83.黄金の勇者と白い聖女
宗谷は読書を中断する事にした。これ以上、黒歴史で埋め尽くされているであろう物語を読み続けるテンションを保てそうに無かった。
いつか白銀のレイである事を、仲間に明かす日が来るかもしれないと思っていたが、この内容を知ってしまった今、このまま隠し通すべきかもしれない。正体を明かす時は、自分の中にある勇気を全て振り絞る必要があるだろう。
(白銀のレイか。……やれやれ。一体何処が良いのだろうな)
ミアが白銀のレイのファンだったという事実に対して、少なからぬショックを受けていた。
若気の至りとも呼べる銀に染めた長い髪と、二十年前の冒険と、数々の痛々しい言動を思い出すと、心の奥底から何かがこみあげそうになる。この場に自分以外誰も居なかったら、衝動的に大声を上げていたかもしれない。
「……なぁ、ソーヤは誰推しなんだ? やっぱりロザリンド姉が」
「聖女フィーネ」
正体の発覚に繋がりかねない、危うい会話を避ける為、宗谷はメリルゥに即答した。
「ソーヤも聖女サマ推しなんだな……やっぱ、おしとやかな癒し手が好きなのか?」
「実は聖女には若い頃、会った事があってね。噂違わぬ美少女だったよ。傍らには御似合いの勇者が居たがね」
咄嗟の返事だったが、宗谷が彼女をリスペクトしているのは嘘偽り無い事実だった。
(……おしとやかな癒し手か。もし物語にそうとしか書かれていないのなら、少なくとも彼女の意向は汲まれているようだ)
腰まで届く紫がかった白い髪、白い至高神の聖衣、物憂い表情の儚げな少女。
宗谷は暫しの間、聖女フィーネの事を想起した。
六英雄全員が既に揃っていた頃の話である。白金の風で最強は誰かという話題になった。
白金の風とは、六英雄と呼ばれる者達の正式なパーティー名で、レイが勇者と聖女に出会った時、二人は既にそのパーティー名を使っていた。
白い髪の少女と金髪の青年。二人のイメージから名付けたと想像がついたので、あえて由来は聞かなかったが、「センスの無い名前だ」と、駄目出しをした記憶がある。もっとも当時の自分の若気の至りスタイルで、他人のセンスをとやかく言う筋合いは無かったかもしれない。
最強は誰かという冗談を最初に言い出したのは、白銀のレイに劣らず口の悪い少年、知識神の司教、灰のラナクだったと記憶している。そして冗談として成立するのは、その答えが明白だからであった。
聖女フィーネは、勇者アレスが最強と言った。
黄金の勇者アレスは、世界でも比類なき程の剣捌きと盾捌きの技量を持っていた。
そして不安定になりがちな彼女の心の支えはアレスであったから、彼女にとっての最強という意味では間違ってはいなかっただろう。
残りの五人は、聖女フィーネが最強と言った。
白い聖女フィーネは、神聖術に秀でた少女だった。
普段はメリルゥの言う通り、後方でおしとやかな癒し手に徹していたが、パーティーの危機となる強敵と相対した時、彼女は凛とした姿で最前線に姿を現した。
単独で二体の白銀の魔将を同時に撃破。
古代竜ガーゼスにかけられた守護の呪縛を解呪。手懐ける事に成功。
死者の王ヴェフニルを神聖魔法で封印に成功。
黄金の魔王レグルスの肉体を破壊。肉体再生までの数百年、活動を封じる事に成功。
六英雄最強は、白い聖女フィーネである。
数々の伝説で彩られた白金の風の名声は、半分程はフィーネの功績だったと言っても大袈裟ではなかったかもしれない。
名声欲が無く、出たがらない彼女の意向もあり、魔王討伐を成し遂げた伝説の勇者と寄り添う聖女、それに付き従う四人の従者。そういう形を全面に出していただけに過ぎない。
「……そういえば、黄金のアレスと白のフィーネは、今はどうしてるのだろう? 結婚したという話は聞いた事があるな」
