79.燃え落ちる灰の下で
夕陽が西空に姿を消し、夜が訪れた。
青銅の魔兵が巻き起こした爆発により、大穴から派手に立ち昇った火柱もようやく収まると、アイシャの魔術で作り出された照明の光だけが、山道に降りしきる細やかな霧雨を幻想的に浮かび上がらせていた。
「メリルゥくん、ありがとう。……やれやれ、まさか自爆とは」
宗谷は魔銀の洋刀を鞘に納め、ビジネススーツに降り注いだ灰を掃い除けると、メリルゥに礼を言った。
「大量の炎精霊が青銅の魔兵の剣から解放されたのを感知したんだ。……念の為に地精霊に穴を掘らせて正解だったよ」
メリルゥは精霊力感知により、爆発の予兆を感じていたようだった。
そして青銅の魔兵を、精霊術で作り出された大穴に落とす事で、宗谷は爆発から辛くも逃れる事が出来た。彼女のとった行動は、状況を切り抜ける為の最適解とも言って良い。
宗谷は遠隔操作と呼ばれる魔術で、燃え盛る剣を遠ざけようと考えていたが、爆発までの移行があまりにも早く、咄嗟の詠唱が間に合ったかどうかは微妙な処だった。間に合ったとしても、爆発により拡散した炎が木々に伝播し、山火事に発展する可能性があった。
そういったリスクを避ける為、魔術の詠唱を破棄し、女神の祝福による死に戻りを頼りに、身を呈して爆発を遮断する手段を取りかけていたが、メリルゥの機転により、その必要も無くなった。彼女に感謝をしなくてはいけないだろう。
「ソーヤ、さっき詠唱を破棄して、身を乗り出そうとしてたな。……オマエはあの爆発を間近で受けても死なないって言うのか?」
メリルゥは自らの戦果を喜ぶ事も無く、硬い表情のままで、その強い語気に、少しばかりの怒りを感じられた。
「少しはわたし達を信用しろ。……仲間を巻き込むまいと、考えての事なんだろうけどな」
暫しの沈黙。
宗谷は霧雨で曇った眼鏡を外すと、メリルゥの目を見た。
「……僕は君たちを侮ったわけでは無いよ。だが、そう見えたのならば申し訳ない」
宗谷はメリルゥに頭を下げた後、さらに続けた。
「……そして君の質問に答えよう。あの爆発では僕は死なない。仮に至近距離で受けて身体が爆散してもね。だから、身を呈して止める事が最適だと思った訳だ。……だが、まあ、独りよがりだったのは認めよう。……以後気を付けるよ」
「ふざけるな。馬鹿野郎」
「メリルゥくん、以前君は言ったね。優しくするなと。……君だって、そうだ。……まあ、お互い、そう言った事には慣れてないのだろうから」
宗谷は薄く笑うと、すれ違いざまにメリルゥの頭に軽く手を乗せ、そのまま、ペリトンの居る馬車の方に向けてゆっくりと歩いて行った。
◇
「ソウヤさん、メリルゥさん……御見事でした。物凄い爆発がありましたが、大丈夫でしたか?」
ぺリトンは先程行われた戦闘に、興奮さめやらぬ様子だった。
彼も小鬼と戦った事はあると言っていたが、悪魔と遭遇したのは初めてなのだろう。
「爆発の被害を防げたのは、メリルゥくんの御蔭です。……青銅の魔兵から、目的を尋問できなかったのは気掛かりですが、無事退けられたので良しとしましょう」
「ええ。しかし青銅の魔兵とは……貴方達のような凄腕で無ければ、ここで何もかも終わっていた可能性もありました。感謝しかありません」
青銅の魔兵は本来白銀級の冒険者が総出で当たるべき魔物だった。他の青銅級三名には荷が重い相手だったと言えるだろう。
実際、あの自爆攻撃には、二人以外は対応出来なかった可能性が高い。
「ソウヤさん、御疲れ様でした。……何処か怪我はしていませんか?」
ミアが神官の杖を構え、恐る恐る聞いた。
彼女も友好の円環という新たな大地母神の神聖術で、小悪魔を無力化していた。
強敵相手には通用しないだろうが、怪物に落ち着いて対応できたのは成長と言っても良い。
以前草原で襲われた野盗程度の実力なら、恐らく同じように対応が可能だろう。
「大丈夫。大した事は無い。だが、間一髪だった。メリルゥくんに感謝をしなくては」
宗谷が再びメリルゥに視線を送ると、アイシャが、丸眼鏡を霧雨で曇らせたまま、メリルゥに頭を下げていた。
「メリルゥさん、ありがとう。……あたし……あの、とても感激しました」
彼女は魔力弾で小悪魔を仕留め損ね、鎌で斬り付けられそうになった処を、間一髪でメリルゥの放った矢の一撃により助けられた。
「……いや。アイシャに近づかせてしまったのは、わたしの失策だ。魔力弾の選択自体は悪手でも無かった。気にするなよ。照明も役に立ったしな」
メリルゥがアイシャを良くフォローしていた。
彼女は体力不足という問題を抱えていたが、戦闘においては出来る限りの事をこなしたように思えた。
ただ小悪魔を仕留めそこなったのは、魔術の修練不足でもある。まだ質の良い魔力弾を構成するだけの実力が彼女には不足していた。
「タットくんもお疲れ様でした。なかなか腕が立つようで」
草妖精のタットは、二匹の小悪魔を仕留めていた。
思ったよりも戦闘慣れしている様子で、素早く手先が器用な為か、身のこなしと武器の取り回しが非常に上手い。ただ子供のような体格故に、大きな武器を取り扱う力が無い事だけが欠点だろう。
「ソーヤ兄さん程じゃないよ。ダガーの刃が通る柔らかい敵で助かった。……それにしても、すごい爆発だったけど……何だったんだろう。特殊な魔剣だったのかな?」
タットが不思議そうに呟いた。宗谷もあの自爆攻撃に虚を突かれる形となった。青銅の魔兵のレベルで起こせるような破壊力とは思えず、彼の言う通り、手にしていたのは特殊な魔剣だったのかもしれない。
「……あれは多分、炎霊崩壊と呼ばれるヤツだ。わたしも実際見るのは初めてだが、間違いないと思う」
タットの呟きに対し、メリルゥが口を挟んだ。
「炎霊崩壊とは精霊術ですかね。メリルゥくん、思い当たる事があるのなら聞かせて下さい」
「ああ。森妖精の間じゃ禁忌とされている術だよ。……大量の炎精霊を一つの依代に無理矢理ぶち込んで封印し、開放するとあんなふうになる。……わたしは炎精霊ってヤツが苦手なんだけどな。それでも胸糞悪い」
メリルゥが幼げな表情を歪め、吐き捨てる様に言うと、転がっている石を蹴り飛ばした。
「……他の精霊でも理論上は出来るが、ああいった暴力的な破壊を産むのは炎の精霊だけだな。かなり上位の精霊術の使い手じゃないと出来ない筈だ。……あの剣を青銅の魔兵が仕込んだとは思えない」
その話に、一つ思い当たることがあった。
宗谷は先日、ドーガの工房で、セランから聞いた話を想起していた。
「……火精霊に長けた悪魔か……まさかな」
セランの敵である、赤い角の白銀の魔将――確か、炎の精霊術に長けていたと言っていた記憶がある。
「……とりあえず、出発しようぜ。雨が強まってきたな」
メリルゥが外套のフードを下げた。
彼女の言うように細やかな霧雨は、徐々に大きな雨粒に変わってきていた。
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