80.無人の山小屋へ
「メリルゥくん、出発の前に、僕があれを片付けておきます」
「……ああ、失念してたな。ソーヤ、任せていいか?」
メリルゥは宗谷の視線に追うと、納得したように頷いた。
「ええ。僕がやります。――命令。全ての小悪魔をこの場へ集めろ」
宗谷は二体の石塊兵に命令し、八匹の小悪魔の遺体を一カ所に集め、油を撒いて手早く火葬を行った。遺体を放置しておくと腐敗が進行し、疫病の元になるからである。
メリルゥの精霊術で作られた大穴は、時間経過により元通りに塞がっていたが、炎霊崩壊により大穴の中で爆発した青銅の魔兵の方は既に跡形も無かった。爆発で噴き上げた火柱と共に風に撒かれたのだろう。此方は火葬の手間が省けたとも言えた。
「アイシャくん。疲れてる処すまないが、照明をそのまま維持して貰えると助かる。魔力は大丈夫かね」
「余裕あります。……あたしにやらせてください。山小屋でも照明係をします」
「では、その役目は君に任せよう」
アイシャが戦闘用に作り出した照明は、彼女のコントロールの下、荷馬車の上空を漂って移動していた。移動や戦闘で足手纏いになっている事に負い目を感じているのだろう。挽回する為の仕事を割り振るのが良いだろうと宗谷は考えた。
雨雲により月明かりは期待できず、徐々に強まる雨と風で、洋灯の具合も良くないので、こういった状況で環境に左右されない魔法の灯りはとても役に立つ。魔術師で最も多用される術は、間違いなくこの照明である。
「……ふむ。処理も終わったようですし、皆さん、出発しましょう。……どんどん雨足が強まってきましたな。それに風が冷たい」
依頼人のペリトンは身震いをすると、茶色い外套を一枚取り出して、二重に羽織った。
御者のラムスの運転により、荷馬車がゆっくりと動き出し、メリルゥが再び先頭に立ち、荷馬車の両脇にタット、アイシャ、その後ろをペリトンと、以前と同じ隊列を成して後に続いていった。
最後尾のミアが隊列に合わせて移動しようとした処、宗谷は赤い破片を手にし、それを見つめて立ち止まっていた。
「……ソウヤさん、どうかしましたか?」
不思議そうな表情を浮かべるミア。
「――いや、何でもない。ミアくん。行こうか」
それは、炎霊崩壊により砕かれた赤黒い剣の破片だった。宗谷はその破片を異次元箱にしまい込んだ。
◇
再出発から二十分程進み、さらに分かれ道を五分程歩いた場所に、ペリトンの言う山小屋を見つける事が出来た。
到着した頃には、雨は明確に強いと呼べるくらい大粒の物と変わり、皆が羽織っていた外套は、すっかり水浸しになっていた。ただ、強く降り始めてから間も無く到着出来た為、荷馬車が走る路面が泥化しなかったのは幸いと言えるだろう。
山小屋は古びたみすぼらしい木造平屋で、明かりは無く、人の気配を感じなかった。
宗谷は小屋の入口へ向かうと、少し強めに木扉をノックした。
「……誰も居ないようだ。今日は僕達の貸し切りかもしれないね」
宗谷はお道化たように呟きつつ、慎重に扉を開き、アイシャが照明の魔法の灯りを操作し、中に向けて投射した。
玄関奥は八畳程の広さの空間になっていて、部屋の中は調度品も無く質素な物だったが、雨風凌ぎには十分な機能を果たせそうだった。隣には荷馬を停車出来る、低い屋根の馬小屋もある。ラムスは馬小屋にまで操作すると、馬車を停め、車輪に鍵をかけた。
その後、全員が小屋に入り、部屋に荷物を下ろすと、ようやく一息つく事が出来た。
戦闘や天候のアクシデントもあった為か、皆、多少の疲労の色が見える。野外で無く雨風が凌げる施設で休めるのは幸いだろう。特にアイシャは移動による肉体的な疲労が堪えていたようで、荷物を降ろすと壁際に力無くへたり込んだ。
「皆さん、御疲れ様でした。ゆっくり休んでください。……と言いたいところですが、誰かラムスと共に、馬小屋で荷馬の見張りを頼めますかな? 貴方達の中から交代で構いませんので」
「……それじゃ、オイラが行くよ。ラムスさん、よろしくね」
ペリトンの提案に対し、タットがすぐに手を挙げて即答した。
「タットくん、いいのかね?」
「ソウヤ兄さん、魔力っていうのは休まないと回復しないって聞いたよ。魔法の使えないオイラ以外は、さっき魔法使ってたみたいだから」
タットは自分を除いた護衛メンバーが、先程の戦闘で魔法を使った事を指摘した。
草妖精らしく、のんきな性格だったが、仲間の状態を良く見ていると宗谷は感心した。
「……では、お言葉に甘えて。もし何かあったら遠慮無く皆を呼んで下さい。青銅の魔兵の事もあるので」
「……うん。わかった。それじゃ行ってくる」
タットは、玄関の扉を開け、隣にある馬小屋へ向かった。
その際、外のひんやりした空気が流れ込んできた。そして強い雨音。
今夜の天候具合の推移にもよるが、明日の移動は少しばかり骨が折れるかもしれない。
「……おい、タット。遠慮しないで呼ぶんだぞ。わたしはまだ魔力は余裕があるからな」
メリルゥはそう言いつつも、大きな欠伸をし、目も少し閉じかけていた。彼女は先頭で襲撃に備えつつ、大技とも言える精霊召喚を行っている。護衛隊のリーダー役も務め、一番負担が大きかったのは彼女で間違いないだろう。
「メリルゥくんは風精霊召喚と落穴を使っているからね。何かあったら僕が行こう。もし手に負えない事態なら全員で対処するという事で」
「……ソーヤ、あれくらいはどうって事ないぜ。森妖精っていうのはな、人間より魔力が多いんだよ」
メリルゥが意地を張りつつ、自慢するように呟いた。彼女の言っている事は間違いでも無く、地妖精が力に、草妖精が機敏さに長けた種族だとしたら、森妖精は魔力に秀でた種族だった。
負担の大きい精霊術を行使してもまだ余裕があるというのは嘘では無いだろう。
「メリルゥさん、無理は禁物ですよ。……疲れてませんか?」
意地を張るメリルゥに対し、ミアが優しく声をかけた。
「……まあ、少し疲れたかな。ミア」
「はい、構いませんよ。こっちに来てください」
メリルゥは嬉しそうに、正座するミアの膝枕に頭を乗せて横になり、毛布を被った。
その態勢でミアに頭を撫でられると、メリルゥは恍惚の表情を浮かべていた。
(……取って置きの方法か。確かに)
宗谷はメリルゥの機嫌を直す方法があると言っていたミアの言葉を思い出した。これならば効果覿面だろう。




