73.護衛依頼の成立
「……ふむ。ソウヤさんがそこまで仰るなら、間違いないのでしょう。……森妖精のお嬢さん、先程の非礼をお詫びします。白銀級であるメリルゥさんの実力、このぺリトン、期待しておりますぞ」
宗谷の言葉を聞いた商人のぺリトンが、メリルゥに対し頭を下げた。
「いや。ソーヤが一番強いのは間違いないよ。……わたしも、さっきは大人気無かった。申し訳ない。……ぺリトンさんの期待に応えられるよう、最善を尽くす事を約束する」
メリルゥは頭を下げられた事に驚いて、申し訳無さそうに、ぺリトンに対して同じように頭を下げた。見た目を軽んじるような依頼人でも、冒険者及び冒険者ギルドを潤わす客である事に変わりはない。冒険者という看板を背負う以上、メリルゥもその事は十分理解しているのだろう。
「……まあ。道中何事も無いのが一番ですな。実力を見たいのは山々ですが、追加報酬が必要に……うぉっほん。実力を見せて貰うまでも無い、平穏な旅程である事を、私は願っております」
ぺリトンの咳ばらいを交えた呟きに対し、冒険者達から小さな笑いが漏れた。
彼の言う事はもっともであり、護衛中に戦闘が発生して敵を撃退した場合、冒険者たちに追加報酬を支払うのが護衛依頼の通例となっていた。依頼人としては、追加報酬の発生を避けたいのは当然である。
冒険者としても戦闘が無ければ、数日の歩行運動と物見遊山で報酬が貰えるのだから、やはり何事も無いのが一番だろう。
「では、ぺリトンさん。白銀級のメリルゥ、青銅級のソウヤ、ミア、タット、アイシャ。この五名で構いませんね?」
ルイーズがぺリトンに対し依頼の最終確認をした。
ぺリトンに冒険者の同行が承諾されれば、今回の依頼は無事成立となる。
「ええ、決まりとします。……冒険者の皆さん、リンゲンの街まで片道で二日。往復で拘束期間が四日。護衛対象は、私と御者と荷馬及び荷馬車です。食費については、道中は個人負担とさせて頂きますが、リンゲンでの滞在費は此方で支払いましょう。ですので、リンゲン街内での野宿や焚き火といった行為は、くれぐれも自重して頂きたいです。とにかく街では愛想良くお願いします」
ぺリトンはリンゲンの街での宿泊費と食費を負担してくれるようだった。
護衛として同伴した冒険者たちが、街の人間に対し悪印象を与えないか心配しての事だろう。確かに部外者に街中で野宿や焚き火などをされては、不審者とも取られかねない。
リンゲンの街での好感度は、彼の今後の商売に関わる事である。護衛を含めた滞在費を惜しみなく払ってくれるのは、そういった打算も働いているのだろう。買い付け予定の葡萄酒以外でも、数人分の滞在費を落としてくれる、良いお客様とアピールするのも狙いかもしれない。
「それは助かります。……処でぺリトンさん、道中の一泊は何処でする予定ですか?」
「山道の途中に山小屋があります。今回もそこを利用させて貰いましょう。ただ、ソウヤさん、荷馬車の見張りを交代でやって頂きたい。特に帰りは注意が必要ですな。葡萄酒樽と瓶を荷馬車の積載ギリギリまで積み込むことになりますから」
荷馬の護衛は重要な役割だった。日中の護衛もそうだが、就寝中の隙に、荷馬ごと盗まれる可能性もある。車輪止めの施錠は盗賊の心得のある者なら開錠する事はそう難しくないだろうし、魔術にも開錠と呼ばれる名前のままの効力を持つ魔法が存在した。施錠は絶対の安全を約束する物では無い。
「……では、くれぐれも宜しく頼みますぞ。東門の停留所に荷馬車を待機させておりますので。……今は9時10分なので、10時に東門集合としましょう。準備があれば、それまでに整えて頂きたい」
ぺリトンは懐中時計をポケットから取り出すと、時刻を確認し、依頼を受けた五人に伝えた。それから受付でルイーズの指示の下、依頼締結の書類の作成を始めた。
イルシュタット東門までは、ここから15分歩けば到着する距離で、あと30分程度の余裕があるが、遅れないように東門に行っておいた方が良さそうである。今から何か出来そうなのは、道中の食糧の買い込みくらいだろう。
◇
「……ソーヤ。お前の方が強いんだ。あんなフォローをされても、わたしが恥をかくだけだろ」
一旦の解散の後、冒険者ギルドの入口で、メリルゥが宗谷に対し小声で文句を言った。確かに彼女の実力をフォローした結果、ぺリトンがお詫びをし、謝らせたメリルゥも結局お詫びをする事になってしまった。
宗谷は彼女の実力について間違った事を言ったつもりはなかったが、ぺリトンとメリルゥ双方に余計な気を使わせてしまったのも事実である。
「それは悪かった。君を軽く見られた事が、少し腹立たしかったのでね。……まあ、ぺリトンさんも、そんなに悪い人では無さそうで安心した。この依頼は必ず成功させたいものだね」
宗谷の気取ったような台詞に腹を立てたのか、メリルゥは宗谷に素早く近寄ると、肘で脇腹を突いた。
「優しくするなって言っただろ。……ふん。わたしは先に東門の停留所に行ってる。遅刻するなよ」
メリルゥは外套のフードを下すと、素早く身を翻し、冒険者ギルドの入り口から立ち去った。
宗谷は彼女の背中を見送ると、脇腹を軽く擦りながら、溜息を吐いた。どうやら言葉選びを間違えたのだろう。
「ソウヤさん。メリルゥさんは嬉しかったんだと思います。……優しく接されるのに慣れてないんですよ。くすぐったく感じるのでしょう」
ミアが微笑みながら、脇腹に手を当てている宗谷に伝えた。
彼女からすると、今のメリルゥの態度は怒っている訳ではないという事らしかった。
「そうかな。……中々距離感が難しいものだね。メリルゥくんが機嫌を悪くして無いと良いのだが」
ミアはメリルゥと寝室を共にしていて、一緒に森林浴に行くくらい仲良くなっていた。宗谷はその秘訣を聞いてみたいとも思った。
「大丈夫です。メリルゥさんの機嫌を良くする、取っておきの方法があるので。山小屋に付いた時にでも、してあげる事にします」
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