0話 ダイナミック退職
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「ゴフッッ!!ミラ・イリュジオン、貴様……私に何をした!?」
目の前にいる主様は背中に大穴が空いていた。僕は突きだした右腕をゆっくりと引き抜くと主様はたたらをふみ、心做しか目も虚ろになっている。
「いや〜?主様は疲れてるだろうから、僕が特別に安眠マッサージをって思ってね?あ、忘れてた、これ、退職届けね、僕以外の神様100人分の名前が書いてあるから、目が覚めたら確認しといてね〜?」
「待て……許さんぞ……我ら神族がこの世界を円滑に運用しなければならんのだ。その中でもお前が抜けられると…」
「……魂の選定と〜転生先の割り当てと〜英雄の神化と魔神の監視、ステータスの管理の手伝い、その他もろもろ。さすがに僕一人じゃ限界があるよ〜。僕の仕事、最初は夢の管理だけだったのにさー?」
僕はふわふわと浮遊している枕。いわゆる人(僕は神だけど)をダメにするクッションに抱きつきながら、右腕を裾で拭いている。ああ、これも抱き心地はいいけど、僕の神器程じゃない。こいつに神器を見せたくないから不意打ちで勝てて良かった。
「だから辞めるというのか!その程度でか!?!?お前が生まれた時はもっと真面目にやっていたではないか、そんなお前が今更辞めると言っても、もう…おそ……い……!!」
「あ〜うるさいうるさい。もう寝てていいよ。あとは自由にやるから」
僕は主様の眼を上から下へと撫で下ろしていく。あともう少しで主様…いや、目の前の最上位神は眠ってしまうだろう。
「グッ!!……ただで死ぬと思うなよ……食らうがいい!!《魂成》《転移》」
「うわっ〜面倒臭いことしてくれたね〜主様」
僕の体が少しづつ崩れていく。まあ…眠れるのなら大丈夫かな?
「我が起きたら覚えていろ……必ず、必ず貴様を輪廻の輪にも還られぬようにしてやる………」
「………それは無理だね、もしまた主様が起きたらその時は、僕達100人で今度こそ倒すからね。僕は僕の眠りを妨げる存在を赦さない……ってもう聴こえてないか」
………
……
…
まずはどうしてこうなっちゃったのか説明しようかな、そうだね、あれは数百年前。
「ふぁ〜……仕事が多いな〜」
僕の名前はミラ。ミラ・イリュジオン。しがない神様だよ。僕は今、目の前のデスクに突っ伏しながら、何度目かも分からない惰眠を貪ろうとしている。僕は微睡んでいる時が一番好きなんだ。眠りを管理しているからかな?
「ミラ、寝たらだめだからな」
「(おやすみなさ〜い)」
「おい、念話で話すな、起きろ。そして服を着て仕事をしろ」
「それは無理だね〜?裸でひんやりしたものに抱きつきながら寝るのが好きなんだよ僕は」
この僕の目の前にいる光も通さない綺麗な黒色の髪を持つ神は僕の数少ない部下兼友達、ルナ・リュクシオン、そして僕はルナの教育係として任命されて、ここ何百年か一緒にやっている。ただ……
「……優秀すぎて、ねぇ?」
「?、なにかいったか」
「いや〜?上司より優秀な部下をもててうれしいなー、なんて思っただけだよ?」
「そんなことより早く俺が選別した書類にサインしてくれ早く仕事を清掃たいんだ」
生まれて間もない神様を育てる仕事が、まさか僕が逆に説教される立場になるなんてね〜これじゃどっちか上司か分からないというのは周りから散々言われている。耳が痛いよ。
「もう少し溜まったらね〜」
ルナは破壊と清掃の神という久々の掛け持ち神だ。
掛け持ちの神様は大体は最初から掛け持ちなんだけど、ルナはちょっと訳ありなんだよね。試しに聞いてみよう。
「ねールナー、破壊衝動が来たのはいつ〜?」
「お前が仕事しない日ならいつでも」
その間もルナは書類を処理し続けている。僕の認可がないとダメな書類だけこちらに回すように言ってあるからね、忙しそう。
「真面目に聞いてるんだけど〜?」
