生贄の少女
「君がリーファ君だね?」
サラサラ金髪で青い瞳の青年がそう言ってリーファに笑い掛ける。
場所は冒険者ギルドの応接室、目の前には青年の他に鋭い目の女盗賊、オールバックの巨漢戦士、怪しい笑みを浮かべる黒ローブの美女、穏やかな笑みをたたえる聖職者の青年が円卓に座っている。
「あ、あなたは、エ、Sランク冒険者の、千里眼のアルベルト・ゴールドリバー様ッ!?」
突然、冒険者ギルドの職員に応接室へ向かうよう指示を受けたリーファは、目を丸くして驚き声を上げた。
彼らはこの国の人間なら誰でも知っているSランクパーティ聖王冠のメンバーだ。
「フフッ、僕の事、知っているの?」
「あああ、当たり前ですッ!! この街の冒険者ギルドに所属していて、貴方様の事を知らない冒険者はいませんッ!!」
アルベルト・ゴールドリバー。
フラリとこの大陸に現れ、Eランク冒険者からたった一年で最高位のSランクにまで上り詰めた生きた伝説。
まるで、未来を予知するかの様に困難な討伐モンスターの場所を察知し、先回りして狩るそのスタイルからついたあだ名が千里眼。
冒険者ギルドの英雄で、大陸各地の問題を解決する彼を勇者と呼ぶ者もいる。
最近ではリーファが拠点とする街に腰を落ち着け、クエストを熟したり近隣のダンジョンに潜ったりしている。
「そう。知っているなら話が早い。実は君に今回のクエストを手伝って欲しくてね」
「わ、私にですかッ!?」
リーファ・ブラッド。
田舎から出て来て一月目のEランク冒険者。
栗色のくせ毛のよく見れば可愛いとも思えなくない容姿の駆け出し冒険者。
職業は一応戦士だか、今はまだ剣に振り回されているようなヒヨッコだ。
言っていて悲しくなるが、自分が英雄であるアルベルトの役に立てるとは思えない。
「あ、あの、私じゃきっと足手まといに……」
「ううん、君じゃ無いと駄目なんだ」
そう言うとアルベルトはリーファの手を取り、静かに頭を下げた。
「あんたさぁ、ウチのリーダーがこうまでして頼んでるのに、嫌とは言わないよねぇ?」
青髪の女盗賊が鋭い目を更に鋭くしてリーファを睨む。
それだけで駆け出しのリーファは萎縮し、心臓は早鐘を打つ。
「止めないか、サフィ。リーファ君が怖がっているじゃないか」
「チッ、本当にそんなガキが役に立つのかよぉ」
「立つさ。僕の見立てじゃ彼女以上に適任はいない」
「フフッ、アルベルトがそう言うなら確実だねぇ」
黒いセクシーなローブを着た美女が、煙管をくゆらせながらローブが覗く長い足を組みかえる。
「どうかな? 報酬は五千エルデ。受けてくれないだろうか?」
「ごごご、五千エルデッ!?」
Eランクの受けれるクエスト報酬は一回、良くて二百エルデ、普通は百エルデといったところだ。
つまり、五十回分の報酬とイコール。
五千エルデあれば良い装備も手に入るし、仕事もきっと楽にこなせる様になる。
リーファの脳裏に高品質な武器でモンスターを切り捨てる自分の姿が浮かぶ。
「……わ、分かりました。私でお役に立てるのであれば……」
「そう……助かるよ」
そう言ったアルベルトが目を反らし伏せた事を、未来を夢想し夢を広げていたリーファは全く気付いていなかった。
■◇■◇■◇■
アルベルトが挑んだクエスト、それはアグニスの大迷宮と呼ばれる大昔の魔王アグニスが作ったダンジョンの探索だった。
Sランクパーティならダンジョン探索ぐらい、何の問題も無くこなせると思うのだが……?
そんな疑問を持ちつつ、リーファはアルベルトたちに守られながら彼らに同行していた。
流石にアルベルト達はSランクだけあって、リーファなら瞬殺されるだろう魔物を逆に瞬殺し道を切り開いていく。
本当に何の為に私が必要なのだろうか?
