98.廃墟と化した街で
恐慌状態に陥りかけていたシャミルは、今は落ち着きを取り戻していたが、街の惨状も影響しているのだろう──以前のような快活な様子は無かった。
「打ち果たすには組織の力がいる。だが、これまでも、どうにもならなかったのだろう。──移動と殺戮を繰り返す、神出鬼没の悪魔か。想像以上に厄介だな。これではまるで天災だ」
強大な力を持っていても、果敢に挑んでくるような猪武者や、迷宮最奥で鎮座し動かない領主気取りなら、攻略方法が思いつかないわけでは無い。
徹底的に分析して対策を張れば良い。かつて白銀のレイという少年は、そういった事を滅法得意とし、仲間からも、えげつなさに引かれる事も度々あった。
だが、今回の相手は果実をもぎ取った後に、狡猾に行方をくらませる。彷徨い歩く怪物相手に、万全の態勢を整える事は困難と言わざるを得なかった。
そして、重大な懸念があった。魔王化の兆候。時が経てば、いずれ歯が立たなくなる可能性が高い。やがてイルシュタットのような大都市が生贄に選ばれて、陥落した時は、いよいよ世界の危機となるかもしれない。
(──女神の言う世界の危機か。この事態ならそうとも取れるが。きっと、他にあるのだろうな)
あの女神の関わる事は、いつだって想像の範疇を軽く超えてくる。
白銀の魔将を相打ちで撃破した際、三十点の辛口レビューをされた事を思い出し、宗谷は目を細め、溜め息をついた。
◇
「まだ残党が残っているとは。捨て駒でしょうか」
そう呟きながら、血塗られたダガーを拭うシャミルの目の前では、心臓を一突きされた青銅の魔兵が立ったまま絶命していた。
探索の最中、一体の青銅の魔兵が彷徨い歩くのを発見し、宗谷とシャミルの連係攻撃で仕留めたものである。
赤角により恐慌状態に陥り、精神的な影響が心配だったが、シャミルの動きは相変わらず冴え渡っている。青銅の魔兵一体であれば、刃が鈍ることも無さそうだった。
問題の赤黒い剣も、シャミルの炎精霊送還により、無事、炎精霊を解放し事なきを得ている。道中の予行練習が活きた結果となった。
「あの巨体だ。群れれば存在を気取られる。もし置き去りにされたなら、まだ街に悪魔が潜んでるかもしれない」
「要警戒ですね。救援で司祭が来てくれるとありがたいです。放置しておくと、遺体が死者に転じる可能性がありそうだ」
シャミルが先程の戦闘で手の甲をかすめたらしく、血を舐めていた。
かすり傷のようだが、いずれどちらかが軽くない怪我した場合は、癒し手の力が必要になる。
神官であるミアを連れてくる選択肢もあったが、連れてこなくて良かったとはっきり断言できた。心の強い気丈な少女だが、今回はあまりにも質が違う。
特にあの赤角の捕食の光景は刺激が強すぎた。猫妖精のシャミルでさえ、恐慌状態に陥るくらいである。
「タットくんが、救援を呼んできてくれる事を祈ろう」
宗谷は降りしきる雷雨の中を駆けた、勇気ある草妖精の少年の顔を思い出した。無事到達しててくれれば、数時間後には、この街まで辿り着いてくれるかもしれない。
◇
夕暮れまで探索を続けたが、生存者を見つける事は出来なかった。
まだ半分以上の区画を捜索出来ていないが、日が傾き視界も悪くなりつつある。小休止が必要な局面かもしれない。
「破滅神の文様か。……やはり、リンゲンの住人を生贄に使っているな」
代わりに推理の裏付けとなる証拠のようなものが、リンゲンの街のそこら中から見つかっている。黒眼鏡の翻訳の機能により、破滅神の暗黒文字の断片が街中で発見する事が出来た。
「何を目的に、生け贄をしたのでしょう」
「異界門だ。破滅神の信奉者が得意とする暗黒術。通常は小悪魔、せいぜい青銅の魔兵が潜り抜ける強度が限界だが」
宗谷は以前に古砦で、破滅神の闇司祭が勇者ランディと自らの命を代償に、白銀の魔将を召喚した時の事を思い出していた。
異界門の強度は、破滅神に捧げた生贄の魂の質と量に比例し、白銀の魔将を引き寄せる為の門の強度を保つには、多大な生け贄が必要となる。
「リンゲンの住人、それに加えて何を生け贄にしたかはわからないが。全ては白銀の魔将を──」
「主、声がします! 女の子だ」
突然シャミルが宗谷の言葉を大声で遮った。猫耳がぴくりと動いている。
そして、明後日の方向──探索を終えていない区画に向けて全力で走り始めた。宗谷も身を翻してそれを追う。
すぐさまシャミルから使い魔による聴覚共有を受けると、宗谷にもはっきりと声が聞こえた。
『……助けて。足が……うう……痛い……怖い』
それは危機的状況を伝える、少女の声。怪我をしているのは間違いない。
だが、それだけでは無い様子だった。嫌な予感がする。
「シャミル、よくやった」
「今まで聞こえてなかったのですが、女の子が一度だけ大声を出したので。……ただ、これはまずい状況かもしれない」
やがて二人は、足を怪我して倒れている少女を視界に捉えた。
そして同時に映る異質なもの。少女は、赤黒い剣で武装する青銅の魔兵に取り囲まれていた。その数は五体。
「ああ……まだ、こんなに潜んでいたのか」
シャミルが急ブレーキをかけ、顔を引きつらせながら、立ち竦んでいた。
最下級の青銅の魔兵とはいえ、常人より遙か高みにある存在であり、その『色付き』五体を同時に対処しつつ、爆破を起こす剣を処理しながら、怪我をした少女を守るという任務を強いられていた。
(次から次へと困難が多すぎる。女神よ、一体どうしてくれようか)
立ち竦むシャミルを横目に、宗谷は詠唱を始めていた。
やがて白銀のレイと呼ばれる英雄の少年を、異世界へと導いた始まりの魔術。宗谷は手をかざす。
「――目に映りし、万物を我が手に。『物質転移』」
悪魔の群れの中にいる少女の姿はかき消え、宗谷の手元まで移動した。
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