先程まで嵐のような速度で動いていたがピタリ、と止まり。眼をマッサージしながら僕の質問に答える。
「……はぁ、破壊衝動はここ数百年来ていない。俺は二代目だ、破壊衝動も初代よりは薄れている、はずだ」
つまりどういうことかと言うと、先代の破壊神は問題点が多すぎたんだよね。だから、なんやかんやして神様達と地上の人間達で1回倒して、創り直された。それで出来たのがこの子。
「先代に比べたら可愛いもんだよ」
「……可愛い、か。何故か分からないが言われると複雑な気持ちがするな?」
「君もまた人間に近づいたってことなんじゃない?」
「そうか……それはそうとして」
夢の世界に逃げようとしてた僕の肩をルナががっしりと掴んできた。ルナはその万力のような力を少しづつ強めていく。
「いたたたた!女の子だよ僕は!そんな威力で掴んだら僕の華奢な体が折れちゃうよ!」
「仕事から逃げようとするな。ミラ、お前は俺より強い。強いということは俺より仕事が出来るはずだ。早く終わらせるんだ。弱いふりをするな」
「ルナ、その理屈はおかしいからね〜?」
僕は掴んできたルナを振り払いながら仕事から逃げる日々を送っていた。こんな日々がもう少し続いたらいいな〜、なんてね?
……この事件がなかったら、僕も主様を殺そうなんて思わなかっただろうな〜
「(おい、ミラ・イリュジオン!聴こえるか!?まずいことが起きたぞ!早く中央に飛んでこい!)」
僕は頭の中に響くその声を聞いて直ぐに脱いでいた服を着る。
「リュクシオン、少し用事が出来た、行ってくる。ああ仕事は寝てる時に終わらせておいたから、君が僕を止める理由はないよね?」
ルナは僕のサイン待ちの書類を即座に確認すると、嘆息した。
「普段からその速さでやって欲しいんだが?」
「それは無理だね」
僕の体が浮遊感を感じたが、それも一瞬。僕は目の前の大きな城塞を見て目を細める。
「ここは光が多すぎて目がちかちかして嫌いだな〜」
「いた!ミラ、こっちだ!」
「やっぱりレックス君か、どうしたの?僕の予知夢には今日は大丈夫だって視たんだけど」
まあこれは、僕に危険が迫ってないかどうかしかわかんないんだけど。飴色の髪の毛を邪魔にならないように切っている目の前の神様はレックス、運搬の神だ。この子は僕より小さい体なのに色んな神様と交流している。羨ましい。
「まあそんなどうでもいいことは置いといて、どうしたの?また魔神達が癇癪起こして街でも破壊されたの?それとも新しい神殺しでも生まれた?」
そういう被害を修復させられるのは基本的に鍛冶の神と家の神、そして僕だ。今回もそういうものだろうと眠りたくなる気持ちを少し抑えて、レックスを見る。
「…….城門の入口見てみろ」
「……は?」
城門周辺が騒がしい。よく目を凝らすと僕の部下達が惨い姿で地面に転がっている。直ぐに目を閉じて、開ける。僕の体が一瞬で部下達の元に跳んだ。僕は周りの神達を無視して、部下達の傷を治そうとしたが、効果が無い。
「僕の力が阻害されてる。と、言うことは…」
「その通りだミラ、魔神共にやられた。今朝俺が納入の報告をしようとここに来た時は既に…」
近くに飛んできたレックスは翼を身体の中に収納しながら、僕に説明してくれた。
「……そう」
僕はまだかろうじて息がある部下の近くに行き、口の近くに耳を近づける。部下はもう助からない。僕の能力が効かないんだ、医療の神もいない今、僕の部下達が助かる可能性は無い。
「ゆっくりでいいから、何があったか言ってくれないかい?」
僕の部下であるナナがゆっくりと、口を開く。
「イリュジオン様が、言った通り、魔神の王は、最高神と共謀して、いました。最高神と会話しているところを私達が見てしまい、口封じに…」
「そっか…ありがとね……ごめんね、助けられなくて。」
僕が涙を流しながらナナの頭を撫でる。白金の髪の毛は、僕の指を避けるかのようにサラサラで、綺麗だった。ナナは手足が光となりながらも、微笑みながら僕の涙を拭う。
