奴隷の少女
ボス部屋の扉の蝶番を聖剣で断ち切り、放心したリーファを抱えクライブはボス部屋へと駆け戻った。
大扉は内側に倒れ、その衝撃でボス部屋の石畳を破壊していた。
周囲には割れた石が散乱しており、巻き込まれていれば、無数の石のつぶてを浴びる事になっていただろう。
「ふぅ……危なかったぜ……リーファ、大丈夫か?」
「……息吹と魔力と竜の力を……」
リーファはボンヤリと虚空を見上げ、ブツブツと力の乗せ方について呟き続けている。
「アルマリオス、リーファは大丈夫なのかッ!?」
「どれどれ……うーん、力の使い方を強制的に流しこんだからなぁ……それで短期記憶が一杯になっちゃったみたいだ……多分、少し休めば記憶が整理されて元に戻る筈だよ」
「はぁ……お前なぁ、リーファは駆け出しのひよっこなんだぞ。あんま無理させるなよ」
「…………ごめん……確かにやり過ぎた」
アルマリオスは眉根を寄せたクライブに素直に頭を下げた。
邪神の計画を邪魔する事、それに生贄の少女の事、そちらにばかり気を取られリーファも協力的だった事で少し急ぎ過ぎてしまったようだ。
確かにクライブの言う様に無理をしてリーファが壊れてしまえば意味がない。
「……今後は彼女の体や心の事を優先する様にするよ」
「そうしてくれ……」
珍しく真面目な口調で答えたアルマリオスに、クライブはやれやれといった様子で頷きを返す。
そんな彼の耳に何やら人の声が響いて来た。
「扉が開いてるぞッ!?」
「僕らの前に誰かが封印を解いた?」
「嘘でしょ、じゃあ聖者の衣はもう無いの!?」
「あの、アルベルト様、何か問題が起きたのでしょうか?」
どうやら脱出する前にアルベルト達が探索に来てしまった様だ。
「まずいな……勇者達だぜ」
「……ひとまず僕の部屋に隠れよう。入り口を閉ざせば、ヒント無しで隠し部屋を見つけるのは難しい筈だよ」
「……他に手はねぇか」
クライブはまだブツブツと呟き続けているリーファを抱え、アルマリオスと共に急いでボス部屋の隠し扉の中へと身を潜めた。
隠し部屋に入ったアルマリオスが、壁のスイッチを押すとゴゴゴゴッと音を立てて入り口が閉まる。
完全に入り口が閉まるのと前後して、聖王冠のメンバーの一人、青髪の女盗賊、サフィが開いた入り口からボス部屋を覗き込む。
「……守護竜が倒されてる……」
サフィはボス部屋全体に視線を巡らせ、耳を澄まし守護竜の死体以外に誰もいない事を確認するとアルベルト達を手招きした。
聖王冠と彼らの後に続いた簡素な服の少女は、おのおの部屋の中に視線を巡らせつつ、中央に出現した宝箱に歩みを進めた。
「チッ、武具も金も浚われてるぜ」
「ふぅ……アルベルトの予知夢が外れるなんて初めてねぇ」
「……もしかしてこの間の襲撃者でしょうか?」
至高神司祭のニーダンスの言葉にアルベルトは口を開く。
「あの正体不明の竜人間もどきかい? 襲撃の時に剣を切り結んだけど、彼女にも相棒の盗賊にも守護竜を狩る力は無い筈だよ」
「アルベルトが敵の実力を見誤るとも思えないし、別の冒険者が扉を破壊して押し入ったって所じゃない」
「そんな実力の冒険者が来てるんなら、街で噂になってそうなもんだけどな」
巨漢戦士のゴダックがそう言って首を竦めた。
「あの、アルベルト様……?」
簡素な服を着た黒髪の少女は不安そうに眉根を寄せアルベルト達を見上げた。
年の頃は十代前半だろうか。頭の上にはピョコピョコと大きな三角の耳が動いていて、首には紋様の描かれた首輪が嵌められている。
「……アルベルト、この娘、どうするの?」
サフィがアルベルトに歩み寄り耳元で囁く。
「……連れ帰ろう。彼女の力は次の迷宮でも必要となる筈だ」
「はぁ……分かったわ。足手まといだけどせっかく買ったんだしね」
サフィの囁きに眉を寄せ、アルベルトは少女に歩み寄り膝を突いた。
その細い左肩に手を乗せ口を開く。
「レナ、どうやらこの迷宮の宝は既に別の冒険者が手に入れたみたいだ。でも恐らく次の迷宮で君の力が必要になる筈……今回の仕事を終えれば解放する約束だったけど、もう少し付き合って貰えるかな?」
「も、勿論ですッ!! レナはアルベルト様達の奴隷です!! お願いなんてせずにご命令頂ければ、どんな事でもいたしますッ!!」
「そうか……次の迷宮の仕事が成功すれば必ず解放するから、すまないがもう少し辛抱してくれ」
「あの……レナはこのままでも……」
首輪にに触れ頬を染めるレナに優しく微笑むと、アルベルトは立ち上がり撤収する事を仲間達に告げた。
■◇■◇■◇■
隠し部屋に逃げ込んだクライブはリーファをソファーに寝かせ、アルマリオスと共にアルベルト達の様子を魔導鏡で覗き見ていて。
「あの首輪、隷属の首輪だ」
「隷属……人はまだ同胞を奴隷として使ってるんだね」
「ああ、禁止されている国もあるが、貧乏な連中がガキを売るのは止められねぇ……」
クライブは吐き捨てる様に言って、フンッと鼻を鳴らした。
自分の故郷でも貧しい家の子供は借金の形として奴隷として連れて行かれたりした。
昨日まで一緒に遊んでいた友人が突然いなくなる。幼いクライブにとってその事は子供ながらにショッキングな出来事だった。
「楽して儲けたい……人間からそんな気持ちが無くならない以上、奴隷商売は消えないのかもしれないね」
「はぁ……言ってくれるなよ。人間やってるのが嫌になるだろう……」
「……君は人にしてはいい奴だと思うよ……それより、あの子が次の生贄って訳だね……どうしようか?」
「どうするって何をだ?」
「クライブは生贄の子を助けたいんだよね? 装備の呪いを解くのは取り敢えずやるとして……あの子を助ける? それとも次の迷宮に向かう?」
アルマリオスの問い掛けにクライブは両手を組んで肘を膝に置いた。
魔導鏡から聞こえてきた言葉を聞けば、あのレナという娘が自分を買ってくれたアルベルト達に恩義を感じているのは察せられた。
もし、以前の様に忍び込んで連れ去ったとしても、恨まれるのはこちらの様な気がする。
それに隷属の首輪の問題もある。首輪には個人認証魔法により所有者が刻まれている筈だ。
「……アルマリオス、首輪の術式は解けるか?」
「うーん、やってみないと分からないけど……やっぱり助けるの?」
「……分からねぇ……助けてやりたいとは思うが……まだリーファじゃ勇者には勝てねぇんだろ?」
「力は近づいてる。でも才能と技、それに経験や勘みたいな物がリーファには足りていない」
「才能は置いとくとして……経験と勘か……」
こればっかりは一朝一夕には身に付く物ではない。
冒険を続けて、危険を潜り抜け生き延びる日々が冒険者を冒険者たらしめるのだ。
「とにかく、どうするかはリーファが正気に戻ってからにしよう」
「そうだね……」
クライブとアルマリオスはどちらともなく、まだボンヤリと虚空を見つめるリーファに目をやり、その後、顔を見合わせ頷きを交わした。
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