42.礼拝堂の決戦
宗谷は風精霊の脇を走り抜けると、白銀の魔将に向けて駆け出した。
途中迫る小悪魔を、すれ違いざまに洋刀で一刀両断し、女神から授かった眼鏡の機能である弱点看破を発動させる。
(……弱点。三箇所の心臓。か……全て潰さないといけないタイプ。厄介だな)
宗谷は舌打ちしつつ、魔術による攻撃を行う準備をした。
「魔力よ。魔弾となり敵を討て。『魔力弾』」
レベッカから借り受けた魔術師の杖から、誘導式ではない初歩魔術である、魔力弾を直線状に放った。威力こそ大きくは無いが、詠唱時間が短く、牽制射撃には適している。
それに対し、白銀の魔将は一本の腕を伸ばすと、掌で魔力弾を難無く打ち消した。
その隙を狙い、宗谷は本命の洋刀による突きを心臓に向けて放つ。しかし、これも即座に反応され、四本の内の一つの腕で止められてしまう。白銀の魔将は洋刀を、受け止めた鉤爪で力任せにへし折ると、宗谷に向けて、空いた腕の鉤爪を振り下ろした。
「いいのか? 僕ばかりに意識を向けて」
魔術と刺撃による二段攻撃、そして宗谷に対する反撃に意識を裂かれた白銀の魔将に、トーマスの放った長弓の矢が、心臓の一つに突き刺さった。意識外からの攻撃を受け仰け反った白銀の魔将から、宗谷は距離を取った。
「……命中したッ!」
(トーマスくん、いい援護だ)
叫ぶトーマスを、宗谷は心の中で讃え、次の一手である魔術の詠唱に入る。もう片手には、かつて盗賊から奪ったダガーを構えた。
「魔力は万有引力を制す。『重力束縛』」
宗谷は二つの門の前に重力の力場を発動させた。門から新たに這い出た毒蟲は潰され、小悪魔は飛行の制御を失い地面に叩きつけられた。これで風精霊の壁も、もう少し持ち堪えるだろう。
一方、心臓に矢が突き刺さった白銀の魔将は態勢を整え、暗黒魔術の詠唱を始めていた。
【生者ノ血ヲ喰ライ我ガ生命ニ。『生命搾取』】
先に白銀の魔将の暗黒術である生命搾取が完成し、味方である筈の小悪魔三匹に向かって放たれた。
宗谷の重力制御により地に這いつくばる、小悪魔三体の身体が裂けて絶命した。そして溢れ出た血塊が白銀の魔将の心臓に負った傷を完全に回復させた。
(小悪魔に向けて生命搾取。僕たちに使わないのは抵抗された場合、不発に終わるからか)
こちらに飛んでこなかったのは、レベッカの抗魔力の防護の輝きが、相手の判断に影響を与えたかもしれない。
だが、小悪魔は相変わらず一定のタイミングで門から出現し続けている。重力制御で這いつくばってはいるが、これを餌に再び回復されかねないし、重力制御もあと数分経てば効果が切れる。
白銀の魔将の魔力の限界も読めない。この手合いなら、熟練級の戦士が最低二名。出来れば三名で包囲したい手合いだった。宗谷一人の手で、全ての心臓を同時に潰す方法は極めて限られてくる。
(レベッカくんには申し訳ないが、杖は返せないな。弁償は、僕達に後々があるならその時考えよう)
宗谷の考えた、心臓を三つ同時に潰す方法。魔装砲撃と呼ばれる、一撃必殺の上位魔術。
だが、発動まで溜めの時間がかかり、一騎打ちにおいて使い勝手が良いと言える魔術とはいえなかった。
通常、一分の魔力装填が必要とされている。まともに直撃させようと思えば、何らかの手立てがいるだろう。宗谷は魔術師の杖の魔石を毟り取り、詠唱を始めた。
「――揺蕩う魔力よ。集積せよ。やがて穿つ光となれ。『魔装砲撃』」
宗谷が詠唱を終えると、魔石が輝き始め、魔力が集中し輝き始めた。
「――さて。どういう狙いか、わかるかね?」
