６．戦後処理と神聖術
「命令──あらゆる蛮行を禁ず。禁忌を犯す者、耐え難き激痛を与えん。『魔の制約』」
宗谷は手短に六人の野盗に対し後処理を行った。魔の制約。痛みをもって行動に制約を加える呪術的な性質を持つ魔術で、この術を解除するには術者を亡き者にするか、あるいは解呪の神聖術が必要となる。だが、彼らのような悪党に神聖術を施してくれる聖職者はまず居ないだろう。
（──悪党に対し、甘過ぎるとは思うが。僕の仕事では無いな）
ミアも大地母神の神官らしく死罰まで望んでいないようで、宗谷もそれに追随する事にした。武器は没収。親玉らしき男が持っていた洋刀は品質が良く、野盗風情が使うには勿体ないくらい、しっかりした造りをしている。他五枚のダガーも、使い捨てとしては悪くないだろう。
「この洋刀は悪くないな。しばらく使わせてもらおう」
洋刀を鞘に納めた後、続けて金品を物色するが、残念ながら金目の物は誰も持っていなかった。野盗のアジトが何処かに存在し、そこに蓄えがあるのかもしれない。
（……ふむ。残念。お金は少々あてにしてたのだが。最悪このダガーを売り飛ばすか）
宗谷は野盗の荷物から出てきたロープを使い、彼らを岩場にまとめて縛りつけた。少々やっつけ気味ではあるが、これなら野盗が目を覚ましても、すぐに対応出来る。
「ソウヤさん、お疲れ様です。……あの、喉は乾いてませんかっ？」
作業を終えた宗谷に対し、ミアが肩掛け鞄から水筒を取り出し、手渡そうとした。
「ありがとう。ありがたく頂戴しよう。実は冒険に必要な道具もお金も手元に無くてね。だから、君に旅人としての心得を説きたかったのだけど、あまり人の事は言えないな」
宗谷は水筒を受け取り薄く笑うと、近くにある岩場に腰を掛け、ミアから受け取った水筒の中身をコップに注ぎ、ゆっくりと飲み干した。
「おや、野草の風味が効いているね」
「あっ、ごめんなさい、もしかして苦手でしたか？」
「いや、とても心地よい。野草に詳しいのかな」
「はい、少しだけ。このメルボルザの草原で採取出来たので、味付けに。すっきりします」
「御馳走様。どうもありがとう、とてもおいしかった」
宗谷は給水により、少し頭が冴えた気がした。
「それは良かったです。後、ソウヤさん。あの、もしかして……お怪我されていませんか？」
ミアは心配そうな表情を浮かべつつ、宗谷に言った。
「さっき、遠くから様子を見ていました。お腹に当たったように見えて。私、すぐ回復の神聖術を行使しようと思ったのですが……」
「タイミングが合わず、神聖術を上手く使えなかった？」
「私、神官失格です」
宗谷に指摘された事が図星だったようで、ミアは申し訳なさそうに顔をふせた。
あの時、宗谷は野盗に囲まれていて、外側からは視線が通り辛く、術の援護するのは難しかった筈である。タイミングが合わなくても仕方のない事だろう。
「大丈夫。大した怪我はしてない」
「大した怪我、という事は、軽い怪我はしてるんですね」
ミアは肩掛け鞄を足元に置くと、神官の杖を手に取り立ち上がった。
「大袈裟だよ」
「お願いです、ソウヤさんを治療させてください」
固辞する宗谷に対し、ミアは一歩も引かない。宗谷の目をじっと見ている。
涼やかな風が吹き、ミアの艶やかな金髪がきらきらと揺らめいた。
宗谷は一瞬、その様に見惚れていたが、すぐに我に返ると、ビジネススーツを脱ぎ、洋刀が直撃した部分を調べてみた。
予想した通り、命中した部位は小さな痣になっていて、指で患部を押すと多少の痛みがあった。ただ、数日の内に腫れも引きそうな、どうという事もない程度のものである。
（世間知らず。それに加えて頑固。──困った娘だ。まあ、頑なに拒否するよりは、恩を返させた方が良いのかもしれない）
「……痣になっていたようだ。では、折角だから、ミアくんにお願いしようか」
宗谷は少し青くなっている患部を指で示しながら、ミアに伝えた。
「……あっ。痛そうです」
「そんなでもないよ。この服はとても良い魔法装備でね。お陰で衝撃をほとんど打ち消してくれている」
女神エリスから貰ったビジネススーツは、強靭な耐久性に加え、服の綻びを修復する加護も施されている。これより優れた防具を見つける事は容易ではないだろう。
以前の異世界転移でも女神エリスに無理を要求し、しばらくの間、強化を施した学生服の身なりで冒険をしていた事を宗谷は思い出し、宗谷は思わず微笑を浮かべた。
「では、いきます……どうか失敗しませんように」
ミアは神官の杖を握りしめると、目を閉じて祈り始めた。彼女の足元の草が微かに揺れ動き始めている。
神聖術は敬虔なる神官や司祭が、神から奇跡の力を借り、行使する祈りだった。
「――大地母神よ、彼の者に癒しの奇跡を。『負傷治療』」
神官の杖から放たれた淡い輝く薄緑の光が、宗谷の患部を包み込むと、腹部に出来ていた小さな痣は綺麗に消えていた。
「……成功のようだね。ありがとう、ミアくん」
「良かった。……ソウヤさん、どうですか。大地母神様のお陰ですけどねっ」
やりましたと言わんばかりに、ミアは宗谷ににっこりと微笑んだ。
ミアの背後にある東の空からは、朝日がわずかに顔を覗かせ光を差している。そんな光景を見て、宗谷は思わず目を細めた。
