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89.少年は雨の夜を駆ける

(力を貸すと言ったのか。……確かに猫の手も借りたいくらいだが)


 目の前の黒猫は、ただの猫ではない。猫の王と呼ばれる幻獣猫妖精(ケットシー)。その能力は熟練の冒険者にも、ひけを取らないだろう。

 だが、気まぐれな種族である。緊迫した状況を見ての悪戯心かもしれない。信頼して良いものか、宗谷は判断しかねていた。


「シャミル。君は何を手伝える?」


 宗谷はミアに抱きかかえられている、猫妖精(ケットシー)に問いかけた。


「……さて、何を手伝えるだろうか。それはソウヤが考えてくれ。流石に白銀の魔将(シルバーデーモン)とは戦えない。……だが、青銅の魔兵(ブロンズデーモン)程度なら造作無いだろう」


 シャミルは呟き終えると、欠伸(あくび)をし、オッドアイの瞳を閉じた。

 青銅の魔兵(ブロンズデーモン)は色付きでは最下級とはいえ、白銀級(シルバー)の冒険者が数人で対処するべき強敵である。それを造作無いと言い切れるのは、自身の強さに自信があると思って良さそうだった。



「ソウヤ兄さん、猫さん、ちょっといいかな。……提案があるんだけど」


 宗谷とシャミルの会話に割って入るように、草妖精(グラスウォーカー)のタットが手を挙げた。


「……オイラが今から、イルシュタットまで走って知らせに行くよ。魔法を使わないから、皆みたいに睡眠をとって、魔力(マジックパワー)を回復する必要もないし、夜目も多少は効くから。この状況だと一刻も早く、強い人の救援が必要だね」


 タットの提案は、渡りに船のように思えた。

 草妖精(グラスウォーカー)は、人間よりはるかに足が速く、余計な荷物さえ持たなければ、人間の1.5倍の速さで駆ける事が可能である。

 タット単独での移動なら、歩みの遅い者に合わせる必要も無く、ここに居る誰よりも速く、何十キロ先のイルシュタットまで駆け抜ける事が可能だろう。


「この暗闇の雷雨の中、独りでイルシュタットまで。……中々ハードだな。タットくん、自信はあるのかい?」


 道中、体力切れを起こしていたアイシャと違い、タットは歩き慣れている様子が伺えたが、それでも半日歩き終えたばかりである。疲れは絶対にある筈だった。


「怖くないと言えば嘘だけど、自信はあるよ。……何もアクシデントが無ければ、夜明け前までには辿り着けると思う。この雨だと流石に楽じゃないけど、子供の頃からずっと草原を走り回ってたから」


 土砂降りの夜の山道である。アクシデントの有無は保証出来ない。

 そして単独行動ゆえに、何かあっても誰も助ける事は出来ない。そして、この世界には豪雨の中でも活動出来る、夜行性の怪物も存在した。

 だが、タットが夜明け前に、イルシュタットに辿り着ければ、冒険者ギルドからの救援及び討伐隊は、早朝にでも出発準備を整えられるだろう。リスクを負うだけのリターンもあった。

 一刻も早く、戦力を揃えてリンゲンに駆け付けたい局面である。宗谷は少し考えると、タットに一つだけ質問を行う事にした。


「タットくん。もし夜道で怪物に遭遇したら、どう対処する」


「かわして逃げるかな。オイラは足の速さと、身のこなしが取り柄だから。自慢じゃないけど、追跡者から逃げそびれた事は一度も無いよ。……っと、荷物は邪魔だから、必要な物以外は置いていくね」


 質問に対する回答は宗谷の期待通りだった。草妖精(グラスウォーカー)の少年は、為すべき事を理解し、達成する能力が備わっている。


「タットくんの荷物は、僕が責任を持って預かろう」


 タットは宗谷の返事に対し笑いかけると、干していた外套(マント)を身に着けて準備運動を始めた。その姿は、さながらレインコートを着た小学生のようだった。


「……タット。任せていいのかよ」


 立ち上がったメリルゥが、タットの目を真剣な眼差しで見た。


「メリルゥ姉ちゃん、そんな深刻そうな顔しないで。それに、この山小屋だって悪魔が襲って来るかもしれないし、安全とは言えないよ。……あっ、しまった。ペリトンさんの護衛が出来なくなっちゃうな」


 タットは身体を曲げ、腕伸ばしの柔軟体操をしながら、ペリトンの方をちらりと見た。


「……全く構いません。当然その分の報酬も支払います。……一刻を争う状況で、この雷雨の中、イルシュタットまで駆けて頂けるというのなら……私も是非タットさんにお願いしたい」


 ぺリトンがタットに頭を下げた。依頼を受けた時の、子供と侮るような態度は最早無かった。


「ほう。草妖精(グラスウォーカー)の少年よ、勇敢な事だ。くくっ……あれほど幽霊は怖がっていたというのに」


「ちぇっ。折角格好つけてたのに、そんな事言って。……まあ、幽霊よりは全然怖くないよ」


 シャミルが決死の判断に感心しつつも、馬小屋の一件を茶化すと、タットが台無しと言わんばかりに拗ねた表情で舌打ちした。そして、目線を山小屋の外に向け頷いた。豪雨が少しだけ弱まったようだ。飛び出すには良い案配である。


「……よし。それじゃ、ちょっと運動してくる。今度皆に会うのはイルシュタットになるね」


「……タットさん、気を付けて。イルシュタットで会いましょう。大地母神(ミカエラ)の加護があらん事を」


 山小屋の入り口に居たミアが、タットに対し、片手で祈る仕草をした。 

 皆が見送る中、タットは一度だけ振り返り手を振ると、豪雨の中を飛び出していった。


「……こんな土砂降りの中、往復なんて……身体を冷やさないといいけど……知識神(ラスター)様、どうかタットに御加護を。そして、この雷雨をお治め下さい」


 アイシャはタットの判断に驚きつつも、心配そうに、自らの信じる神に祈りを捧げていた。

 

 入り口でタットを見送った宗谷は、再び、ミアに抱えられた猫妖精(ケットシー)の方を向いた。

 覚悟を決める必要がある。正体に繋がりかねない、隠したかった魔術能力の開示。

 魔術の心得があるアイシャが居る手前、能力を晒したくは無かったが、先程の草妖精(グラスウォーカー)の少年が見せた覚悟に比べれば些末な事である。


(最悪、レイとばれた(・・・)としても、たかが昔の報いで恥をかくだけだ)


 宗谷は薄く笑うと、意を決した。


「シャミル。君に手伝って貰う事を考えていた。リンゲンの偵察。……それと使魔(ファミリア)の使役契約。視覚共有がしたい」


 宗谷の提案に対し、シャミルは表情を変えず、首を振った。


「……ソウヤよ、私は幻獣だ。上位使魔(ハイファミリア)の魔術儀式を以てしか契約は出来ない。頂に近い上位魔術。お前には」


「出来るさ」


 宗谷は不敵に笑うと、眼鏡の奥の眼光鋭く、悠然としたシャミルのオッドアイを睨む。


「……今、何と」


「出来るさ。と言ったんだ。頂に近い上位魔術。僕は扱える。君の(マスター)だった、イスカール山の隠者のように」


 挑発を受けて、シャミルがミアの両腕から飛び上がり、しなやかに床に着地した。 

 そして、イスカール山の隠者の名で煽られた事に気分を害したのか、少し殺気立ったように尻尾を立てた。


「ソウヤ。お前がイスカール山の隠者に並ぶと言うのか? 面白い。……では、上位使魔(ハイファミリア)の魔術。この私に使ってみるがいい」




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