回想を終え、誰に宛てた訳では無く、宗谷は独り言を呟いた。
この四人の中で、誰か所在を知ってる者が居たらという、軽い気持ちだった。
灰のラナクは学術都市ルーネス。薔薇のロザリンドは王都の冒険者ギルド本部と生命樹の森。黒のブラドは性分からして、街に根を張る事は無いだろう。宗谷は残る二人、黄金のアレスと白のフィーネの所在が気になっていた。
その呟きに、部屋が一瞬静まり返る。
そのわずかの間、屋根に叩きつける雨、そして遠雷の音だけが、静寂をかき消していた。
「……ソーヤ。知らないのか? アレスとフィーネは、五年前から行方不明になっているって」
メリルゥが、言葉を紡いだ。
「……行方不明?」
宗谷は思わず、聞き返した。
「……ソウヤさん、所在が確認出来る六英雄は、ラナク様と、ロザリンドさんだけです。……勇者様と聖女様が突然居なくなってしまった事は、皆心配していて」
アイシャの声。
どうやらメリルゥの言った事に、間違いは無さそうだった。
そういう事もあるかもしれない。あれから二十年経つのだから、仲間の誰かが欠けてしまっても不思議ではないだろう。
(僕に言えた義理では無いが……何処に消えた?)
女神エリスの告げた世界の危機。その言葉で現実感を帯びた様に感じた。
心の何処かで、友人であった黄金の勇者を、そして六英雄最強の白の聖女をあてにしていた。
のんびり二周目を楽しみつつ傍観者でいたとしても、二人さえ居れば、どんな世界の危機だろうと乗り越えられるに違いない。宗谷は楽観視していた。
先日イルシュタットの街で以前と変わらぬ、地妖精の鍛冶師ドーガを見つける事が出来た。彼曰く、ロザリンドは魔銀級の最上位の冒険者となっているらしい。ラナクは知識神の最高司教になったと、先程アイシャから聞いた。
だから、勇者アレスと聖女フィーネの二人も、以前と変わらないだろうと思いたかった。
「ソウヤさん……大丈夫ですか? 顔色が冴えないような……」
ミアが宗谷の表情の変化に気付いて、心配そうに声をかけた。
「……いや。大丈夫。……そうか、二人の所在が分からないのは残念だ。僕は白の聖女のファンだったから。はは……きっと、何か事情があるのだろうね」
宗谷は想定できる何かの事情を思い浮かべようとしたが、否定的な事ばかりが頭に渦巻くばかりであった。
「わああああ!」
突然、馬小屋の方から大声がした。
続けて軽快な駆け足。すると荷馬車の見張りをしていた、草妖精のタットが山小屋に飛び込んできた。一緒に見張りをしていた、御者のラムスも一緒である。
「おい、タット、どうした!?」
「……ゆ……幽霊が出た!」
タットの叫び声と怯えた表情に、メリルゥは呆れ顔を浮かべていた。
「はは、タット。オマエ、幽霊が怖いのかよ。……馬鹿だな、幽霊はトモダチだろ」
「えっと……メリルゥ姉ちゃん。悪ふざけの冗談で言ってるわけではないよ。ねえ、ラムスさん」
タットが困ったようにラムスに同意を求めた。
「は、はい。……あれは確かに……いえ、今まで幽霊を見たことは無いのですが、こう靄みたいな揺らめきが……」
ラムスも目撃しているという事は、タットの見間違えという訳ではないらしい。ただ、靄のような揺らめきだけでは、それが幽霊と断定する事は出来ない。何か別の現象を勘違いしている可能性もある。だが、怯えている二人に見張りを任せるのも難しい。原因があるのなら突き留めておく必要があるだろう。
「……ふむ。では、僕が馬小屋で調査しましょう。何も無ければそのまま見張りをします。タットくんとラムスさんは、ここで休んでいて下さい」
宗谷は暫く一人で心を落ち着かせたいという事もあり、そのように提案をした。




