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99.逆境と資格

 宗谷の転移魔法(アポート)により、青銅の魔兵(ブロンズデーモン)に囲まれて窮地にあった少女を、間一髪の処で逃す事に成功した。

 その榛色(ヘーゼル)の髪の少女は、背は低く、まだ齢十に満たなさそうな程の幼い少女だった。顔や服は漂う(すす)により薄汚れ、煙の臭いが染みつき、靴も泥に塗れてぼろぼろになっている。

 彼女は自身に何が起きたのかわからず、宗谷に抱きかかえられたまま、目を大きく見開き、呆気にとられた表情を浮かべていた。


「遅れて済まなかった」


「あっ……あの……」

 

 宗谷は簡潔に謝罪すると同時に、目を細めて作り笑いを浮かべたが、少女の表情には困惑しか見えなかった。リンゲンは悪魔の手によって廃墟と化し、少女自身がたった今、殺されようとしていたのだから、無理もない事である。

 その怯えには、きっと不信感もあるのだろう。『怪しい者ではない』と、主張するには説得力の無い身なりである。勇者然とした見栄えのする恰好なら、あるいはミアがいてくれたら、ここまで警戒されなかったかもしれない。

 だが、今そのような些末な事を気にしている場合ではなかった。


「シャミル、彼女を連れて逃げろ」


 宗谷は名も知らない少女をシャミルに預けた。少し足を痛そうにしていたが、神聖術の使い手がいない今、我慢してもらう他はなかった。

 勿論、切った布で応急処置を施せるような状況にもない。五体の青銅の魔兵(ブロンズデーモン)の群れが、此方の様子に気付いたからである。

 距離にして二十メートル程。後十カウントでもすれば、接敵する間合いである。


(マスター)は!?」


殿(しんがり)が要る。迷うな。絶対に守れ」


「はっ……御無事で! お嬢様、失礼を!」

 

「あっ!」

 

 シャミルは足を怪我をしている榛色(ヘーゼル)の髪の少女を抱きかかえると、元来た道を死に物狂いで引き返し始めた。

 足が遅いわけではないが、人一人抱きかかえての高速移動は限界がある。体力的にずっと抱えたまま速度を維持するのは難しく、いずれ追いつかれる可能性が高いだろう。

 ──やはり、ここで足止めが必要である。宗谷は攻撃動作を行う五体の青銅の魔兵(ブロンズデーモン)と対峙した。


青銅の魔兵(ブロンズデーモン)五体。──昔の僕なら、どうとでもなった筈だ。何を恐れている)

 

 大爆発を巻き起こす厄介な剣もあるが、それを含めても、恐れることは無いはずだった。宗谷には女神エリスの加護がある。一度なら完全回復を齎す再生が可能なのだから。

 白銀のレイなら自死まで計算に入れて戦い、そして女神の庭園から出戻って来るだろう。

 だが、宗谷はその戦術に対し、強い抵抗があった。

 

 やはり六英雄の一人と称された、白銀のレイに遠く及ばない。

 二十年の平穏が齎した空白(ブランク)によるものか、英雄を目指そうとする覚悟によるものか、若さゆえの攻撃的な持ち味が薄れてしまったのか。

 知られたくない恥ずべき過去、それ以前の問題である。まず名乗り上げて良いだけの資格が無い。

 勿論、宗谷が手を抜いているわけではない。申し分ないと呼べるくらいには実力の発揮は出来ている筈である。白銀のレイという少年が、潜在能力の全てを驚異的な水準で発揮し続けていたに過ぎない。

 あらゆる攻略の為に余念がなかったその在り様と、持てる手駒を最良に使いこなす為の高い意識。それはガチ勢とでも形容するべきものだったのだろう。

 あの領域まで、歳を重ねた自分がどこまで近づけるのか。実践を積み重ねて勘を取り戻すしかない。

 

『──開け』

  

 宗谷は異次元箱ディメンションボックスから、魔銀(ミスリル)で出来た洋刀(サーベル)を取り出し、身構えた。

 五体の内、三体の青銅の魔兵(ブロンズデーモン)は赤黒い剣を構えて前進、もうニ体の青銅の魔兵(ブロンズデーモン)は、魔術の詠唱を始めていた。戦闘は既に始まっている。

 

【【――魔ノ蛇ヨ、目標ヲ追尾シ喰ライ付ケ。『追尾魔力弾ホーミングミサイル』】】

 

 後方に陣取るニ体の青銅の魔兵(ブロンズデーモン)達が選んだ魔術は、追尾魔力弾ホーミングミサイルであった。

 一体がそれぞれ四発、計八発の魔弾が宗谷に向け、うねるような軌道を描き、牙を剥く。


「──あらゆる魔は、魔によって霧散する。『魔法拒絶(アンティマジック)』」

 

 歪曲しながら飛来する魔弾が、身体に喰らい付く寸前に、宗谷の選んだ魔術は完成した。

 八発全ての魔弾は、着弾寸前で淡い霧のように霧散していく。

 

魔法拒絶(アンティマジック)。援護が期待出来ない局面なら、効果覿面だ)


 身に降りかかる、あらゆる魔法の拒絶を行う魔術。それは、援護魔法や回復魔法も対象となる諸刃の剣であり、使いどころが難しい魔術であったが、一人戦う今の状況なら打ってつけであった。

 だが、魔術によって隠れたり、飛行して逃げたりすることも、魔法拒絶(アンティマジック)の効力が切れるまでは不可能である。それは、自ら退路を断った、背水の陣とも呼べるものかもしれない。

 

 魔術の効果が打ち消されたのを見て判断したのだろう。後方から追尾魔力弾ホーミングミサイルを放ったニ体も、接近戦を挑む為に、赤黒い剣を構えながら近づいて来ている。

 これで一対五の集団戦となる。宗谷はミアと出会った草原で、野盗と対峙した事を思い出していた。

 違いは、あの時は野盗集団であり、今回は『色付き』と呼ばれる青銅の魔兵(ブロンズデーモン)である。


「ははっ」


 宗谷は頬を歪め、不敵に笑った。逆境になると浮かび上がる悪癖。そして、その逆境こそ自分が最も力を発揮出来る事を宗谷は知っている。

 普段平穏を望むのは、このような逆境を、深い部分で好む事を知っているからかもしれない。この事をメリルゥが聞いたら、きっと怒るだろう。


「──さて、接近戦と行こうじゃないか」




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