41.破滅の儀式
「ランディ……? う、嘘でしょ……ねえ、ソウヤさん、……うそだと言って」
レベッカの問いかけに、宗谷は無言のまま首を振った。それを見たレベッカは、暫し呆然として立ち竦んでいたが、やがて、力無く膝から崩れ落ちた。
その様子を見ていたミアは、ショックからか、洋灯を持つ指が震え、手からそれが滑り落ちた。
「ああああああああぁぁ……」
礼拝堂にレベッカの呻き声が響き渡った。ミアは割れた洋灯を気にも留めず、目にうっすらと涙を浮かべ、うつむいて祈りを捧げていた。
予期された最悪な結末。この可能性を考えていなかったわけではない。だが、観測された箱の中身の残酷さに対し、宗谷も心が重くなるのを感じた。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。宗谷は親指で眼鏡の位置を正すと、無言のまま、ランディ以外の五体を調べる事にした。
次に目についたのは、イルシュタットの冒険者ギルドで見かけた、坊主頭の神官バドだった。ランディと同じように喉元に儀式用短剣が突き立てられている。こちらはランディと違い、身体の損傷も激しい。異教徒という事で念入りに刻まれたのだろうか。
「ランディ……バド……ちくしょうッ!」
トーマスが、仲間を殺された怒りと無念で顔を歪め、歯を食いしばった後、長弓を強く握り締めて叫んだ。
「……おい、この三人が、攫われた村人なんじゃないのか?」
メリルゥの声。彼女の言う通り、横たわる内の三人の若者は、いずれも似たような質素な服を着ている。そして、同じように儀式用短剣を喉に突き立てられ、絶命していた。
「儀式用短剣か。闇司祭は、ここで何かの儀式をしていたようだ。……しかし」
(ランディくん、バドくん、三名の村人…………六体のうち、あと一体は……?)
宗谷は六方に伸びる儀式陣の一番奥に居る、黒服の遺体に目を向けた。他と違って、うつ伏せに倒れている彼に対し、宗谷は慎重に近寄り、反応が無い事を確かめてから検死を行う。
他の遺体と違う点は、握りしめられた短剣。つまり黒服は自らの手で、喉元に儀式用短剣を突き立てていた。
そして、自刃した彼の首にかけられている首飾り。破滅神の邪印。
「……まさか、……こいつが破滅神の闇司祭か?」
(――自刃して自らを生贄に? そんな事がありえるのか……いや)
破滅神を信奉する者の、破滅の対象は自分すら例外ではない。だが、そうだとして、自らを生贄にした代償は――?
宗谷は何かの気配に勘づいて後ろを振り返った。そして、己の判断の迂闊さを呪った。
―――轟音が、耳を劈いた。
ランディを失った喪失感でうずくまるレベッカと、それに付き添うミアの背後。彼女たちの護衛についていた石塊兵Bが、巨大な腕に鷲掴みにされ、地面に叩きつけられた。
宗谷の目に映ったのは、白銀色の肌と空洞の目をした、四本腕の巨躯。
白銀の魔将。
黄金の魔王と呼ばれる十三体の魔王達に次ぐ、魔界の眷属。その上級悪魔達は人の間では総じて『色付き』という名称で通っていた。
一撃で石塊兵Bを粉砕した白銀の魔将は、標的を近くにいるミアとレベッカの二人に定めたようだった。それに対し、迎撃命令に切り替わっていた石塊兵Aが応戦するが、四本の腕で石の身体を吊り上げられると、壁に無造作に叩きつけられ、起動を停止させた。
「レベッカ! ミア! 逃げろ!」
一瞬にして二体の石塊兵を粉砕した、白銀の魔将を目の当たりにしたトーマスは叫び、長弓を構えたが、到底間に合わない。ミアも全く反応出来ず、レベッカに至ってはまともに動ける状態では無かった。
その時、既に、宗谷とメリルゥの二名は、それぞれが切り札とする魔術と精霊術の詠唱を完成させていた。
「――目に映りし、万物を我が手に。『物質転移』」
「――四方に吹く風の精霊よ。メリルゥの名の契約を以て、その姿を顕現しろ!『風霊召喚』!」
宗谷の秘術の一つ、物質転移が発動し、ミアとレベッカを迫る白銀の魔将の鉤爪から、紙一重の差で空間転移させた。
そして、メリルゥが時間差で風精霊を召喚し、即座に命令した。
「風精霊、風で受け止めろ!」
物質転移によって、空間転移したミアとレベッカ、そして既に遺体となっている勇者ランディの三体が、風精霊の制御でゆっくりと、地面に着陸した。
【――異界ヨリ這イズルモノ。『毒蟲召喚』】
鉤爪の攻撃を空振りさせられた白銀の魔将は、即座に暗黒術に切り替えを行い、詠唱を完成させ、異界の毒蟲が湧き出る門を召喚した。門から数多の毒蟲の群れが宗谷たち五名に向けて押し寄せてきた。