宗谷は白銀の魔将に輝く魔石を見せて挑発した。この白銀の魔将は魔術を熟知している。魔装砲撃による一撃必殺狙いを理解しているだろう。白銀の魔将は宗谷から魔石を奪い、破壊するべく突進を始めた。
「――小さき地の精霊よ、石礫を巻き上げろ! 『石礫嵐』!」
メリルゥが、石塊兵の破片を媒体に、精霊術である石礫嵐を放つ。だが、小鬼程度なら一撃で倒せる威力の精霊術も、白銀の魔将は一瞬怯んだだけで、殆ど効果的なダメージは与えられない。
「ちくしょう……止められない。無力だな! トーマス、ソーヤに近づけるのを遅らせろ!」
「メリルゥさん、わかってる!」
メリルゥとトーマスは牽制射撃を繰り返すが、白銀の魔将に効果的な打撃を与える事も、動きを止める事も殆ど出来なかった。
既に矢の射線からは心臓部分は外されていて、心臓以外の攻撃を一切無視する構えだった。そして、宗谷に向けて距離を詰め、至近距離で暗黒魔術の詠唱を始めた。
【死ヲ齎ス黒ノ刃ヨ、抗ウ愚者ヲ討テ。『致死毒刃』】
巨大な黒い刃が具現化し、宗谷の身体めがけて投擲された。直撃したら即死もあり得るこの刃の直撃をかろうじて避けたが、刃が首筋を掠めた。
(――喰らってしまったか)
瞬時に宗谷の肌の色が紫がかっていく。放置すれば一分も経たずで死に至る致死毒が、宗谷の体内に入り込んだ。
「まだです! ――大地母神よ、彼の者に解毒の奇跡を。『解毒治療』!」
膝を着く宗谷に対しミアの解毒の神聖術が、宗谷を淡い光で包む。だが、毒の深度が深すぎるのか、効果の軽減に留まり完全な解毒を果たせない。
「……まだ回復が完全に出来てない……倒れる訳には……ソウヤさん」
風精霊の壁を維持する為、回復魔法を何度も行使していたミアは、既に魔力枯渇寸前で、意識が朦朧としていた。解毒治療の詠唱を再び行おうとしたが、魔力が尽きて、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
毒が回り動きが鈍くなった宗谷に対し、白銀の魔将は余裕の表情で向かってきた。魔装砲撃の装填を開始してから四十秒余り。通常発射可能の一分まで、後二十秒もある。
【オシカッタナ。魔装砲撃ハ完成シナイ】
白銀の魔将の勝ち誇る声と共に、四本の腕が迫る。
(……はは。一分かかると思ってるのだろう。……だが)
宗谷の特技である高速詠唱による時間短縮。通常の三十パーセントの短縮を可能とするそれは、魔装砲撃の装填時間も例外では無かった。宗谷の魔装砲撃は、四十二秒で完成する。
「くっくっ……魔術を熟知していた事が仇となったな」
宗谷は毒で蝕む身体を何とか奮い立たせると、白銀の魔将に向け、魔石を投げつける。
「穿て」
――砕け散った魔石から、眩い巨大な閃光が放たれ、一瞬で白銀の魔将の胴体を吹き飛ばした。毒蟲と小悪魔を送り出していた門も、魔力の供給が止まり、異界への接続が遮断される。そして胴体を失った、白銀の魔将の首は地面に転がった。
白銀の魔将の生首は、何が起きたのか理解が追いついていなかったが、すぐに引っ掛けられた事に気づき、恨めしい声で、暗黒術の詠唱を始めた。
断末魔。死に際のみ発動条件を満たす、聴く者全てを石化させる、恐るべき上位の暗黒術。
【死ニユク我ガ命ヲ糧ニ罰…グァッ】
断末魔が発動する直前、白銀の魔将の口に、宗谷が投擲したダガーが刺しこまれた。
「喧しいな……静かにしたまえ。行儀が悪い」
宗谷は薄く笑うと、力を使い果たして仰向けに倒れ込んだ。
(残留した毒が全身に回っている。ミアくんは……もう立てないか……僕が生き残れるかどうかは……だが、やれる事は……)
宗谷は朦朧とした意識の中、駆け寄るメリルゥとトーマスをおぼろげに見ながら、そのまま目を閉じた。