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デスゲーム企画株式会社 ー死花お嬢様の狂った人生を豊かにする暇つぶし企画ー  作者: クロイクロ
企画その壱 クラウドファンドゲーム
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クラウドファンドゲーム 後半戦

 前払い金の支払日まで後二日に差し迫った昼下がり、男は都内の珈琲店で一人抹茶ラテを飲んでいた。

 今日は人と会う約束をしていた。

 滅多に訪れることのない喫茶店での待ち合わせに勝梨(しょうなし)は一人で浮き足立っていた。

@pear(アットピアー)さんですか?」

 自分のハンドルネームを呼ばれて勝梨(しょうなし)は顔を上げた。ヨレヨレなポロシャツを着た勝梨とは対照的にパリッとした革ジャンを着た男が声をかけてきた。

「あなたが@kinashi(アットキナシ)さんですね?ダイレクトメールを送りましたピアです。失礼、勝梨甲斐(しょうなしかい)と申します。」

「私は秋無繁昌(あきないはんじょう)です。よろしくお願いいたします。」

 秋無と名乗る男が差し伸べてきた手を勝梨は握り返した。

「あなたもキャルールちゃんのファンなんですね。」

 明るい声で秋無が勝梨に詰め寄り、興奮した様子でキャルールの素晴らしさを語り始めた。勝梨もそれに負けじとキャルールへの熱意をぶつけた。白熱する会話の中で、秋無は八重が地上波に出た頃からのファンらしく、予想通り新参のファンであることが判明した。

「キャルールちゃんの熱愛報道についてどう思いますか?」

「私は彼女の恋路を応援したいと思います。それがファンとして当然じゃないでしょうか?」

 即答する秋無に勝梨は心の底で毒気づく。

「しかし、一部のファンから裏切られたとの声があるようですねぇ……。」

 勝梨はこの男が自分と志を同じとする同士であるかどうか見極めようと探りを入れた。勝梨の言葉に秋無は深く長いため息をついた。

「悲しいことです。アイドルも人間です。そりゃあ恋もするし過ちも犯しますよ。それでも寛大な心で受け入れるのがファンと言うものじゃないでしょうか?」

 秋無の熱弁にやはり相容れない存在だと勝梨は判断した。

 同じ空気を吸いたくもない……!

 勝梨はすぐさま本題に入った。

「今日、ここにあなたを呼び出した理由なんですが……」

「ええ。あなたもキャルールちゃんのためにクラウドファンドをされているんですね。」

 同志に出会えたと勘違いしているのだろうか秋無は満面の笑みを浮かべる。

 俺はお前とは相容れないよ、俺はキャルールの熱愛、ファンに対する裏切りが許せないんだよ……!

 その笑みに吐き気を覚えた勝梨は顔に出さないよう堪えながら話を続ける。

「あなたに私が集めた三十万円を渡したいと思います。」

 秋無は驚いて思わず立ち上がった。

 椅子が倒れる大きな音に周りの視線を集めてしまい、秋無は照れ隠ししながら静かに席についた。

「しかし、単に銀行口座に振り込むだけなんて味気ないと思いませんか?」

 秋無は勝梨の真意が読めず首をかしげた。

「キャルールちゃんのデビューした場所はご存じですか?」

「武道館ですか?」

 これだから新参者はと毒気づくも勝梨はグッと堪える。

「昔のファンの間では有名な話ですが、彼女は元々ストリートミュージシャンをしていましてね。東京郊外のこの公園で午後八時、ギターを片手に語り引きしたのが彼女の初デビューなのです。」

 勝梨が秋無に見せたスマートフォンの地図アプリがとある公園を指し示していた。

 初めて知った秋無は「そうなんですね。」と感嘆の声を漏らしていた。

「そこでどうでしょう?彼女の初デビューの地で私たちが集めた支援金でキャルールちゃんの復帰祈願をするのです。公園なので賽銭はありませんが、キャルールちゃんをデビューに導いた公園にいる神様に支援金を奉納すると言うのはいかがでしょう?」

「それ!良いですね!」

 秋無は飛び上がって勝梨と握手を交わした。単純な男だと勝梨は呆れていた。



 前払い金の支払期限まであと一日と迫った夜、キャルールの初デビューの地である公園で秋無は手提げ袋を掲げて一人で待っていた。東京の郊外で人通りも少なく、公園の中央の明かりの下で勝梨が来るのをひたすら待っていた。

