奴隷少女は勇者を救いたい
サンドワームへの攻撃の直前、リーファはアルマリオスを通じてクライブに獣人の少女の確保を頼んだ。
クライブはそれに応じ戦闘を離脱、一足先に砂上船へと舞い戻った。
獣人の少女、レナは女盗賊サフィの言い付けを守らず、甲板で聖王冠の戦いを見守っていた。
クライブはレナを捕らえ騒めく船員達に聖剣を向け牽制、その間にサンドワームを片付けたリーファは立ち昇る砂塵に紛れて第三形態である飛竜に変身、砂上船にいたクライブ達をピックアップし離脱したのだ。
幸い、アルマリオスが調整してくれたおかげで、第四形態で技を放っても何とか飛ぶぐらいは出来た。
両腕も翼も筋肉痛の様なだるさは覚えていたが……。
そんなだるさを抱え次の目的地に向かって飛ぶリーファの耳に、甲高い少女の声が響く。
「放してッ、レナはアルベルト様と一緒にいないと駄目なんですッ!!」
「こら暴れるな! 落ちたら死んじまうだろうがッ!」
「あなた達もアルベルト様の名声は聞いている筈ですッ!! なぜ魔王を倒そうとしている勇者様の邪魔をするんですかッ!?」
飛竜になったリーファの背の上、後ろ手に縛られたレナは体をねじりクライブを睨みつける。
「邪魔ねぇ……あんた、アルベルトがあんたに何をして欲しいのか知ってるのか?」
「そ、それはまだ教えられていないですけど、でもレナはアルベルト様の言う事なら何でも」
「生贄になって迷宮の扉を開けて欲しいって事でもか?」
「生贄……扉?」
「ああ、あんたも見たろ。大墳墓の最深部にあるデカい金属の扉をよぉ。アレを開けるにゃあ、本来なら乙女の生き血が必要らしいぜ」
クライブの言葉でレナは一瞬その金の瞳を揺らめかせた。
だが次の瞬間には再び眉間に皺を寄せ、クライブを睨みつける。
「う、嘘を言わないで下さいッ!! アルベルト様がそんな酷い事をする筈がありませんッ!!」
「……嘘じゃないです。実際私は扉前の祭壇に磔にされて、そのあとナイフで胸を……」
「この声はさっきの……ど、どうしてそんな嘘を吐くんですかッ!?」
レナは声から飛竜が先程の砂上船に現れ、サンドワームを倒した異形の少女だと気付いた。
ただリーファルドと名乗った少女が生贄にされたのなら、何故彼女は生きているのか。
如何に竜にその身を変じる事が出来る超常の存在であっても、胸を刺されれば死は免れない筈だ。
「彼女の言ってる事は本当だよ」
クライブの右肩から顔を覗かせたアルマリオスがレナに語り掛けた。
「とッ、蜥蜴が喋ったッ!?」
「失礼な、僕は蜥蜴じゃ無くて竜だよ」
「竜……? 竜ってもっと大きい筈じゃあ……竜の赤ちゃん……ですか?」
「赤ちゃんじゃなくて、仮初の肉体……ともかくだね、彼女は元人間でアルベルトに心臓をナイフで刺されて死にかけたんだ」
「じゃあ、なんで生きているんですか?」
口をへの字に曲げムッとした様子でレナは今度はアルマリオスを睨みつける。
「リーファは助かる為にこの竜、アルマリオスの魂と自分の魂を融合させたらしいぜ」
「魂の融合……本当にそんな事が……」
「本当も何も、じっさい今だって俺達を乗せて飛んでるじゃねぇか。こんな風に飛竜になったり人型になったり、普通の竜人間は出来ない筈だぜ」
そう言うと黒髪の盗賊は肩を竦めて苦笑を浮かべた。
レナは自分を攫った者達の言葉を心の中で否定しつつも、彼女自身、そうだったのかと納得している部分もあった。
自分は何の取り柄も無いただの獣人の子供だ。
もう少し成長すれば娼館に売られ客を取る事になったのだろうが、今はまだ痩せっぽちで子供好きの変態以外には見向きもされないだろう。
そんな自分を何故、勇者と名高いアルベルトが買ったのか、役目とは何なのかずっと疑問だった。
その答えが迷宮のあの大扉を命を使って開く事なら……。
「……あの扉が開いていなければ、レナはあそこで死んでたんですか……? 役目が終われば解放するっていうのも嘘だった……?」
「解放はされるだろうね。隷属の首輪も魂までは縛れないから」
「……レナさん、とお呼びしても?」
飛竜の言葉にレナは小さく頷いた。
「アルベルトは一刻も早く魔王を倒そうとしています。その事でより多くの人々を魔族の脅威から救えると信じて……私やレナさんはその為の犠牲に選ばれたんです」
自分の中の納得も加味されて、レナはリーファ達を信じ始めていた。
だが疑問も残る。
「…………あなた達は何が目的なんですか? アルベルト様がレナを生贄にしようとしたのが事実だったとしても、魔王を倒してくれるなら邪魔する必要は無い筈です」
