眠も必要だろう。
"そうそう、それで普段は家で過ごして、扉が開きそうになったらこっちに来て、スタンバイするんだ"
「……そういうの聞きたくなかった」
勇者の気配を感じていそいそと準備するダンジョンボス……華やかな芝居の舞台裏を見せられた感じがする。
"君が想像しなきゃいいだけだよ……それより早く部屋に行こう。ベタベタして気持ち悪いから"
確かに体中血まみれで不快ではあるが、アルマリオスの部屋に行けばそれがどうにか出来るんだろうか?
"お風呂があるから、体も洗えるし、人用の装備も置いてある"
「あのさっきから気になってたんですけど……心を読むの止めて欲しいんですけど……」
"仕方ないだろう。融合は君の魂を取り込む形で成された、その意味で上位者の僕には君の心は筒抜けなの"
「うー、不公平感が半端ないんですけど……」
そうは言っても、気持ち悪いのは確かだ。お風呂に入って体を洗いたい。
そんな欲求が勝り、リーファはアルマリオスに文句を言うのは後回しにして、壁に出来た入口へと足を踏み入れた。
「何なのこの部屋……」
そこはリーファが逗留している安宿とは比べ物にならない程広く、そして豪華だった。
皮張りのソファーに壁には巨大な魔導鏡 (世界のあらゆる場所を映し出せる鏡、その時は恐らく南洋だろう澄んだ海と白い砂浜が映し出されていた)、テーブルには葡萄酒だろう瓶が置かれ、グラスには赤黒い液体が注がれている。
そのグラスの横にはつまみだろう、生ハムが甘瓜に乗せられていた。
"いや、冒険者が来ないと基本暇だし、女の子を生贄にしてまで扉を開く人は殆どいないから"
「じゃあ、普段はここでゴロゴロしてるって訳ですか?」
"うん、人化すれば部屋も広く使えるし、身動きの取れないストレスをため込むのも良くないと思って……"
「そうですか……はぁ……お風呂は何処です?」
"奥の扉の先、廊下を進んだ二番目の扉だよ。バスタオルも置いてあるし、石鹸もあるから"
なんだろうか、この快適空間は……私なんて風呂は共同浴場で、部屋にトイレもついていないというのに……。
納得出来ない物を感じながらリーファは廊下を進み、脱衣所で胸部分を貫かれた皮鎧を脱いで、ベタベタになった鎧下を脱ぎかけ止まった。
「ちょっと待って、このまま全部脱いだら、アルマリオスさんに私の裸見られちゃうんじゃないですか?」
"それが何か問題なのかい?"
「アルマリオスさんはオスでしょう?」
"そうだけど、人族のメスにもオスにも興味は無いから安心してよ"
なんだか引っ掛かる言い方ではあったが、確かに竜が人間の裸を見ても欲情するとは思えない。
それにここでアルマリオスと押し問答していても、気持ち悪い事は払拭出来ない。
共同浴場と同じッ! そう思う事でリーファは羞恥心を振り切り、エイヤッと鎧下に肌着まで全ての服を脱いだ。
"汚れものはそこの壺に入れて貰えれば、水と風と火の精霊が自動で洗濯乾燥までしてくれるよ"
見れば水や酒を入れる樽程の大きさの壺が風呂場への入り口の横に置いてあった。
「……便利過ぎる……街じゃ無くてここを拠点にしようかなぁ」
"別にいいけど、君の血で開いた扉、丸一日でまた閉まっちゃうけど……"
「クッ……ままならない物ですね……」
悔し気に言い捨てたリーファは汚れた服と鎧を、壺に投げ込みリーファは風呂場へと足を向ける。
風呂場は全面タイル張りで浴槽には透明なお湯が張られ、洗い場には縄の付いたジョウロの様な物が設置されていた。
「何ですこれ?」
"それはシャワー……お湯を雨みたいに浴びれる用具だよ。そこのレバーを捻れば使えるよ"
「お湯を雨みたいに……そもそもお湯はどうやって……?」
"魔法で地底湖の水を引いて、それを沸かして供給してるよ"
「魔法で……このレバーですね……フギッ、冷たいッ!?」
キュッとレバーを引くと、ジョウロから冷たい水が飛び出しリーファの体を濡らした。
慌ててレバーを戻しアルマリオスに苦情を訴える。
「お湯じゃ無くて水じゃないですかッ!?」
"保温タンクからパイプの間の水は冷えちゃうんだ。少しすればお湯になるよ"
「そう言う事は先に言って下さいッ!!」
プンプンと頬を膨らませ、リーファは文句を言いつつ、ジョウロの先を床に向けて水がお湯に変わるのを待った。
やがてお湯になった物を浴びた時、リーファは何とも言えない心地よさに包まれた。
体に付いた血がお湯で洗い流されて行く。
ああ、風呂場でお湯を被った事は何度もあるが、これほど心地よくは無かった。
これぞ至福……。
"気に入って貰えてよかったよ。いやー、どっかの王族が使ってるのを魔導鏡で見て作ってみたんだけど、気持ちいいよね、それ"
「作った人を褒め称えたいです……えっと石鹸ってコレですか?」
陶器の器に置かれた白い塊を手に取る。
鼻を近づけると爽やかな香りが漂った。
共同浴場で使われるドロリとした石鹸とはだいぶ違うが……。
"そう、それ。髪を洗う時は右から二番目の小瓶に入った液体を使うといいよ"
「これは何?」
"それは髪用の石鹸、それを使って洗い流した後、右から一番目の奴を塗って軽く洗い流すと髪がツヤツヤになるんだ"
アルマリオスは聖剣、いや魔剣の守護竜でダンジョンのボスの筈だが、こんな快適装備を整えて一体何をやっているのか……。
"しょうがないだろ。ここにいても暇なんだから、有り余る魔力を使ってQOLを向上させるしか無いんだよ"
「だから心の声に反応しないで下さいッ!!」
もうッ! と苛立ち任せに壁に設置されていたタオルを手に取り、石鹸で体を洗う。
爽やかな香りがリーファの体を包み込み、彼女はその日二度目の至福を味わったのだった。
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