 秋無は腕時計に目を通した。時刻は午後八時の十分前だ。その視界の先には手提げ袋に積まれた六十万近くの大金が映った。

「お待たせしました。」

 暗がりの向こうからジャンパー姿の勝梨が姿を現した。右手には百貨店の手提げ袋が握られていた。

「こんな真っ暗な所からキャルールちゃんの全てが始まったんですね。」

 秋無はしみじみとため息をつきながら人通りの少ない公園を見渡した。

「人通りも少なくてデビュー場所を間違えたとキャルールちゃんは語っていましたけどね……。」

「フフフ……、実に天然な彼女らしいですね。」

 秋無はにこにこと微笑む。

 これから起こることも知らないくせにのんきな奴だと勝梨は内心ほくそ笑んだ。

「では、この明かりの下で手を合わせましょうか?」

 勝梨の提案に二人は明かりの下に手提げ袋を置いた。合わせて百万円が目の前にある。

「キャルールちゃんのこれからの活躍を祈願しましょう!」

 二人は手を二回叩いて目を閉じて祈願する。

 勝梨はうっすらと目を開けると、目を閉じて祈り続ける秋無の姿を確認する。

 男はジャンパーのポケットに手を入れるとスタンガンを取り出した。ただのスタンガンではなく人を気絶させるには十分な電力を誇る改造スタンガンを握りしめ、ゆっくりと足音を立てることなく秋無の背後に回り込む

「百万円は全部俺のものだ!」

 早くなる鼓動を押さえながら勝梨は慎重に忍び寄る。

 荒くなる息づかいが聞こえる位置に近づいても秋無は目を閉じていた。

 口角をつり上げ、勝梨はスタンガンを振り上げた。



 視界が一瞬にして歪み、男は地に伏した。

「なぜ……」

 手提げ袋に伸びる男の手が蹴り飛ばされた。

「なぜかって?」

 男は見下ろしながら言葉を続けた。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」



 ()()()()()()()()()()()()

 その視界が次第に真っ赤に染まっていく。

「早く行きましょう。」

 秋無とは別の野太い声が聞こえてくる。暗がりに秋無の味方がもう一人隠れていたらしい。考えることは同じだったかと後悔の念が押し寄せる。

 次第に二つの足音が遠のいていく。

 意識が朦朧とする中、一つの足音がこちらに近づいて来た。

 途切れていく意識の中、公園を根城にする浮浪者だろうかと勝梨は思いを馳せる。

「勝梨さん、百万円の前払い金は集まりましたか?」

 少女のものと思しき声だった。

 勝梨は聞き覚えがある声すら、もはや判別がつかないほどに意識が混濁していた。

「明日までに支払いが確認できなかったら、契約破棄と見なしますからね?頑張って下さいね?」



「GAME OVER」

少女の呟きを最後に男の意識が途絶えた。




「……東京都……区の公園で……倒れているのが発見……ました。……警察の……によると……の男性は無職……勝梨……ザザッ!」

「ツヅキ!新しいテレビ買い直そうよぉ!」

 ツヅキがオフィスのテレビを叩いて復旧を試みていた。

 しかし、途切れ途切れだった音声が聞こえなくなり、ついに画面も真っ黒になってしまった。

「仕方ありませんね。今週末にテレビを買いに行きましょうか?」

「やったぁ!ツヅキとデートだ!デート!」

「テレビを買いに行くだけですよ。」

「夫婦で一緒に日用品を買いに行くのを人はデートって呼ぶんだよ!」

 一人で勝手にはしゃぐ死花を無視して、ツヅキはテレビのコンセントを抜いた。

 それと同時にドアがノックされる。

 立ち上がったツヅキが扉を開けると、高級スーツを身に纏った銀髪の壮年の男性が姿を現した。

「いらっしゃいませ。火無(ひなし)様。」

「こちらが制作料の百万円です。お受け取り下さい。」

 火無と呼ばれた男はジュラルミンケースをツヅキに渡した。ツヅキはジュラルミンケースをしっかりと握りしめて深く頷いた。



「お任せ下さい!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」



「ありがとね!火無プロデューサー!」

 百万円を受け取ったツヅキの後ろから死花が駆け寄ってきた。

「死花さんですね。今日も若くてお美しいですね。」

 火無プロデューサーのお世辞に死花は顔を赤らめていた。その様子を見ていた火無は思わず笑いをこぼしていた。死花はツヅキが持っているケースに視線を戻すと、感嘆の声を上げた。

「今をときめくアイドルグループ八重(はじゅう)のプロデューサーなら百万円なんてすぐに調達できるんですね!」

 死花の賞賛に火無プロデューサーは首を横に振った。

「それは私のせがれが用意したんですよ。」

 その言葉に首をかしげる二人を余所に火無は話を続けた。

「せがれはキャルールの熱烈なファンでしてね。彼女の熱愛報道に何かできることはないかってしつこく聞いてくるから、何もないと断ったんですよ。けれどある日、息子がこれを使ってくれって百万円を用意してきました。息子の行動力には驚かされてばかりですよ。」

 将来安泰だと高笑いする火無プロデューサーの目の前で、死花とツヅキは互いに顔を見合わせた。

「息子さんのお名前は何と言うんですか?」

 死花の問いに火無は答えた。

繁昌(はんじょう)と言います。火無繁昌(ひなしはんじょう)です。良い名前だと思いませんか?」

「すごく素敵な名前だと思います。」

 あどけない少女の明るい声が古びたオフィスに響き渡った。

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