「風精霊! 毒蟲を止めてくれ!」
風精霊に前衛を任せ、宗谷たち五人は後ろに下がった。だが、ここは通路側ではなく、後ろに壁が迫っている。押し寄せる毒蟲の群れを風精霊は風の刃で切り刻みつつ、何とか毒液を近寄せないようにしていた。
「……はは、ソーヤ、白銀級の依頼ってタチの悪い冗談だな」
「メリルゥくん。申し訳ない」
「おいおい、マジで謝るなよ……ソーヤが弱気だと怖いだろ……風精霊が持ちこたえてる間に、あの銀色を倒して門を何とかするしかないぜ」
トーマスとメリルゥは、弓矢で白銀の魔将に射撃をするが、放つ矢はことごとく白銀の魔将の四本の腕によって掴まれ、へし折られた。
「くそっ、全く当てられないのかよ!」
苛立ちを見せるトーマス。メリルゥもお手上げといった表情だった。矢を受けきった白銀の魔将は、新たな魔法の詠唱を始めた。
【――魔ノ蛇ヨ、目標ヲ追尾シ喰ライ付ケ。追尾魔力弾】
(こいつ、暗黒術に加えて、魔術まで――)
宗谷の表情から余裕が消え、目を大きく見開きながら、少し遅れて詠唱を始めた。先に白銀の魔将の魔術が完成し、五発の蛇の魔弾が、宗谷たち五人に分散し、飛来する。
その不可避の魔弾に気づいたメリルゥは、死を覚悟する決死の表情を浮かべ、衝撃に耐える防御姿勢を取った。レベッカから予め抗魔力の防護を受けているが、白銀の魔将級の魔力をぶつけられれば一撃死も有り得た。
「――魔の蛇よ、目標を追尾し喰らい付け。追尾魔力弾」
宗谷は五発の追尾魔力弾を高速詠唱で完成させ、若干の遅れで、五発を飛んできた魔力弾にぶつけ合わせた。
相殺による爆発音。だが、一発が完全に止めきれず、宗谷の身体に蛇の魔弾の破片が食らいついた。
「ぐっ……!」
宗谷の身体が弾け飛び、壁に叩き付けられた。口に血の味が溢れる。レベッカの抗魔力が無ければ、深手を負っていたかもしれない。
「ソウヤさん! ――大地母神よ、彼の者に癒しの奇跡を。負傷治療!」
神聖術を行使する体制を整えていたミアの放つ神聖術が、宗谷の負傷を即座に癒した。
「ミアくん、助かりました。しかし……これほどとは。厳しいですね」
宗谷はミアに感謝を述べつつ、珍しく弱音を吐いた。白銀の魔将でも個体差でかなり強さにばらつきがあるが、その中でも厄介な個体を引いたと宗谷は実感した。
二重術師使い自体が稀有な存在であり、高レベルで暗黒術と魔術を行使出来ること自体が、実力の証明になっていた。
【――異界ヨリ羽バタクモノ。『小悪魔召喚』】
毒蟲に続いて、小悪魔が、白銀の魔将が造り出した新たな門から次々と飛び出してきた。
「くそ……駄目なのかッ」
「おい、トーマス、弱音を吐くな、死ぬまで矢を撃つんだよ!」
ランディやバドの死に対しても気丈だったトーマスが狼狽し弱音を吐き、それに対しメリルゥが叱咤しつつ、矢の目標を、当てる事の出来る小悪魔に変更した。迫る小悪魔や毒蟲に対し、風精霊もミアの神聖術の回復を受けながら、風刃で必死に応戦しているが、この分だと風精霊の送還も時間の問題かもしれない。
レベッカは、ほとんど朦朧とする意識の中、宗谷が転送させた、ランディの遺体に縋りついて泣いていた。
(――どうして、死んでしまったランディくんまで転送させた。咄嗟の判断とはいえ、物質転移は消耗が激しい。悪手もいいところだ。僕らしくない)
宗谷は自問自答をする。ただ、ランディに縋りついて泣いているレベッカを見て、きっと、その判断が必要な事だったのだろうと思う事にした。
遠くでは、白銀の魔将が牙を見せて、邪悪な笑みを浮かべている。このまま門から徐々に溢れ出す、毒蟲と小悪魔で押し潰す算段だろう。
――宗谷は決意をした。
「このままでは全滅です。僕が出ましょう」
宗谷は、右手に洋刀、左手に魔術師の杖を構えた。
「ソウヤさん、無茶だ! 殺されるぞ!」
「トーマス、ソーヤを信じろ……あいつなら」
止めようとするトーマスに対し、メリルゥは祈るような視線を宗谷に向けた。
「なに、白銀の魔将を狩ったのは初めてではありません。ただ、流石に一騎打ちの形になった経験は無いので、あまり期待しないで頂けると助かります」
宗谷の言葉に、トーマスは唖然とした表情を浮かべた。
「ソウヤさん……あんた一体……」
「何、ただの白紙級のおじさんです。張り切らせて貰いますよ。若者にモテたいのでね」
宗谷はこの危機的な状況下で、不敵に笑った。




