海を見に行く
初めて文章書いたのでお手柔らかにお願いします。
「ねえ、そろそろ着くよ。」
隣で暇をもてあましていた少女に声を掛けられ微睡みの中からゆっくりと覚醒する。
「ん、おはよう。」
「おはよ、て言っても30分くらいだけどね。」
バスの乗客は常連らしき人がぽつりぽつりといるだけで、平日の昼時に少女が2人乗っているのが珍しいのか、乗り込む際にこちらを一瞥してくるが、すぐに誰もいないかのように視線をそらし席に着いている。
「わ、海だ。初めて見たねぇ。」
目覚めた少女は窓から見えた小さな海岸に、眠そうな目を少し見開いて興奮している。
「そうだね、ここからでも見えなくなるくらい遠くまで続いてる。本当に大きいんだ。」
そんな会話をしているとバスが停車する。年老いた乗客がゆっくりと乗り込む傍を、少女達はすりぬけて降車する。それを気に留める者はいない。
「わ、わ、本当に地面がさらさらしてるねぇ。」
「気をつけないと転んじゃいそう。」
長閑な山あいの村にある小さな海岸だが、2人にとっては初めての海、平日の昼過ぎだからか周りに見える人影もなく、太陽と海に乱反射した光だけが少女達を照らしている。
「ね、ユキちゃん、来てよかったでしょ?」
波打ち際に立ち、眠たげな目を細めて嬉しそうに言う。
「そうだねー、誰かさんが寝てるところを無理矢理連れ出さなければもっとよかったかもね。」
「えへ。」
同じく隣で初めての波を楽しみ、いたずらっぽく返す。しかし満更でも無いのが声色でわかり、思わず笑ってしまう。
「でも珍しいよね、いっつも昼過ぎまでぐーたら寝てるのに。」
「まあ、たまにはねぇ。」
しばらく浜辺を堪能し、近くにあった小さな木造の売店を覗く。
「あ、これにしよぉ」
「またアイスバーなんだね、冷たいものばっかりだとお腹壊しちゃうよ。」
「だいじょぶだいじょぶ、もうそんな身体じゃないからねぇ。」
カウンターに座っているお婆さんは店内で話し合う少女達には気付いたそぶりもなく、テレビを観ている。
少女達はカウンターに小銭をじゃらじゃらと置いて店を出ると、近くの防波堤に並んで座り、先程買ったアイスとお菓子を開ける。
「うーん、潮風っていうのかな、不思議な匂いがするねぇ。」
「海ってそういうものだからね。」
「お互い初めてのくせに。」
「ふふっ。」
くすくすと笑い合い、お互いに食べ終わったアイスとお菓子の袋を売店へと捨てに行く。店内を覗くと変わらず少女達の置いた小銭に気付かずテレビを観るお婆さんが座っていた。
「ね、まだ時間あるし海じゃないところも見ようよ。」
「うん、そういうと思ってました。帰りのバスまでまだ時間あるし、探検しよっか。」
バスの時刻表とテレビの時間を確認し、そう答えると2人は海と反対の方向へと並んで歩く。
入り組んだ路地、と言っても建物自体も少ないためそうでもないが、2人は当てもなく舗装された道をぶらつく。
「あ、猫。」
「好きだねー、猫。」
とてとてと猫に近付いて猫の喉をカリカリと撫でる。猫は人に慣れているのか警戒するそぶりもなく、ふてぶてしくされるがままになっている。
「うん、名前も一緒だしねぇ。」
「いつも寝てるところもいっしょ。」
「夕方はいつも起きてるよ?」
「そーいうところ!」
そんな2人に呆れたかのように、不意に大人しく撫でられていた猫がその場を離れる。少女も満足はしていたのか「行っちゃった」と特に残念がることもなく猫を見送った。
「寝子はさ、なんで急に海が見たいなんて言い出したの?」
再び何処を目指すでもなく道を歩いていると唐突に口を開く。
「んー?向こうに海があるらしい、じゃあ見に行こう!みたいな?」
「いつもの気まぐれだね。一応聞いたけど変わんないねー。」
わかりきっていた答えにくすくすと笑いながら取り留めもない会話をする。
「でも。」
「?」
不意に立ち止まって傾き始めた空を眺めた後、少女は眠たげな目でこちらを見る。
「今日海に出かけたら、なんでもない日だけど、きっといつまでもこの日の事を思い出せそうだなぁって。」
目を凝らさないとわからないような微笑みを少女へ向ける。
「…またそーいう不思議なこと言うんだから…」
「えー、いい事言えたって思ったのにねぇ」
そっぽを向いて歩き出す少女と、どこか満足げな声音が後ろをついて行く。
「ま、いっか。寝子の面倒をみるのはずっと私なんだし。たまにはわがままも聞いてあげないとね。」
「いつも聞いてほしいなぁ。」
海沿いの道へ戻ると、海の上に赤みがかった太陽が見えた。
バス停にはバスを待つ老人が一人、やはりこちらへは目もくれない。
「だーめ、そしたら食べて寝るだけの牛さんになっちゃうでしょ。」
「ねこだもーん。」
バス停に並び、そんな軽口を叩きながらくすくすと笑い合う。
バスの到着まであと数分。