やがて一行は最深部、恐らく迷宮の主だろう敵が潜む大扉の前に辿り着いた。
「ようやくボスの面を拝めそうだな」
「前回は鍵が無くて入れなかったのよねッ」
「今回は準備も万全だし、これで勝てれば聖剣ロクニオスが手に入るのねぇ」
「聖剣……あの伝説の……」
聖剣、鋼鉄より硬い悪魔の皮膚も簡単に貫けるという天下に知られた名剣の一つ。
そうか、ホーリー・クラウンの目的はロクニオスだったのか。
流石、Sランクパーティ。狙うお宝も伝説級だ。
そんな事を考え拳を握るリーファの肩に、ポンとアルベルトが左手を置く。
「さて、リーファ君。ここからが君の仕事だ」
「は、はいッ、何をすればいいですかッ!?」
「取り合えず、そこの祭壇に寝て貰えるかな?」
祭壇? 大扉ばかりに目を取られていたが、パーティの魔女、ベルサの掲げた魔法の明かりから外れた部屋の隅に、なんだかおどろおどろしい祭壇が設けられている。
「え、アレに……」
「うん」
そう言って笑みを浮かべたアルベルトの目は笑っていなかった。
「え、あの、アルベルトさん、痛いんですけど……」
気付けば肩に置かれたアルベルトの左手はガッチリとリーファの右肩に食い込み、リーファの肩を鎧の上から締め上げている。
「まどろっこしい事は止めにして、サッサッと祭壇に捧げようぜ」
オールバックの巨漢戦士ゴダックが歩み寄り、背中の雑納を剥ぎ取りリーファの体を抱え上げる。
「えっ、えっ、捧げるってどういう事ですかッ!?」
「この扉は処女の生き血を捧げないと開かないのさ」
「い、生き血って、ヤダッ!! そんなの聞いてないッ!! は、放してッ!!」
「諦めてくれ。夢のお告げでも君の犠牲によって扉は開いた。これは神が定めた運命なんだ」
そう言ったアルベルトの目には何の感情も浮かんではいなかった。
「何よッ、運命ってッ!? 自分達の都合を押し付けてるだけじゃないッ!!」
「いえ、リーファさん、アルベルトさんの言葉は正しいです。彼は確かに神の声を聞いている。私は彼と共に歩んだ一年間でその事を確信しました……」
至高神の司祭、ニーダンスは目を糸の様に細め、恍惚とした表情を浮かべた。
その間にもゴダックはリーファの手足を祭壇に設置された鉄の枷で固定していく。
「本当に済まないと思っている。でも最速で先に進む為にはどうしてもこうする必要があるんだ。約束の報酬だ」
アルベルトはそう言ってリーファの頭の横に拳大の袋を置いた。
チャリと金属の触れ合う音がする。
「お金なんていらないッ!! お願い許してッ!!」
「済まないがそれは出来ない。僕は魔王を倒してこの世界を平和に導く使命がある。君はその礎となるんだ」
「なんでッ!? なんで私がッ!?」
「……皆の……為なんだ」
そう言ったアルベルトの瞳は哀し気に揺れていたが、決意は固いらしく、おもむろにナイフを抜いて、それをリーファの心臓へと突き立てた。
「ガフッ……なんで……こんな……ひど……い……」
ナイフが引き抜かれ噴き出した血が祭壇を染めていく。
血が祭壇に満ちるとゴゴゴゴッと音を立てて迷宮最深部の扉が開いて行く。
「おお、ホントに開いたぜ」
「だからアルベルトさんの言葉は正しいと言ったではないですか」
「それじゃあ、さっそく守護竜を狩ってロクニオスを手に入れようよ」
「フフッ、これでアルベルトの力は更に高まるのねぇ」
「うん……じゃあね、リーファ君。君の事は忘れない」
Sランクパーティ、聖王冠の面々は血に染まるリーファをおいて大扉を潜り、最後の玄室へと姿を消した。
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