大人の休憩
私がぶつかってしまった男性は
菅井さんだった。
こんな偶然あるのだろうか
いや、うん。
現に今、目の前で起きてるわ。
私が思考停止してると
後方から「友くん〜どうしたの~」という
女性の声が聞こえてきた。
それに菅井さんは手を振って
先に行っててと返す。
その光景をボケ~っと見ていると
菅井さんと目があった。
「大丈夫?ごめんね。怪我してない?」
「大丈夫です。私こそすみません。スマホに夢中になっちゃってて…」
「歩きスマホは危ないから気を付けないとダメだよ。でも、怪我してなくてよかった」
「すみません」
優しい口調だけど
注意する菅井さんは
いつもより男らしい。
それに少しドキッとしながら素直に反省。
「朱音ちゃん、帰り?」
「はい。菅井さんは次のお店に行く途中だったんですよね」
「うん。でも僕も一緒に帰ろうかな」
「え~いいんですか?さっきの女の人残念がりますよ」
なんて、口では言いながらも
ちょっとだけうれしかったりする。
「実は、初めてだったせいか
あの雰囲気に疲れちゃってさ。
抜け出す口実探してたんだよね。」
「そうだったんですか。
でも、結構楽しんでたんじゃないですか?
ゆっかーって女の人に呼ばれてる時嬉しだったし」
「まぁ、楽しかったことはたのしかったよ。
そのせいかお酒も飲みすぎちゃった。」
私のちょっとイジワルな質問にも
いつも通り笑顔で答えてくれる。
でも、夜の街灯のせいか
菅井さんの横顔がいつも以上に
セクシーに見えた。
そんな雑談を交わしながら
駅に向かって歩いていると
ポケットの中のスマホが震えた。
ここですっかり友達に連絡し忘れてたのを
思い出して画面を見ると
そこには友達ではなく知らない番号が
表示されていた。
おそるおそる電話に出ると
「もしもし、あかねん?
今どこ?まださっきのお店にいる?」
さっきまで隣に座っていた
男の人からだった。
「ちょっと気分が回復しないので
今日はお先に帰らせてもらいます。」
「えっひとりじゃ危なくない?
今から俺も行くからちょっと待ってて」
「いや、大丈夫です。ひとりで帰れますので
ご心配なく」
「いや、いいよ。最近物騒だからさ。
それに俺はもっとあかねんとお話ししたいし。
そうだ、二人で飲み直ししようか」
いや、帰るって言ってんだろと
内心イライラしたけど。
友達の顔を潰すわけにもいかないし、
出来るだけ穏やかに断っているけど
なかなか諦めてくれない。
どうしようかと困っていると
隣にいた菅井さんに
サッとスマホを奪われた。
そして、菅井さんはスマホを耳に当てて
「茜ちゃんは、僕が責任を持って
家まで送るので心配しないでいいですよ」
それだけ言って電話を切った。
「はい、これ」
「、、、ありがとうございます」
「あれ?余計な事しちゃった?」
「いやいや、そうじゃなくて
ちょっとびっくりしちゃって」
「なんか、朱音ちゃんが困ってたから、ついね。
それよりも、あかねんって呼ばれてるんだね。
僕もあかねんって呼ぼうかな~」
「からかわないでくださいよ」
「あかねんも僕のこと友くんって呼んでいいよ」
スマホを奪ったり、
いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべたり、
いつも大人っぽい菅井さんがちょっと子供ぽい行動をとっている。
それがなんとも可愛らしく見えた。
また、駅に向かって歩いて
交差点で信号を待っている時
唐突に
「せっかくだからお風呂入っていこうか」
と、菅井さんが言いはじめた。
私は少し考えて
周りを見渡す
目に付いたのは、
[休憩 3時間 3200円]
5時間 5000円
[宿泊 7400円]
というピンクの看板。
う?あ?え?ん?
す、菅井さんそういう事ですか…
「あ、あの菅井さん!本当に行くんですか?
その、えーと…そういう意味ですか?」
「ん?なんかさっぱりしたくなっちゃって
せっかく近いし。
あと、僕も茜ちゃんも酔ってるし
すこし休憩しようよ。嫌だった?」
「嫌ってわけじゃないけど…急に言うから」
「僕、一回行ったことあるけど。
なかなか良かったよ。お風呂大きいし」
「そうなんですか…」
あっ菅井さん来たことあるんだ…
菅井さんって意外と肉食系なんだな
そんな事を考えていたら
信号が赤から青へ変わってしまった。
まっすぐ行けば駅の方向で
左に曲がれば
あの看板の愛を育む宿舎だ。
菅井さんは左に曲がった。
私は街中に響いているのではと思うくらい
バクバクしている胸を押さえる。
正直、覚悟を決めきれていない。
いざ、そういう時になったらどうしようかとか。
でも、嫌だと思ってない自分もいるとか
うだうだ考えながら
菅井さんのあとを3歩後ろでついて行く。
50メートルくらい歩いたところで
エレベーターの前に着いた。
これに乗って3階のボタンを押せば
後戻りは出来ない。
一つ深呼吸して
よし、覚悟を決める。
そしてエレベーターの方を向くと
あれ?菅井さんがいない。
そしてキョロキョロしていると
横から「おーいどうしたの~」という
声が近づいてきた。
私が深呼吸している間に
菅井さんは通り過ぎていたらしい。
「あれ?休憩って」
「いや、この先に大きな温泉施設があるからさ。そこで少し休もうかって」
「あっ、そういうこと…」
「えっ何かと勘違いして…」
菅井さんはここでハッとした顔をした。
「あぁ、ごめん。
そうだよね。こんな所で休憩なんて
言ったらそう思うよね」
「いえ、私が勝手に勘違いしただけなので」
「え、少し涙目になってんじゃん。
本当ごめん」
「なってません!
