勇者対魔竜少女
街でも高級な部類に入る宿、エルフの泉亭。
その宿の屋根に翼をはためかせ男を抱えた一人の少女が降り立つ。
「翼の話は聞いてたが、本当に飛べるとはな……」
「私もびっくりです」
Bランクの盗賊、クライブはリーファの装備を見繕った後、エルフの泉亭に単独潜入しアルベルト達、聖王冠が泊っている部屋を突き止めていた。
彼はその後も宿の従業員に変装しアルベルトを監視して、聖剣(魔剣)を交換する機会を探っていたが、彼が魔剣を手放す事は無く、剣は常に腰か自らの側に置かれていた。
まぁ、冒険者であれば得物を傍らに置いておくのは当然だろう。
そんな訳で潜入から戻ったクライブはリーファと話し合い、深夜、寝静まったのを見計らいアルベルトの部屋に侵入する事にした。
アルベルト達の部屋は最上階、スイートルームに泊っているらしい。
その情報を聞いたアルマリオスが、だったら飛んで行こうとリーファに提案し、融合を調整して背中から羽根を生やしたのだ。
その所為で新調した黒い皮鎧の背中部分は取り外され、服には穴を開ける事になってしまったが。
「それじゃあ、事前に話していた姿隠しと音消しを頼む」
「分かりました。…………アルマリオスの魔力を以って、盗賊クライブに不可視の外套を、姿隠し…………アルマリオスの魔力を以って、盗賊クライブに静謐の長靴を、音消し……うん、しっかり消えてます」
「そうか。それじゃあ行って来る」
「気を付けて下さい。聖王冠は実力は確かにSランクでしたから……」
「心配はいらねぇ。戦闘する訳じゃねえしな」
囁き声の後、リーファの頭にポンポンと何かが触れる。
リーファが撫でられたのだと気付いた時には、煙突に結ばれたロープがベランダに落され、ロープのしなる音が小さく鳴った。
ベランダに下りたクライブはそっと窓の中を覗き見る。
アルベルトの部屋の位置は潜入時に確認済みだ。
豪華な天蓋付きのベッドを見れば金髪の頭が覗いているのが見て取れた。
上下する布団の動きは一定で、熟睡しているだろう事が窺える。
それを確認したクライブはベランダの扉を静かに開き、周囲に触れて物音を立てない様に慎重に部屋に足を踏み入れた。
部屋の中を見回すとアルベルトの頭の先、ベッドの棚の上に魔剣が置かれているのが確認出来た。
用心深い奴だ。こんな高級な宿に泊まってるってのによぉ……。
背中に背負ったリーファから預かった聖剣を外し、鞘を左手で握る。
あとはコイツとあの剣をすり替えれば……。
クライブはベッドに歩み寄り、チラリとアルベルトに視線を送って眠っている事を最終確認すると、静かに魔剣の鞘に右手を伸ばした。
バチッ!!
「ッ!?」
クライブが鞘に触れるか触れないかギリギリまで手を近づけた瞬間、火花が飛び散り黒革のグローブに包まれた手に衝撃が走った。
認証魔法かッ!?
飛び退り、クライブが剣に掛けられた魔法に思いを巡らせたのと時を同じくして、アルベルトが目を覚まし、すぐさま魔剣の柄を握る。
「……姿隠しか、でも僕にその手の幻術は効かないよ」
そう言ってベッドから身を起こしたアルベルトの胸元には、青い燐光を放つ輝石が揺れていた。
「チッ、守護石かよ」
「聖剣の噂を聞いて盗みに来た賊といった所かな」
アルベルトはベッドから降り、魔剣を抜き放った。
「この剣は奪われる訳にはいかない。犠牲になった少女の為にもね」
言い終わると同時にアルベルトは踏み込みクライブに横凪ぎを放つ。
クライブはその横凪ぎを左手に持っていた聖剣で咄嗟に防御した。
しかし、勇者の一撃は重く鋭くそのまま吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「グッ……」
部屋は揺れ、壁に掛けられていた絵や装飾品が床に落ち派手な音を響かせる。
それは別室で寝ていた聖王冠のメンバーとリーファの耳にも届いた。
リーファは翼を広げすぐさまベランダに降り、部屋の中に駆け込んだ。
「……この盗賊の仲間かな? その角……竜人間とは珍しい」
こちらに視線を向けるアルベルトを睨みつつ、リーファは腰に下げていたロクニオスを抜き放った。
「戦うつもりかい?」
アルベルトはそう言って余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
部屋の外からは彼の仲間達の声も聞こえて来る。
「その剣は聖剣では無く魔剣ですッ!! 使えばあなたの心は魔に支配されてしまいますよッ!!」
「魔剣? 何を言っているんだ君は?」
「とにかくその剣を渡して下さいッ!! 剣ならこちらを使えばいいッ!!」
リーファは手にしていた呪いを払ったロクニオスをアルベルトに翳してみせた。
アルベルトは自分が手にした物と瓜二つなソレを見て眉をひそめる。
「そんな精巧な偽物を用意するとは……これは詳しく話を聞く必要がありそうだッ!!」
アルベルトはリーファに肉薄し上段から魔剣を振るう。
"マズいッ、第二形態ッ!!"