「……死ぬ前に、一つだけ、わがままを言ってもいい、ですか?」
「なんでも言ってよ、君の夢を叶えることなんか、朝飯前さ!」
僕は気丈に振る舞いながら笑う。
「………私達を、神器の素材に使ってください、貴方様は、それを嫌って神器を強化しなかった。だから私達は貴方様を慕っておりました。ですが、貴方が倒すべき神は、神器を強化しないと、今の貴方では勝てないでしょうから………」
ナナはそういった後、光となって魂だけになった。僕が返事をする前に消えちゃってさ、ほんと、勝手な部下なんだから。
「……いいよ、それが君達の夢なら、僕が叶えないといけない、僕は、眠りの神なんだから」
----『神器召喚』----
僕の手元に神器が現れる。その形は、現代で言うところの四角いクッションのようだ。
何処からか、音楽が鳴っている。その音色は聴いたものを眠りへと誘う絶対の歌。だが、今はその音色を聞いている周りの神は眠りの神を嘲笑うだけで、誰一人として眠ってはいない。
……そう、僕は眠りの神、ついた二つ名は
『神ならざる神』
「……『神器強化』」
僕は四角いクッションを光になった部下達の上空にふわふわと浮き上がり、部下達の魂が神器に吸い込まれていく、その魂たちは僕は何故か、喜んでいるように見えた。
「約束する。絶対に僕は君達の仇をとるから」
………
……
…
これが僕が、主を倒した理由。僕は魂だけの状態になっちゃってるけど、忘れてなかったので安心した。結局は、封印しか出来なかったけどね。
「いや、そんなことは忘れよっと。せっかく魂のまま転移させられて、地上の世界に来ちゃったんだから、まずそれをどうにかしないとね?うーんまずどうしたらいいんだろう?」
僕は今、地上の都市をはるか上空から眺めている。この後どうしよっかなーと考えていると僕の魂が何処かに引っ張られているような感覚がする、その感覚を頼りにふよふよと漂って行くと、ある人組の夫婦が目に止まった、なんてことはない。どこにでもいる普通の夫婦だ。
「強いていえば、周りの人達より身なりがすこし上等ってとこかな?」
僕は何故かは分からないがこの夫婦から目がそらせない。正確にはその母親が抱く赤子に目が逸らせなくなっていた。気になったし、やることも無いのでそのまま僕は夫婦について行くことにした。今の僕に耳はないので、雰囲気しか分からないが、その雰囲気は心地のいいものだ。僕がそのままついて行くと、ある場所に着いた。
「ってここ…神殿じゃん」
僕の今の状況は魂だけの状態で地上の神殿にいる。神殿の室内は暑くも寒くもなく、神官の人達が信者の人達に何かを教えている。まあ僕は、耳もないし、感覚もないから温度なんてわかんないんだけどね!その夫婦が司教っぽい人に何かを言われると、夫婦と赤ちゃんが薄い光に包まれた。その瞬間に僕は気が付いた。
「なるほどね〜、なーんで僕が目を離せなくなってるのか分かった。君は僕の魂と相性がいいんだね。そりゃ目が離せなくよるよね」
つまり、僕とこの夫婦のお腹にいる子供との相性がかなりいいってことだ。
神に愛された子供が生まれることはかなり珍しい。神に愛された子供は、その神様の恩恵を受けたり、稀に声(神殿が言うに神託)が聞こえることもある。だが、今の状態のミラに合う子どもがいることは普通は有り得ない
「でも、現に僕がこの子の助けになりたいって思わせるぐらい相性が良いみたいだねー………うーん、僕はこの子に一目惚れしたみたいだね、よし!やることも無かったし、いっちょこの子が死ぬまで見守って見ようかな!善は急げだ。まずこの子の体にお邪魔してっと」
僕が赤子の体に吸い込まれていくと、そこで僕の意識が途切れた。
「な!?…………いま、何が起きたんだ?クリュエル、何かしたのか?」
男はクリュエルと呼ばれる女性を目を見開きながら見つめている。
