70.説明と省略
宗谷は依頼を受けた日の、朝から夜までの出来事を簡潔に説明した。
ミアとメリルゥの見送り、武器屋訪問、盗賊ジャッカルとの因縁の解決、冒険者ギルド第二受付嬢シャーロットの紹介状、旧知の鍛冶師ドーガとの再会、セランとルイーズの来訪、そして、強盗団の襲撃と依頼を受けての撃退。
ドーガと旧知の仲である事を言うべきかは迷ったが、強盗を捕縛したジャッカルたち盗賊ギルドの連中に、居合わせたのを目撃されている。情報はいずれ、イルシュタットの冒険者たちに伝わるだろうし、身内とも言える二人に隠し立てする必要は無いと判断した。
「……ソーヤの知人の工房に強盗が来て、依頼を受けて撃退して、魔銀の武器まで貸して貰ったのか。……ツキまくってるな」
「ええ。何より受付嬢のルイーズさんが、居合わせたのが幸運だった。それにより冒険者ギルドの依頼という形に出来たので。お陰で白銀級への昇級に一歩近づけそうだよ」
メリルゥの言う通り、幸運があったのは間違いないだろう。依頼を受けての活動時間はわずか三分程度。宗谷が経験した依頼の中で最短だった。
宗谷の働きは牽制用の手投げ矢の投擲と、リーダーらしき強盗を魔銀の洋刀の一刀で斬り伏せただけである。それで金貨二〇枚。これ程効率の良い仕事は早々ある物では無いだろう。
「……ミアくん、申し訳ないね。抜け駆けという形になってしまって。それと、そろそろ借りていたお金を返さなくてはいけないな」
魔銀の洋刀をドーガから借りる事が出来たので、当面はまとまったお金は必要無くなりそうだった。宗谷はミアにお金を返す為、内ポケットから財布を取り出そうとした。
「抜け駆けだなんて。ソウヤさんの昇級が早まるでしょうし、良かったと思います。……お金の事でしたら、ソウヤさんに貸したままで構いませんから」
「……今なら返す余裕はある。ミアくんに、お金にだらしのない大人と思われたくないな」
「今はもう、そんな事は思ってません」
ミアはきっぱりと言うと、思いを乗せるかのように、目を瞑った。
「……ただ、草原でソウヤさんに助けて貰って、私がソウヤさんにお金を貸して。そうやって生まれた縁を、そのままの形にしておきたいと思いまして……つまり、縁起担ぎです」
ミアは言い終えると、目を開けて柔らかに微笑んだ。
大地母神の教義によるものか、彼女個人の考えなのかは判別がつかなかったが、この世界では、個人的な祈りや思いですら、強い物は形となって実る事もある。蔑ろにしない方がいいだろうと宗谷は思った。
「なるほど、縁起担ぎか。……では、僕に借りたままでいて欲しい。と解釈していいのかね」
「はい。恩を着せたいとか、そういうつもりは全くありませんから。……貸した事もしばらく忘れる事にします」
ミアの言葉を解釈すると、お金はずっと返済しなくて良いという事なのだろう。
だが、それは自分にとって都合の良過ぎる考え方のように思えたので、もう払わなくて良いでは無く、いつか返すという気持ちは捨てない事にした。
「では、当分は借りておく事にするよ。……それと、さっき言った通り、今日の夕餉は僕が奢ろう。なんなら明日も明後日も構わない。それくらい大きな臨時収入だったのでね」
「確かに金貨二〇枚はでかいな。……じゃあ、遠慮なくソーヤに奢って貰うか。今日は、鶏肉を何皿食っていいんだ?」
「……好きなだけどうぞ。その代わり、しばらく酒は遠慮して貰いたい。メリルゥくん。君は自分が思っている程、酒に強くないよ」
宗谷がはっきりと指摘すると、メリルゥは反射的に宗谷を睨みつけたが、真顔で見つめ返されると、宴会の酔いどれ具合を思い出したのか、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「……まあ、こないだは確かに、調子に乗ったわたしが悪かった。……酒はしばらく遠慮するよ。オレンジの果汁を頼めばいいんだろ」