「かゆっ!?」
アルマリオスの声が脳裏に響き、リーファの全身を痒みが襲った。
装備から露出した肌には鱗が生え、魂の融合の強化により肉体のポテンシャルが向上する。
そんなアルマリオスの助けもあり、リーファは本物の聖剣となったロクニオスで、押し潰す様なアルベルトの斬撃を何とか受け止めた。
「変身? ただの竜人間じゃ無さそうだね?」
「ググッ……信じて、それは本当に魔剣なんですッ!!」
「種族も不明な怪しい賊の言葉を信じるとでも?」
アルベルトはいびつな笑みを浮かべながら剣を押し込む。リーファは歯を軋らせながらそれに耐えた。
「このわからず屋ッ!!」
叫びと共にリーファは剣を押し返し、次いでギルドの教官シュウゾに習った前蹴りをアルベルトの腹に叩き込む。
「グッ!?」
アルベルトは咄嗟に後ろに飛んで蹴りの衝撃を逃がした。
「……へぇ少しはやるようだね」
その蹴りで本気になったのか、アルベルトの顔が真剣な物に変わる。
"リーファ、今の力で本気の勇者とやり合うのはマズい。一時撤退だ"
リーファ自身、力量の差は先程の鍔迫り合いで嫌と言う程感じていた。
自分は渾身の力を込めていたが、アルベルトは本気を出していなかった。
恐らく様子見していたのだろう。
チラリとクライブに目をやると、叩きつけられた衝撃からか壁に背を預けへたり込んでいる。
クライブさん……
彼をおいていく事は出来ない。しかしアルベルト相手にクライブを連れて逃げる隙を作る事は出来そうに無い。
"……リーファ、息吹を使って勇者を牽制するんだ。その隙にクライブを"
息吹!! でも息吹ってどうすれば一体どうすればッ!?
"大きく息を吸い込んで"
「大きく息を……すうううう」
"気持ちを込めて思いっ切り叫べッ!!"
「うぉおおお、吹き飛べーッ!!!!」
「何ッ!?」
声は閃光となってアルベルトに向かった。
アルベルトはほんの一瞬、そのブレスに驚いた様子を見せたが、すぐさま魔剣を迫る閃光に叩き付ける。
「クッ!!」
リーファの放った閃光は魔剣とぶつかった瞬間、爆発、アルベルトを部屋の隅まで吹き飛ばした。
"今だッ!!"
「はいッ!!」
アルマリオスの声でリーファは駆け出し、倒れたクライブを聖剣ごと抱き上げると踵を返し部屋を飛び出した。
「…………逃げられたか」
部屋の隅まで飛ばされはしたものの、アルベルトは無傷で立ち上がりベランダから飛び去った賊に視線を向けた。
「アルベルト、大丈夫かッ!?」
巨漢の戦士、ゴダックを先頭にアルベルトの寝室に聖王冠のメンバーがなだれ込む。
「僕は大丈夫。聖剣狙いの賊二人が侵入してきたけど、ベルサの人物認証魔法のおかげで奪われずに済んだよ」
「聖剣狙い……それにしたってSランクの冒険者を狙うたぁな……」
「認証魔法も絶対じゃないし、用心しておいた方が良いわねぇ」
「そうね。なんなら今晩からはあたしが一緒に寝ようか?」
青髪の盗賊サフィがアルベルトにすり寄った。
「あ、ずるい。じゃあ私も同衾しようかねぇ」
魔女ベルサも妖艶な笑みを浮かべアルベルトに視線を送る。
「いや、パーティメンバー内でそういう事は止めよう。トラブルの元だ」
「もう、真面目ねぇ」
「ちょっとは靡いてよ」
「君達二人は魅力的な女性だよ。でも僕はこのパーティが割れる原因にはなりたくない。それより次の目的地が決まった」
「おお、では夢のお告げが?」
女性陣の言葉を聞いて慎みが無いと顔を顰めていた、司祭のニーダンスが嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ああ、次はここから東、ユーゲント砂漠の大墳墓……言いにくいけど、そこも生贄が必要なみたいだ」
アルベルトはそう話すと静かに手にした魔剣の刃に目を落した。
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