竜を生む
クライブを抱えアルベルトの部屋から逃げ出したリーファは、泊まっていた安宿に彼を担ぎこんだ。
壁に叩きつけられたショックからか、クライブは気を失った様だ。
苦しそうに顔を歪めるクライブをベッドに寝かせ、リーファはマジックポーチの中から水薬を探す。
「と、とにかく治療しないとッ」
"落ち着くんだリーファ。まだクライブは息はあるし、回復魔法を使えば問題無い筈だ"
「回復魔法……アルマリオスさん、詠唱を教えて下さい」
"アルマリオスの魔力を以って、盗賊クライブの傷を癒せ、治癒"
「アルマリオスの魔力を以って、盗賊クライブの傷を癒せ、治癒」
教えられた言葉を唱えると淡い光がクライブの全身を包み、苦悶の表情を浮かべていた盗賊は表情を緩めた。
「大丈夫そうですね……はぁ……良かったよぉ……」
"でも参ったなぁ。予定じゃ剣を挿げ替えて、勇者にはなるべく清い心のままでいて貰うつもりだったんだけど……"
「あの、アルベルトは具体的にはどうなるんですか?」
"魔剣ロクニオスを使い続ければ、魔族と同様に力を基準に考える様になる。力を求めるその心は君の時よりも無辜な命を容易に奪う筈さ"
私の時よりも……あの時もアルベルトは私の言葉を無視した。でもそれでも辛そうにはしていた。
剣を使い続ければそんな気持ちさえも失うという事だろうか……。
「止めないと……」
"そうだね。出来れば勇者には魔王と戦う時、邪魔されたくないからね"
「うぅ……ここは………………そうだッ!!」
クライブは暫くボーっとしていたが、状況を思い出したのかガバリと跳ね起きた。
「大丈夫ですか、クライブさん!?」
「……リーファか? 俺は一体……?」
「多分、アルベルトに跳ね飛ばされて意識を……あの、痛む所は無いですか? 先ほど回復魔法は掛けたんですが……」
「背中をやったと思っていたが、痛みが無いのはそれでか……ありがとよ……それよりあの剣、個人認識魔法が掛かってたぜ」
「個人認識……このポーチに掛かっているような?」
"なるほど、それで挿げ替えに気付かれたのか"
クライブはポーチに視線を落としたリーファに頷きを返した。
「おう、触る寸前に手を弾かれて、それでアルベルトにも気付かれちまった……Sランクのパーティだ。一流の魔法使いがいて当然な事を失念してた俺のミスだ」
「そんな、私も全く気付かなかったんですから……」
"僕もまさか魔剣に魔法を重ね掛けするとは思ってなかった……うーん、言葉が届かないのは不便だねぇ……リーファ、少し魔力を貰っていいかい?"
「ん? いいですけど一体何を?」
首を傾げたリーファは直後に脱力感を感じ体をふらつかせた。
「おっと……どうした急に?」
そんなリーファをクライブはベッドから身を乗り出し支えてやった。
「あ、ありがとうございます……アルマリオスさんが魔力を貰うって言って……」
「融合した竜が?」
「あっ、お腹が凄く痒いッ!!」
どういう事だと眉根を寄せたクライブの目の前、リーファは身に着けた鎧を急いで脱ぎ、クライブに背を向けて来ていたシャツの前を開けた。
「なっ、こ、これはッ!?」
「なんだッ、何があったッ!?」
クライブはベッドから降りてリーファの前に回り込む。
リーファが開けた服の下、小さな白い竜がお腹にしがみ付いていた。
「……こいつはもしかして……リーファと竜の子供?」
「違いますッ!! ていうか、見ないで下さいッ!!」
下着をクライブに見られたリーファは慌ててシャツで胸元を隠す。
「あ、すまん……にしても、まさか竜を生むとはな……さすが竜と融合しただけはある」
クライブは何故か感心した様にうんうんと頷いた。
「だから生んでませんッ!! それに子供が出来る様な事もしてませんからッ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶリーファの服の下から、もぞもぞと件の竜がはい出てくる。
「ホントなんなの、この子ッ!?」
手のひらサイズの白い鱗の竜はそのまま、リーファの肩に這い上がりクライブに視線を向けた。
「ふぅ……やぁクライブ、初めまして。僕はアルマリオス」
「「アルマリオス?」」
小さな竜の言葉にリーファとクライブは同時に声を上げた。
「うん、僕の言葉が君に伝わらないのがもどかしくて、魔法で仮初の肉体を作ったんだ。それで今後についてだけど……」
「今後も何も、認証魔法が剣に掛かってるんじゃ、俺じゃ挿げ替えるのは不可能だぜ」
「うん、だから剣はひとまず置いておいて、僕の別れた魂の方を先に片付けよう」
「いいんですか、アルベルトの事、放っておいて?」
