肉体の悪魔、再び
「うぅ、まだ舌がピリピリするぜ……何だってあんな辛いソースを……」
大墳墓の最下層、二体目の守護竜の隠し部屋で唇を腫らしたクライブがジト目でリーファを見ると、彼女は「そんなに辛かったですか?」と小首を傾げた。
「家じゃ、この濃縮唐辛子ソースが無いと味が絞まらないから、何にでもかけてたんですが……」
「……リーファ、お前出身は?」
「南部のゴドニアです」
「ゴドニア……なるほどな」
この国の南部にあるゴドニア領、あそこは唐辛子の一大生産地として有名だ。
住民は生の唐辛子をどんな料理にも忍ばせ、なんならそのまま齧る者もいるという。
刺激物は常用していれば慣れ、人は更に刺激を求めどんどんエスカレートする生き物だ。
恐らくリーファもそんな一人なのだろう。彼女にとってはあの辛さが普通なのだ。
「はぁ、ともかく俺達は今後あのソースはいらねぇから……」
「だね。食べた瞬間、思わず息吹を吐きそうになったよ」
アルマリオスもクライブに同意し、肩を竦めている。
「そうですか……残念です……」
「まぁ、フライドコカトリス自体は美味かったよ」
「えへへ、なら良かったです」
「んでだ。飯の話はこれぐらいにして、お前が正気付いたら話そうと思っていたんだが、蝶番を斬った直後に勇者が現れた」
「アルベルトがッ!?」
「ああ、守護竜の死体と空っぽの宝箱を見て奴らは引き上げていったんだが……あいつ等、獣人のガキを連れててな」
獣人の子供と聞いてリーファの眉間に皺が寄る。
「……生贄ですか?」
「恐らくな、年の頃は十代前半、隷属の首輪をしてたから奴隷として購入したんだろう」
「……助けましょう」
「君ならそう言うと思ってたよ、でもまずは手に入れた鎧の呪いを解かない?」
「何でですかッ!? 呪いを解いている間にその獣人の子が生贄にされるかもなんですよッ!?」
自身もアルベルトに扉を開ける為、殺されかけたリーファは、その憤りから声を荒げた。
そんなリーファをアルマリオスがまぁまぁと宥める。
「今の君の力じゃ、まだアルベルトには届かない。それに相手は同格の武器、魔剣ロクニオスを手にしてる」
「更に言やあ、向こうは五人、こっちは二人だしな」
「第四形態の技はどうなんです? ボンヤリとしか覚えていませんが、私、蝶番を斬ったんですよね? あの技があればアルベルトにだって対抗出来るんじゃないですか?」
「あれは短期記憶がオーバーフローして、無意識のまま放ったんだろう? 自分で制御して自在に使いこなせるのかい?」
アルマリオスの言葉にリーファはぐぅと唸り黙り込んだ。
確かにあの時の事は夢や幻の様に曖昧模糊としている。
自分の意思で使えるか、また、使った後、動けるかも未知数だ。
「……確かに第四形態を使いこなせるか分かりません。でも、その子を放置しておくのは……」
「うーん、僕はせめて鎧の呪いを解いて、防御力だけでも上げた方が良いと思うけど……」
「……クライブさんもアルマリオスさんと同じ意見ですか?」
リーファがクライブに視線を向けると、彼は少し顔を顰め口を開いた。
「俺もあの獣人を解放したいとは思ってる。だが、盗み見た様子じゃ獣人は勇者たちに感謝してるみてぇだった。俺はそこが引っ掛かってる」
「感謝?」
「ああ、聖王冠からすりゃ、ただの鍵なんだろうが、獣人にしてみりゃ変な奴に買われるよりはずっとましだったんだろうよ。なんせ相手は勇者と名高いアルベルトだからな。無理矢理解放しても恨まれるのはこっちで、獣人はアルベルトの元へ戻るかもしれねぇ」
クライブ言葉でリーファはアルベルトとの数少ない記憶を思い出す。
アルベルトは表向きはSランクの冒険者で、魔王を倒す勇者として期待されている人物だ。
リーファと接触した時も穏やかで礼儀正しい好青年を演じていた。
いや、あれが彼の地であって特に演じた訳では無いのだろうが、裏では自分を生贄にする事を決めていた。
恐らく獣人の少女の前でも、そんな風に好青年として接していたのだろう。奴隷に対しても分け隔てなく。
であれば獣人の少女が好感を抱くのも仕方ない気がする。
「それでも、私はその子を助けたいと思います……アルベルトは私を生贄にした時、自分にはこの世を平和に導く使命があるって言ってました……自分が犠牲になりかけたからじゃないですけど、誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんて間違ってると私は思います……だって犠牲になる人だって平和に幸せに暮らしたい筈だから……」