「そうして貰えれば。君に付き添う訳では無いが、僕も今日から酒は控えるつもりだ。次の依頼を達成したら、お互い解禁しよう。……これから、酒場に行って三人分の予約をしてくるよ」
宗谷は個室から出ようと、ドアノブに手を触れようとした処、外からノックの音が聞こえた。
「……何方かな?」
「こんにちは。シャーロットです。ソーヤ様、いらっしゃいますね」
(……シャーロット? 何故、僕の個室に)
宗谷は視線を感じ、後ろを振り返ると、ミアとメリルゥが真顔で見つめていた。
「ソーヤ様って……なんだ、オマエ、一体どういう……」
呆気にとられた表情で、宗谷を指差すメリルゥは、シャーロットの猫撫で声に拒否反応を示したのか、鳥肌を立てていた。
ミアは無言のまま、微笑みを浮かべていたが、少しぎこちないようにも見えた。
「……ああ。色々あってね。いや、大した事では無い。とにかく後で説明しよう」
宗谷がドアノブに手を掛けて、扉を開けると、目の前にシャーロットが微笑みながら立っていた。
金髪のボブカット、清楚な白い長袖のブラウスに、膝丈の黒いスカート。御嬢様のような身なりではあるが、大きな胸が強調されるデザインで、宗谷は条件反射的に胸に視線を送ったが、拙いと思い、すぐ視線を反らした。
(これは目に毒だな。……それにしても、嫌なタイミングで)
先程、一日の行動を説明した際、魔術師ギルドで取り扱う魔石調達に関わる話は、ドーガの依頼の本筋と関係無く、説明も面倒だった為、省略してしまっていた。
それが、後ろの二人に、隠し事のように映るかもしれないかが心配だった。
「やあ、シャーロットくん」
「あら。ミアちゃんとメリルゥちゃんも一緒だったんですね。……それでは手短に用件だけ」
『箱の中の猫』
シャーロットは、異次元箱を起動させると、魔石と一枚の折り畳まれた羊皮紙を取り出し、宗谷の手に丁寧に添えた。
「ごめんなさい、アポ無しで。でも冒険に必要でしょうから、取り急ぎ先渡ししたくて。……ソーヤ様。個人指導の約束、忘れないで下さいね」
「……わざわざ、どうもありがとう。個人指導の件だが、よく考えると、魔術師ギルドに関わっていない僕が、君を指導するのは立場的にまずい。……魔石の御代とその手間代は払うから、無かった事に出来ないだろうか」
宗谷の説明に対し、シャーロットは何処か可笑しそうに、首を振り、唇に指をあてた。
「……ソーヤ様。こうやって魔術師ギルドからの調達品をお渡しするのも、バレたらまずい事ですから。魔術の指導についてだけ、そのような正論を振りかざすのは不公平ですね」
シャーロットの主張に対し、宗谷は上手く返す言葉が思いつかなかった。
そう言われてみれば、魔術師ギルド謹製の物品の受け渡しの方が、余程まずい行為のようにも思えてきた。
「……痛い処を突くね。では、どうしたらいい」
「約束通りに。……要は人目に付かなければいいんですよ。羊皮紙に目を通してください。急ぎでは無いので。何時でもお待ちしています」
蠱惑するような囁きを終えたシャーロットは、一歩後ろに下がり、微笑みながら部屋の中に居る三人に手を振って、優雅な足取りで、その場を去った。
宗谷は魔石と一緒に手渡された羊皮紙を開くと、丁寧な筆跡の地図が描かれている。どうやらシャーロットの自宅らしい。確かに個人宅ならば人目に付かないし、バレる事も無いだろう。
宗谷は大きくため息をつき、額を抑えた。面倒な約束事をしてしまったとしか思えなかった。
今から約束を反故にするのも、彼女の調達にかけた手間やリスク、冒険者ギルドの地位等を考えると、あまり良さそうにも思えなかった。
「……おい、ソーヤ様。シャーロットと親密だったのか。紹介状を書いて貰うだけの仲には見えなかったな」
メリルゥが、宗谷の呼び方を皮肉った。