「良くはないけど、対峙してみて今の僕らじゃ対処出来ないって分かったからね。だから先に力を取り戻そうと思う」
「おい、別れた魂とか力を取り戻すとかどういうことだ?」
アルマリオスの話を聞いていたクライブが不満気に顔を顰める。
そういえばアルマリオスが魔剣を守護していた事は話したが、魂云々の話はしていなかった。
「えっとですねぇ。アルマリオスさんは大昔に魔王に捕まって魂を六つに分けられちゃったんです」
「それでその六つになった僕に、魔王は邪神が作った武具を守る様に命じた。そして打ち勝った者……勇者の資質を持った者に武具が渡る様に仕組んだのさ」
「面倒な話だぜ……なんで邪神はそんな事を?」
肩を竦めるクライブにアルマリオスは視線を向ける。
「勇者を魔王にする為だよ」
「なにッ!?」
「あっ、言ってなかったですね。扉を開けるには生贄が必要なのも、勇者を魔王に堕とす為の一環らしいです。私達の最終的な目的は分割されたアルマリオスさんに会って、力を取り戻しアルベルト達よりも先に魔王を倒す事なんです」
「そのついでに呪われた武具も回収出来たら最高だね」
「お前ら何でそんな重要な事を言わなかった?」
すみませんと頭を掻くリーファとゴメンねと笑うアルマリオスを見れば、忘れていただけだとは分かるが、それにしたって……。
クライブはため息を一つ吐いて、ベッドに腰を下ろした。
勇者を魔王に……それが事実ならこの数百年、魔王が倒されたと報告が無い事にも得心がいく。
そもそも、魔王が世界に登場した当初、人間サイドの国々は軍を派遣し連合を組んで魔族達を攻めた。
しかし、魔王が使う大規模魔法によって精鋭以外の兵士は死亡。余りの被害の大きさに正規軍による侵攻を諦め、少数精鋭での魔王討伐に方針を切り替えた。
その為の人材育成の意味もあって、各国の協力の元大陸内の全土に冒険者ギルドが作られ、広く人材が求められる様になったのだ。
その戦略は実を結び、過去の英雄達は魔王を滅ぼし束の間の平和を世界にもたらした。
だが、その英雄を魔族……邪神が取り込み魔王としていたのなら、魔王が倒される筈がない。
倒した瞬間に勇者が次の魔王として君臨するんだからな……。
「あの、クライブさん。お話してなくてすみませんでした……あの、まだ手伝ってもらえますか?」
「正直、魔王だとかは俺の手に余る。勇者に手も足も出なかったしなぁ」
「え、じゃあ……」
不安げに眉を寄せたリーファの顔を見て、クライブの脳裏に苦い記憶が蘇る。
その日、探索に入った迷宮で真祖の率いる吸血鬼達に襲撃され、クライブのパーティ、砂漠の薔薇は三人の前衛を失った。
その前衛の一人、吸血鬼に捕らわれ血を啜られる女戦士の顔がリーファと重なる。
あの時の彼女も不安げに眉を寄せ、瞳を揺らし自分に助けを求めていた。
当時のクライブには女戦士を助ける力は無かった。
生き残った魔法使いと僧侶を連れて逃げ延びた事も、間違っていたとは思っていない。
ただ、見捨てて逃げるのはもうゴメンだよなぁ……。
そうは思っていたが、本心を吐露するのをためらった盗賊の口から出た言葉は別の物だった。
「……なぁ、アルマリオス。お前達に協力すれば真祖クラスを狩れる力は得られるか?」
「真祖って吸血鬼の?」
「ああ」
「すり替えようとしたロクニオスは、呪いを解く為に泉の女神の祝福を受けた剣だから、それを使えば多分」
「こいつか」
クライブはベッドの脇に立て掛けられた剣に手を伸ばし、柄を握って鞘から抜いた。
刃は自ら光を放つかの様に煌めいている。
「じゃあこの剣、俺にくれ。そしたら引き続き協力するからよぉ」
「え、でもクライブさん、職業は盗賊ですよね?」
「盗賊が剣を使っちゃ駄目って法はねぇだろ?」
確かに彼の言う様にどんな得物を使おうが自由ではある。
しかし、戦士には戦士の盗賊には盗賊の戦闘スタイルがある。
鎧で身を固め、その膂力によって剣を振るう戦士と、素早さで敵の虚を突く盗賊では扱う武器もおのずと決まってくる。
そう考えたリーファだがクライブは笑みを浮かべ言葉を続ける。
「こいつはそこまで重くねぇし、俺でも扱えそうだ……それにお前らどっか抜けてるから、放っておくのも不安だしな」
「抜けてるって、私のどこが抜けてるんですかッ!?」
「リーファが抜けてるのには同意するけど、僕まで一括りにしないでよッ!!」
「どっちも抜けてるだろうが、勇者が魔王になるって話を俺にしてない時点でよぉ」
そう言うとクライブは剣を鞘に納め、肩を竦めて首を振った。
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