リーファはそう言うと、アルベルトに刺された胸に右手を置いてそっと目を伏せた。
一人の命か百人の命か、そんな選択肢を迫られた時、殆どの人が百人の命を選ぶだろう。
アルベルトが私の命を奪おうとしたのも、力を手に入れ一刻も早く魔王を打ち滅ぼしたかったからに違いない。
でも見捨てられたその一人も生きたい筈なのだ……実際、私は生きたかった……だから私は百人と一人が助かる方法を考え選びたい。
「ふぅ……アルマリオス、隷属の首輪をどうにかする方法、考えてくれ」
「はぁ……君、リーファに甘くない?」
「相棒がやりたいって言ってんだ。付き合うしかねぇだろ……」
「クライブさんッ!!」
苦笑を浮かべたクライブにリーファは満面の笑みを向けた。
■◇■◇■◇■
「忘れ物はねぇな」
「はい、大丈夫です!!」
「じゃあ、アルベルトを追って、獣人の子を掻っ攫おう!」
「……掻っ攫うって……まるで私達が悪党みたいじゃないですか」
あの後の話合いで、アルベルトの足取りを追う事で一行の意思は固まった。
クライブはアルベルト達はユーゲント砂漠を超える為、砂上船を使ったのではと予想していた。
砂上船、橇の付いた砂の上を走る船で推進力は砂漠の上を吹き抜ける風だ。
聖王冠は一旦、ユーゲント砂漠西端、砂上船を調達した街に戻るだろうと考えられる。
ともかくは大墳墓を出て竜化、第三形態で空からアルベルト達の足取りを追うという事にした。
そんな訳で現在は大墳墓の入り口へを目指し、絶賛進行中なのだが。
「フハハハハッ!! この前は不覚を取ったが今度はそうはいかんッ!! 今度こそ我が究極の肉体をその瞳に刻みつけてくれる!!」
倒した筈のあの吸血鬼が何故か復活しており、往路でも襲ってきたのだ。
「死んだんじゃなかったのかよッ、このド変態がッ!!」
「ひぅ、灰になった筈なのに……」
「クククッ、不死者であり、この大墳墓の番人たる我がそう簡単に滅びる訳なかろう!!」
「多分、吸血鬼の不死の呪いを迷宮が掛け直したんだ」
「チッ、そうかよッ!!」
「甘いッ!!」
「グフッ!?」
クライブが放った斬撃を一瞬その身を霧に変え避けた吸血鬼は、体勢の流れたクライブの腹に丸太の様な足を叩き込んだ。
その蹴りでクライブは広場の端まで飛ばされ壁に激突する。
「クライブさんッ!?」
「クライブッ!!」
激突したクライブを追ってアルマリオスがパタパタと羽根を羽ばたかせた。
「さぁ、これで邪魔者はいなくなった。ゆっくりと我との逢瀬を楽しもうではないか」
「いやぁ……いやぁ……」
吸血鬼はアブドミナル アンド サイのポーズを取りながら、リーファに向かってにじり寄る。
ポーズの維持を重視したのか足を閉じ小刻みに進むので、股間のアレが足の動きに合わせ小刻みに揺れている。
「いやぁッ!! 来ないでぇッ!!!!」
斬ッ!!
「な……ん……だ……と……」
生理的な嫌悪感に耐え切れなくなったリーファは叫びと共に聖剣を抜き放ち、両腕を人サイズの竜の物に変え、大扉の蝶番を斬った打ち下ろしを吸血鬼に放っていた。
唐竹割りにされた吸血鬼は再度灰となっていく。
「ググッ……何も出来ない……ただの……小娘かと……思っていたが……これほどの……力を……秘めていたとは……うぅ……どうせ……消えるなら……」
頭から真っ二つに裂けた吸血鬼は最後の力を振り絞りフロントラットスプレッドのポーズを決め、ボフッと音を立てて完全に灰となった。
「はぁはぁはぁ……で、出来た…………そうだッ、クライブさんッ!!」
「リーファ、回復魔法をッ!!」
駆け寄ったリーファにアルマリオスが叫ぶ。
「はいッ!!」
アルマリオスの叫びを聞いたリーファは、クライブの傍にしゃがみ込んで回復魔法を掛けた。
「アルマリオスの魔力を以って、盗賊クライブの傷を癒せ、治癒」
魔法が発動しクライブの体を淡い光が包む。
「うぅ……」
「大丈夫ですかッ、クライブさんッ!?」
「あ、ああ、ありがとよ……ふぅ……見てたぜ。使えたな、あの技」
「……はい」
「へへ、あのド変態も少しは役にたったな」
「うぅ……そんな風には思えないですぅ……」
二度の邂逅を経て吸血鬼は彼の望み通り、リーファの中に消えない記憶を刻んだのだった。
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