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97.喰い散らかされしもの

 崖上から望めるリンゲンの中央広場では、新たな局面を迎えていた。

 不意打ちを受け激昂する漆黒角の白銀の魔将(シルバーデーモン)と、それをせせら笑う赤い角の白銀の魔将(シルバーデーモン)

 尋常ならざる戦力を持つ、二体の怪物がにらみ合い、対峙している。


(──白銀の魔将(シルバーデーモン)同士の殺し合い。一体どうなる)


 宗谷は世にも稀な事態に妙な感動を覚えつつ、黒眼鏡に指を触れ、二体の悪魔を食い入るように見つめていた。

 

『……(マスター)、どうしますか?』


『シャミルは援護の準備を。状況次第では、僕が無理矢理にでも()りにいく』


 この不規則(イレギュラー)な出来事は、歓迎すべき事かもしれない。

 相打ちで両者が果ててくれれば大万歳であり、そうでなくても潰し合いで消耗した隙を奇襲すれば、漁夫の利を狙える可能性がある。

 もし、その好機が訪れたなら、確実に拾わなくてはならない。

 

 わずかな膠着の後、漆黒角の悪魔が先に仕掛けた。不意打ちのお返しとばかりに、鉤爪で赤角(レッドホーン)の胴体を派手に引き裂くと、裂傷から赤黒い血飛沫が舞った。


【グアアアアアアアアアァァァ!】 


 刹那、絶叫を上げたのは、鉤爪の一撃を決めたはずの、漆黒角の悪魔の方だった。

 血飛沫──浴びた返り血が紅蓮の炎となり、身体から火柱が噴き上がっていく。

 赤角(レッドホーン)は、あえて返り血を浴びせたのだろう。挑発するように口を開けて笑っていた。


火炎血流(フレイミングブラッド)! 炎の上位精霊術です。やはり奴がリンゲンを……』


 漆黒角の悪魔が再び赤角(レッドホーン)に攻撃を浴びせたが、またも返り血が紅蓮の炎に転じ、今度は縄のように纏わり付いていく。

 ようやく接近戦の不利を悟った漆黒角の悪魔は、暗黒術の詠唱動作に入ったが、その術が完成する事は無かった。

 詠唱動作を行う片腕を赤角レッドホーンが掴み、無造作に捻ると、何という事もなくもぎ取った(・・・・・)

 鈍い音と、再度の(つんざ)くような絶叫。 


(──相性もあるだろう。が、実力差がありすぎる。こうも違うのか)


 漁夫の利狙い、などという甘く見積もった考えは、撤回せざるを得なかった。 

 赤角(レッドホーン)は同族との殺し合いに慣れている。『色付き』との戦闘はこれが初めてでは無いのだろう。

 それに加え、魔王化(エレクトラム)という進化の兆候もある。やはり、白銀の魔将(シルバーデーモン)とは一線を画す存在となっているのだ。


『あ、あの動かない青銅の魔兵(ブロンズデーモン)たちは、赤角(レッドホーン)の支配下にあるのでしょうか』


 六体の青銅の魔兵(ブロンズデーモン)は赤い剣を両手で構え、殺り合う二体を囲むように円陣を組んでいたが、微動たりともしていない。

 窮地におかれる漆黒角を手助けしないのであれば、シャミルの伝えた通り、消去法で赤角(レッドホーン)の支配下にあると考えて良さそうだった。


『そうだな。もっとも赤角(レッドホーン)の手助けもしていないようだが。──さしずめ、楽しみの邪魔はいらないという事か』


 赤角レッドホーンが重傷の漆黒角の左肩に齧りつき、無造作に食いちぎった。

 激しく出血したが漆黒角の悪魔に反応はない。失神している、あるいは既に事切れているのかもしれない。

 赤角(レッドホーン)は、左肩の肉の咀嚼を終えると、満足そうに笑い、続けて残っている右腕を力任せにねじ切ると、鉤爪をへし折ってから丸呑みし、再び咀嚼をする。


『……共喰い。(マスター)、これはやはり反逆を』


『ああ。二つの可能性を考えていた。一つは白金の主(プラチナロード)からの離反。もう一つ、異常なまでの嗜虐性と破壊衝動。奴は破滅神(ラグナス)に身を捧げている』


 目の前の赤角(レッドホーン)は、白金の主(プラチナロード)が定めた禁忌、同格の『色付き』の捕食を行っていた。


 脇腹を(かじ)り、咀嚼する。

 右足を(かじ)り、咀嚼する。

 両の目玉を抉り出し、丸飲みする。耳を引き千切り――


『うああ、喰らうのを……楽しんで』


 共有した視界が激しく揺れ動いていた。シャミルが恐怖で怯えている。

 揺れながら映る赤角(レッドホーン)の身体は、捕食の影響からか、変形を始めている。筋肉が隆起し、額に禍々しい眼が現れ、色はより濃い黄金(こがね)を帯び始めていた。

 もし、この共喰いにより、魔王化(エレクトラム)段階(フェーズ)が進んでいるとしたら、想像以上に(まず)い状況である。


『シャミル、大丈夫か……? 直視に堪えないなら目を閉じていい。共有した映像で酔いそうだ。僕がそこに行くから代われ』


『……こ、これは失礼を! ただ……あれは、私には荷が重いです。実のところ、すぐにでもここを離れたいくらいで』


『わかっている。いずれにしろ今の有様ではリンゲンには入れない』


『……マスターは、こんな状況でよく平気で。六英雄が一人、白銀のレイの名は伊達ではありませんね』


『平気なものか。──不味いな、勝ち筋が全く見えないのは久々だ』

 

 淡々と話す宗谷の表情に余裕は無かった。

 戦闘開始直後から、黒眼鏡に備わっている機能である、弱点看破(ウィークポイント)を起動させていたが、赤角(レッドホーン)の弱点看破が継続して失敗に終わっている。考えられるケースは二つ。

 女神エリスの付与した弱点看破(ウィークポイント)の魔力強度を上回る、魔力抵抗(マジックレジスト)赤角(レッドホーン)に備わっている。

 あるいは、弱点が存在しない(・・・・・・・・)


(エリスの付与した、魔法道具(マジックアイテム)が通用しないのか。これでは、まるで──)


 まだ、()の魔王には及ばないだろう。だが、共食いを繰り返した果てに完全なる黄金と成ったら、一体どうなるのだろうか。

 宗谷の脳裏には、二十年前の記憶、六英雄最大の敵であった、獅子顔の黄金の魔王(ゴールドデーモン)の姿が甦っていた。


     ◇


 崖上から監視を続けて、半刻ほど経過した。

 赤角(レッドホーン)は、中央広場で足を止めていたが、ようやく変形した身体が馴染んできたのか、巨大な翼を広げ、中央広場から南方に連なる山に向けてゆっくりと飛び立った。

 赤黒い剣を携えた、六体の青銅の魔兵(ブロンズデーモン)も、その後に続く。


 宗谷とシャミルに何かをする手立ては無かった。

あの炎を操る赤い角の悪魔をここで逃す事は、間違いなく後々の災禍に繋がるだろう。だが、駒が足りない。……仮に駒が完全に揃っていたとして、あれほどの強大な敵を討ち果たすには、何人もの犠牲を払う必要があるかもしれない。

 

 街に災禍をもたらした赤い角の悪魔が去り、無人の中央広場は、先程まで白銀の魔将(シルバーデーモン)だったもの──漆黒角の悪魔の塵だけが残されていた。




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