81.六英雄の物語
山小屋の室内は、照明の魔法により煌々と照らされていた。
部屋の隅の一角で雨漏りが見つかったが、深刻な程では無さそうなので、水滴の落下する地点に水を溜める器を宛い、雨水を貯める事にした。
「19時過ぎなので……21時になったら就寝としましょう。夕食を取りたい人は、その間にお願いします。……それにしても、天候が気になりますな」
ペリトンは懐中時計を確認しつつ、強まった雨足を気にしていた。宗谷も天候については気掛かりではあったが、こればかりは天に任せる他は無い。
「まあ、崖崩れのようなアクシデントが無い限り、何とかなるでしょう。仮にそのようなっても、僕やメリルゥくんの魔法を駆使すれば解決出来ると思います」
宗谷は道中、崖崩れにより道が塞がっていた場合を想定し、行使可能な魔術を思い浮かべた。
行使する事の多い石塊兵による力作業。簡単な物ならこれだけでどうにでもなるだろう。
手元に物体を転移させる物質転移。石塊兵では手に負えない大きな岩ならば、これでどかすのが良さそうだ。
そして魔石を媒体に閃光波を放つ魔装填撃。直撃させればあらゆる障害物を跡形も無く消し飛ばす事が出来る。シャーロットから魔石を貰ったばかりなので最後の手段としたいが、万が一の時は選択肢に入るだろう。戦闘の切り札になる魔術だが、発生までに時間がかかる魔法なので、こういった用途が本来の使い方とも言えた。
「……そうですか。ソウヤさん、メリルゥさん、万が一の時は、よろしくお願いします」
言い終えると同時に遠雷の音がして、ペリトンは思わず顔をしかめた。
もし雷雲が山小屋に近づいているとしたら、雨足はさらに強まるかもしれない。
◇
就寝まで自由行動となったが、この狭い山小屋でやれる事はそう多くは無い。
この天候では少し外で空気を吸うにも、身体に横風で吹き付けた雨水を浴びることになるだろう。
メリルゥは、相変わらずミアの膝の上で、うっとりと微睡んでいた。ミアが手に持った櫛で、お下げのリボンが外された彼女の長い緑色の髪を手に取り、丁寧に梳いている。
アイシャは、体育座りの姿勢で座りながら夕食を取っていた。食欲が無いのか、昼食と比べ、量はかなり少なかったが、後は寝るだけなので、明日の朝食さえしっかり取れば問題無いだろう。
彼女は何やらミアとメリルゥの様子をじっと見ていたが、疲れているのか、特に声をかける様子は無かった。
ぺリトンは、荷物から弁当箱を取り出し、アイシャと同じように夕食を取っていた。
昼食の時もそうだったが、弁当箱は通常の物より大きく、彼が見た目に違わぬ大食漢である事が伺えた。
宗谷は簡単に食事を済ませた後、アイシャから預かった書物の入った革鞄を、異次元箱から取り出した。
「アイシャくん。もし差し支えが無ければ、どんな本を持っているか、見せて貰っていいだろうか」
「……あ、どうぞ。あたしは今から読書するつもりは無いので、ソウヤさんに預けたままにしておきます。その代わり、好きに読んで下さい」
「ふむ。……では、そのようにしよう」
宗谷はアイシャの許可を取ると、預かっていた革鞄を開いた。
鞄の中には六冊の本。いずれも羊皮紙と本革のカバーによる高級品である。
「これは随分と立派な物だね。……保護はされてるのかね?」
「はい。全て永遠なる保護が施されています。自宅から持ち出したもので。……ええ。あたしの稼ぎなんかでは、とても買えません」
丸眼鏡を抑えて自嘲気味に呟くアイシャ。
全ての本には高位の神聖術による保護の魔法が施されているようだった。それを含めると一冊当たり金貨一〇〇枚は下らない価値があると推測出来る。彼女が裕福な出自である事が想像出来た。
一冊目。知識神の教典。
知識神の教典は、以前の仲間に借りて目に通したことがあったが、感想としては、自分は知識神の信仰を持つ事は無いだろうという事だった。勿論、知識を増やす事自体は嫌いではないが、それに縛られる日々を想像したくない。
二冊目。魔術書。
魔術の種類と技法について記した書物。宗谷は魔術の技法は、長い年月の修練で全て暗記しているので所有していない。復習の為に持ち歩いている魔術師も多いが、基本として技法は予め頭と身体に叩き込んでおくべき物である。
そして、遺失魔術や禁呪が省かれた不完全な物で、宗谷には必要無いものだったので、すぐ鞄に戻した。
三冊目。怪物図鑑。
今、この本に特に目を通す必要は無いだろう。
四冊目。六英雄物語。
――副題に『白の聖女と黄金の勇者』と記されている。
(……白の聖女と黄金の勇者? ……まさかな)
宗谷は『六英雄物語』という表題の分厚い本を鞄から抜き取って、開いた。
表紙の次の二頁目。
<主な登場人物>
黄金の勇者 黄金のアレス
至高神の聖女 白のフィーネ
暗黒騎士 黒のブラド
知識神の司教 灰のラナク
森妖精の精霊使い 薔薇のロザリンド
魔術師 白銀のレイ
「……これは」
登場人物として連なる名を目にした時、宗谷は鼓動が高鳴るのを感じた。
「それは六英雄物語です。……冒険者の間では特に有名で、詩人の歌の題材にもなりますし。ソウヤさんはご存知ですか?」
「あ……いや」
アイシャへの返事に戸惑い、宗谷は目を泳がせた。
本としての物語は全く知らない。だが、この登場人物の名は、恐らくこの場に居る誰よりも知っていた。
「……おっ、六英雄物語か。わたしは知ってるぞ。アイシャ、面白いモノ持ってるじゃないか」
ミアの膝枕で惚けた表情を見せていたメリルゥが、ようやく起き上がると、興味深そうに口を挟んできた。豊かな銀髪が揺れ動いて、照明の灯りで輝いている。
前で垂らしている両のお下げが無いと、彼女の髪型はミアそっくりで、一部の特徴を除けば、さながら色違いのようにも見えなくもなかった。
「六英雄……二十年前の伝説のパーティーの事ですな。私も知ってますぞ」
ぺリトンの声。冒険者のみならず、その名声は、行商人の彼にも伝わっているようだった。
「……ああ、思い出した。あの二十年前の。よく知ってるとも。……アイシャくん、読んでいいかね?」
「どうぞ。嬉しいですね。読めばきっとファンになると思いますよ」
アイシャが頷きつつ、嬉しそうに呟いた。
宗谷は溜息をつくと、眼鏡を指で抑えつつ、不安そうに六英雄物語と書かれた本を凝視した。
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