魔王は人族共通の敵だ。自分の命を扉を開く鍵扱いしていた事は哀しいが、それでも魔王を倒すという大義があるなら聖王冠の行いは理解出来なくは無い。
何の力も無い獣人の子供一人と世界の平和、それは天秤にかけるまでも無い筈だ。
「目的かぁ……色々あるが、最終的な目的はあれだ。魔王を倒す事だ」
「魔王を倒すッ!? あ、あなた達はアルベルト様の邪魔をして、自分達が勇者に成り代わろうとしているのですかッ!?」
「いや、このまま勇者が邪神の用意した武具を使い続けて魔王を倒すと、彼が次の魔王になっちゃうんだよ」
「勇者様が魔王にッ!? 意味が分かりませんッ!!」
「だよなぁ。俺も初めて聞いた時、どういう事だって思ったぜ」
混乱するレナにリーファ達は邪神の企みと呪いの武具について語って聞かせた。
「使うと心に魔が……」
「うん、変化は本当に少しづつで、勇者自身も仲間も気付くには時間が掛かるだろうし、変だなと思っても魔王を倒す為にナイーブになってるとか考えちゃう感じかなぁ」
「新しく手に入れた装備は、体を魔族に変えるらしい。こいつは回収出来て良かったぜ」
腰のポーチをポンッと叩いたクライブの前でレナは思う。
心も体も魔族になったら、それはもう人とは呼べないだろう。
彼らの話が本当ならすぐにでもアルベルトに聖剣、いや魔剣を使う事を止めさせないと。
「やっぱりレナを勇者様の所に帰して下さいッ!! 聖剣を使わない様に言わないとッ!!」
「奴隷の、それも生贄にしようとしてるガキが言って、アルベルトが剣を手放すと思うのか?」
「そ、それは……でもみんなに訴えれば……」
「……聖王冠は邪神が見せる予知夢によって今の地位を築いた。予知夢とお前、どっちを信じるかは火を見るよりも明らかだぜ」
「でも……でも……」
「クライブさん、相手は小さな女の子なんですから、もう少し優しく……」
俯いたレナを見て思わずリーファはクライブを窘め、窘められたクライブはホントの事だと仏頂面を浮かべた。
「ふぅ……ともかく首輪の隷属を解こう。このままじゃアルベルトに位置を特定されちゃうだろうし」
「隷属を解く? だ、駄目ですッ!! この首輪はレナとアルベルト様の繋がりの印でッ!!」
「その繋がりは扉を開く為だって説明したろう?」
「でも……だって……」
「レナさんはアルベルトに命を奪われてもいいんですか? 彼が魔王になっても?」
「…………アルベルト様が魔王になるのは嫌です」
アルベルトが自分を生贄にしようとしていた。
納得は出来ても、それでもまだ彼を信じたい想いもある。
向けられた笑みや掛けられた言葉が全て嘘とは思いたくない。
黙り込んだレナの頭にクライブがポンッと手を乗せる。
「勇者様を魔王にしたくねぇなら言う事を聞け……俺たちゃ勇者様を出し抜いて魔王を倒し、奴が次の魔王になるのを防ぐ為に行動してるからよぉ」
「……」
「……レナ、もし君が勇者の下に帰りたいなら、砂上船の近くまで送ろう」
「アルマリオスさんッ!?」
「リーファ、彼女の命は彼女の物だ。どう使おうが彼女の勝手だ……ただ、僕らの話は誓って嘘じゃないよ……」
「…………首輪を外してあなた達に従えば、アルベルト様は魔王になりませんか?」
レナは視線を巡らせリーファ、アルマリオス、クライブを順繰りに見た。
「……必ずとは言えないですけど、最善は尽くすつもりです」
「僕も邪神にはムカついてるから、あいつの邪魔が出来るなら精一杯頑張るよ」
「俺は…………こいつ等、危なっかしくてほっとけねぇからな……出来る限りの事はするさ」
三人とも絶対とは言わなかった。その事でレナはリーファ達を信用してみようと思った。
絶対儲かる。両親はそんな言葉に騙され借金の返済に窮し、レナを奴隷として売り払った。
彼らからは両親を騙したあの詐欺師に感じた、上辺だけ飾り立てた様ないやらしさは感じない。
まぁそれはアルベルト達からも感じなかったのだが……。
「……言う通りにします……だからアルベルト様を救って下さい」
「交渉成立だね……じゃあ早速首輪を外そう。リーファ、北に見えるオアシスに向かってくれる」
「北……アレですね。了解です」
リーファはアルマリオスが示した砂の海に浮かぶ緑地に向かって、疲れた翼をはためかせた。
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