「私は光魔法使ってないわよ?アルディがなにかした訳じゃないの?」
クリュエルはアルディを見つめながら、またいつもの様になにかしたのかと邪推していた。
「いやいや!こんな神聖な場所でふざけたりしないよ!流石に分かってるからね!?」
「………なんてことだ」
「どうだか……司教様、何がおっしゃいました?」
クリュエルがアルディから司教の方に目を向けると司教は顔を青ざめさせながら私たちの子供に信じられないような目を向けている。
「あのー?スリジエがどうかしました?」
アルディが司教の様子に気づき、心配していると司教がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「『神は我らを見ている、時に空から、時に地から、時に海から、時に人から』つまり、そういうことなのですね、主よ」
「どうしたのかしら?アルディ、司教様が急におかしくなりだしたのだけど?」
「ダメだよクリュエル、目の前でそんなこと言ったら」
アルディがスリジエを窘めていると、司教様が呟く。
「この子は『神子』……いや、『神の依代』だ」
「………だめだわアルディ、やっぱりこの人頭がおかしくなってるわ、私のスリジエが神の子、ましてや神の依代だなんて、気が狂いだしたのかしら?」
「だめだって!もし本当のことだとしても、それを司教様の目の前で言ってはいけないよ!」
あなたのその言い方もどうなのかしら、とクリュエルは思いながら司教に目を向け、さっきの言葉の意味を聞こうとした。
「あのーつまりどういうことなのですか、司教様」
「この子……スリジエと言ったか、その子の体に今、二つの魂が入っているのが見えた。一つはその子は白く、透明で穢れが一切ないスリジエ自身の魂、そしてもうひとつは……」
「もうひとつは……?」
アルディが心配そうに次の言葉に耳を傾ける。もう、アルディは心配症なんだから…とは言っても私もなのだけれど。
「もう一つは神の魂、今は落ち着いているが、力強く、そしてスリジエの魂を包み込むように定着している……こんなことは20年以上司教をやっていた私は知らない…………いや、いや違う!その子が普通の子供なのに神の依代というのは前代未聞だが、ちょっと待ってくれ!!確かここに文献が!!………あった!ここだ!『魔王が生まれし時、勇者もまた現る。勇者は悪を滅し、神に好かれる運命にあり、その魂は穢れなき白く透明な魂であり、それを持つものは、勇者の資格がある』文献通りだ!これは凄い!ああ、主よ!私はこの時のために産まれたのですね、感謝致します!!!」
信者達が引く中、司教様はそんなのお構い無しとばかり地面の上で悶絶しながら両手を組んで祈っている。
「ねえアル、この人ぶん殴ってもいいかしら、言っている意味もわからないことだし」
アルディは不味いと思いながらだいている赤子を僕に押し付けながら拳を握りしめているクリュエルを抑える。
「待てエル!!司教様はこう言ってるんだ、俺達の子供は神に祝福されている凄い子だって!!」
素の言葉が出ているのも気づかずアルディはクリュエルを止める、いつの間にか起きていたスリジエはぽかんとした後、笑いながら僕達に手を伸ばしている。
「あら、そういうことなの……それだったら、別に嫌な事でもないのだし、いいのかしら?」
「そ、そうだ、だから早く行こう、周りの目が辛くなってきたんだ」
「ふーん、まあそれはいいのだけど、素のアルが出ちゃってるわよ、気をつけないと」
「ああ、分かった……分かったよ」
クリュエルはアルディが言った『祝福されている子供』の部分を何度も呟きながら満足そうに神殿から出ていく。アルディは周りの信者達に謝りながら。居心地悪そうに、神殿を出ていく。
「はぁ…スリジエがどんな子供になるのか心配だよ」
アルディは自分の指をつかみながら笑っているスリジエを見て、少し笑いながらクリュエルの後に付いていった。