5.救出の為の奥の手
宗谷は迂闊さを呪うように顔をしかめた。もし男が破れかぶれになり、神官の少女を傷つけたら取り返しのつかない事態になっていた。先程の態度とは打って変わって、真剣な眼差しで男を睨む。
「バケモノ眼鏡野郎。動くなよ。……俺が逃げるまでな」
「君には何もしない。だから、そのお嬢さんを離してくれないか?」
「いいや、信用出来ない! ……俺達を再起不能にするって言ってただろ? ……冗談じゃねえ、盗みが出来なくなったら、商売上がったりだ!」
ただ一人残された男は態度を硬化させている。この状況では説得は難しいかもしれない。
「お前が見えなくなる場所まで後退しながら離脱させてもらうぞ……へへっ、おっと動くなよ」
男はダガーを神官の少女に突き付け続けている。
「あ……あの、私がドジなせいですから、私の事は構わないでください。助けてくれてありがとう。ごめんなさい。……きっと何とかなります」
神官の少女は震えながらも健気に呟いてはいるが、何とかなるというのは強がりだろう。この男が見えなくなる位置まで逃げた後、神官の少女を解放する保証は何もなく、それどころか仲間を再起不能にされた腹いせに、良からぬ行動に出る可能性も否定出来ない。
「眼鏡男、両手を上げろ! 妙な真似はするな」
「……やれやれ、わかったよ。だが絶対にお嬢さんには手を出さないでくれ。お嬢さんも変な気は起こさないように」
宗谷は目を細めると、まさにお手上げといった表情で両手を上げた。
宗谷の位置まで一〇メートル程だった距離が、三〇メートル、そして五〇メートルと遠ざかった。もう少し下がってしまえば、この暗がりでは、もう神官の少女と男の姿は見えなくなってしまうであろう距離。
宗谷は遠ざかっていく神官の少女をじっと見据えた。
(この距離を待っていた。この距離なら造作もない。そして、奴にも聞こえない)
宗谷は魔術の詠唱を、両手を上げた姿勢のまま始めた。詠唱音も、口の動きも、この距離ならば悟られることは無い。
「――目に映りし、万物を我が手に。『物質転移』」
宗谷の詠唱が完成し、その刹那、神官の少女の身体が、ダガーを突き付けていた男の手の内から消滅し、宗谷の位置まで瞬間移動した。高位の魔術であり、使うのも二〇年ぶりの、ぶっつけ本番であったが、上手く空間転移が発動した事に宗谷は安堵した。この術の存在を教えてくれた師に誓って、この魔術だけは失敗させる訳にはいかない。
「きゃあ!」
「おっと」
突如、空中に転移し、バランスを崩して落下する神官の少女を宗谷は両手で抱えて受け止めた。
「怖かっただろう? 大丈夫かね」
「はい、……あ、あの、本当にごめんなさい。ありがとうございます」
「礼には及ばない。済まなかったね、僕の失態だ」
宗谷は神官の少女を降ろすと、五〇メートル程先にいる、神官の少女を人質にしていた男を睨んだ。
「なっ、あ、あの野郎、まさか、まさか……ま、魔術師か!? あれだけ格闘に長けててか? ふ、ふざけてる……ば、バケモノだ!」
呆気にとられていた男は一目散に逃げだした。先程の魔術で同じように空間転移させられたら、一巻の終わりだと悟ったようだ。宗谷の視界から消えてしまえば、引き寄せる術は使えないと考えているのかもしれない。
「そんな早足で逃げなくても物質転移は使わないさ。この魔術は疲れるし、特別な思い入れもある。君みたいな男を引き寄せて抱える趣味も無い」
宗谷は呆れたように呟きつつ、背を向けて走る男を睨みつけた。
「――だが、交渉を拒否したのは君だ。今更逃がすわけにはいかないな。僕の矜持も少しばかり傷ついた。その身をもって償うといい」
手のひらで眼鏡を押し上げると、宗谷は再び術の詠唱を始めた。
「――魔の蛇よ、目標を追尾し喰らい付け。『追尾魔力弾』」
宗谷の手から放たれた一筋の輝く魔力弾が、逃げる男に向かって追跡していく。
「なあああああ! 追ってくるるるるるああああ!」
追尾する蛇の魔弾は、時速二〇〇キロメートルの速度で目標を自動追尾し、逃れる事は極めて困難である。そして、大きな悲鳴と炸裂音。
「……さて。後始末をしなくてはいけないな。……その前に少し休憩としよう。神官のお嬢さん、僕は宗谷という。君の名前は?」
久々に緊張状態が続いたせいか、終わった後に疲れが一気に押し寄せて、宗谷は思わず岩場に腰をかけた。全く歳は取りたくないものである。冒険を続けるなら、再び身体を鍛えなおす必要があるだろう。
「……私はミアと言います。大地母神の神官を務めています」
「そうか。よろしく、ミアくん」
「……あ、あの、ソウヤさん。助けて頂いて、本当にありがとうございました!」
ミアと名乗った金髪の少女は頭を下げた。恥ずかしさと申し訳なさから、顔を赤らめてる。宗谷はその様子を見て助けた甲斐があったと思った。
「……あの方たちに追い掛け回されて。本当に怖かったです。説法しても、何も聞いてくれなくて」
「説法? ……まさかとは思うが、大地母神の教義でも説いたのかね?」
横たわる悪党が説法によって慈愛の目を輝かせる姿を想像し、宗谷は思わず吹き出しそうになり、両手で口を抑えた。
どうも、ミアと名乗る少女は世間知らずな娘なのかもしれない。
「まあ、事情はおいおい聞こう。ただ、少しばかり説教が混じるかもしれないが、その点は勘弁して貰いたい」
先程の穏やかな表情と変わって、宗谷の目付きが鋭くなった。