もう行きましょ」
「う、うん。ごめんね…」
「もう、いいですから」
そこから私たちは無言で
温泉施設まで向かった。
どっちが悪いとか
そういうのはないけど。
なんか気まずくて
自然と早歩きになった。
目的地に着いても
無言のまま受付をして
男湯と女湯に分かれる所で
「じゃあ、ごゆっくり」
「茜ちゃんもね」
赤い暖簾をくぐって
サッと服を脱いで
ロッカーの鍵をかけて
体重計も乗らずに
足早にシャワーを浴びに行く。
鏡に映る私の顔は
リンゴみたいに真っ赤だった。
最初は冷水で頭を流す。
頭は冷えていくのに
顔の熱はなお上昇している。
冷静になって改めて
恥ずかしい。
普通に考えて、
そもそも毎日同じ屋根の下で暮らしていて
何もないのにあんな唐突に誘ってくるわけないよね。
欲求不満みたいに思われちゃったかな。
でも、あんな紛らわしい所で言う
菅井さんも菅井さんだよな。
色々考えてオーバーヒートしそうな
頭に次はぬるま湯をかけて
無心になって
ゴシゴシ、シャンプーをする。
次に、トリートメントをして
最後に、タオルを使わず手で
ボディーソープを泡立てて
体を洗う。
そして、湯船にはいる
この頃にはだいぶ冷静になっていた。
まぁ、少し酔っていたし
こんな勘違いは誰にだってあるよね。
多分…
それよりも、あの時私は
菅井さんを受け入れようとしていた。
そう、嫌とは思わなかった。
もしかしたら私は…
いや、これ以上の事を考えるのは、
やめよう。
まだ楽しい生活を送っていたい。
今は開けてはいけないパンドラの箱を
私は心隅にそっと置いた。
そこからは、サウナ、ジャグジー、露天風呂のローテーションを繰り返して
思いっきり身体も心もリフレッシュした。
服に着替えて
菅井さんのLINEに書いてあった
4階の食事処に向かうと
金曜日だからか
なかなか混み合っていた。
見つけるのに時間がかかりそうだ。
LINEしてみようかなと
スマホを探していると
後ろからトントンと肩を叩かれた。
振り向くと
菅井さんが立っていた。
「ねぇ、なんかお腹空かない?」
「私は別に」
といった直後に私のお腹がぐぅ~と鳴った。
「やっぱり、なんか食べましょうか」
「そうしよう」
私たちは運良く空いた
二人掛けの席に座る事が出来た。
菅井さんも私も、イチオシとして書いてあった手打ちそばを注文した。
店員さんがいなくなってから
発せられた菅井さんの声は
なんとも弱々しかった。
「さっきは本当にごめんね。」
「もう気にしないでください。
掘り返される方が私も恥ずかしいです」
「そうだよね。ごめん」
「ほら、また謝ってる」
それにまたごめんと笑う菅井さんは
いつもの菅井さんだった。
「改めてどうでしたか。はじめての合コンは?」
「女の子と話しするのは楽しかったよ」
「かわいい子いました?」
「うーん。それぞれ良いところがあったよ」
「それじゃ、美人揃いで今回は満足できたんですね」
「うん、まぁ~ね」
ちょっと素っ気なく菅井さんが
会話を切った所で
そばが届いた。
どちらがともなく手を合わせて
いただきますがハモる。
菅井さんと目があって
自然と微笑みあった。
お蕎麦美味しくて
あっという間に食べおわってしまった。
デザートに頼んだソフトクリームを食べていると
急に、菅井さんはしみじみと
「大勢で、ワイワイお酒飲んだり、
ご飯食べたりするのはもちろん楽しいし美味しいけどさ。
僕は朱音ちゃんとこうやって
二人で向かい合ってご飯を食べてる時が
1番幸せで1番美味しく感じるよ」
「また、からかってるんですか?」
「いやいや、僕は日ごろからこの生活がずっと続いてほしいなと思っているんだよ。」
「私も同じこと思ってました。」
「本当に?実は家事はほとんど朱音ちゃんに任せちゃってるし
僕と一緒に暮らすのそろそろツラくなってないか心配だったんだ。」
「そんなことないですよ。毎日すごく楽しいです。
私こそ菅井さんにばかりお金を出させてしまって
申し訳ない気持ちでいっぱいです。」
「そんなこと気にしなくていいよ。
僕は社会人だし、朱音ちゃんは学生でしょ。
でも、同じ気持ちでいてくれてよかった。
改めてこれからもよろしくね」
「はい!こちらこそ」
昨日と同じ明日が送れることが、
嬉しいなんて不思議だなと感じている
私の心に一瞬春の風が吹いた。
END
読んでいただきありがとうございました。
コメントいただけると嬉しいです。、